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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
256/310

ジキル

 目を覚ますとまず銃口が向けられていた。


 ただの拳銃ではない。常、エンシェロッテが握っている黒色の魔銃ではなく、銀色の特殊な二丁拳銃だ。銃のグリップ下部を繋ぐ黒い鎖がジャラジャラと揺れ、蝋燭の灯りが反射して鈍く輝いた。


 暗闇の中、その黒一色の空間に一つ白い素肌の少女がいた。彼女は冷めた紫眼を目覚めたばかりのジキルに向け、彼の左目にある火傷傷を銃口でなぞった。それはゴリラが人差し指で触れるようなもので、彼女が少しばかり力を込めてやるとブチュリという音をあげて閉じていた傷が開き、ジキルは左目から血を吹き出した。


 叫ぼうにもさるぐつわを噛まされているせいで嗚咽以上のものは出ない。むせび、口腔からこぼれおちるよだれが顎を伝い、首をなぞる感覚を我慢しながら、弱々しい眼でジキルはエンシェロッテを望んだ。


 「久しぶり、です。それとも、はじめまして、ですか?」


 弱々しく辿々しく、自信がなさげに今まさに左目の傷口を破裂させた黒髪の女は聞いてくる。その口調のか細さは決して自責の念からくるものではなく、ただただうだつの上がらない様相だけで、彼女のことをよく知らない人間からすれば鬱陶しく、白々しいように見えた。


 無理やり笑みをつくり、ジキルは彼女と対峙する。掛け値なし、素晴らしい人手なしの少女に精一杯の愛想を振り撒き、少しでも長く生きながらえようとした。そのためなら指の二本や三本、足の五、六本は捨てる覚悟だった。


 「——お久しぶりですね。エンシェロッテ・クロイツァー」


 笑えているだろうか、ちゃんと言葉が言葉として成立しているだろうか、相手の目を見て話せているだろうか。言葉は重ねれば重ねるほど陳腐で薄っぺらいものになる。


 胸の高鳴りと共にそれまで保っていたジキルの変身が崩れていく。ドロドロとそれまで押さえ込んでいたものが垂れ流されていき、人型を保てなくなった。


 「おかしいな。これは」

 「きもちわる」


 垂れ流された薄緑色のアメーバ状の物体、その中から潜水艦の潜望鏡を思わせる視覚器官を生成し、汚い目をジキルはエンシェロッテに向けた。彼女の歪んだ表情を見た時、彼の胸の高鳴りは最高潮に達し、ボコボコと沸騰した鍋のように彼の体は泡を発生させた。


 やがて彼の体は元の姿へと戻っていく。それでも左目の火傷跡と彼が全身に負った傷は治らなかった。体を変形できるのでは拘束は意味がないと察したのか、エンシェロッテは舌打ちをこぼして向けていた銃を引いた。代わりに彼女は背後の暗がりへ合図を送り、その奥から三人の人影を呼び寄せた。


 「タチアナ・ヴィラギッテか。それにジルドラ、ハーディガンだったかな」

 「へぇ。あたし達みたいな木端のことも知ってるんだ。すごい情報網だね」


 藍色の槍を構えた赤髪の女、タチアナは嫌味たらしく苦笑した。言葉や表情とは裏腹に彼女は警戒していない。一線級と呼ばれるのだからそれも当然だな、とジキルは腹の中で微笑を浮かべた。


 ジルドラ、ハーディガンの二人は対して沈黙を貫いた。それでもタチアナ同様に彼らもジキルへ警戒の眼差しを向け、その手に持っている武器を手放そうとはしなかった。


 まいったな、と相手の慎重さにジキルは舌を巻いた。ジキル自身にさしたる戦闘力はない。一般人よりは強いと自負しているが、超人級や英雄級の実力者と渡り合うほどではない。そのジキルをこうまで警戒するのはむしろ彼にとっては好都合だった。


 「——思っていたよりも早かったな。俺に辿り着くのがさ」

 「リーチャーふぜいがよくもあたしらを踊らせてくれたものだこと。そのせいかな、舌が回るじゃない?」


 「さっきは木端と言っておいて今度は随分と大きく出たな。そんなにお前の脳みそは優秀か?」

 「カッチーン。こいつ殺していい?」


 言うが早いかタチアナは槍を振り上げた。ため息混じりにジルドラが動き、振り上げたタチアナの槍を掴んで暴挙に出ようとする彼女を静止した。それでも蹴り殺そうとした彼女の足を今度はハーディガンが斧で受け止めた。


 「暴走機関車」

 「ええ、よく言われます。うーん、困りましたね。誰が尋問します?」


 ちらりとジルドラがエンシェロッテを見るが、彼女は反射的に視線を逸らした。ハーディガンも首を横に振る。タチアナは依然として槍を振り下ろそうとジタバタしており、とても尋問がでいる状態ではない。ジルドラも同様だ。


 おいおい、と尋問を受ける側であるはずのジキルすら呆れるほどの連帯感のなさだ。特にハーディガンなどは斧を彼とタチアナの間に置いているだけなのだから、大して忙しくもなかろう。自分の心配を棚上げにして、相手の心配をしてしまうぐらいには呆れ果てた協調性のなさを見せる彼らを前にしてジキルはただただどうしてあの時の、つまり自分を捕まえた時の見事な連携ができたのか、と疑問でならなかった。


 どのようにして見物人の中から自分を見つけたのか、目覚めた時からジキルはそのことを考えていた。顔どころか種族まで変え、用心のためにフードを深く被っていたはずなのに、一体どうやって。


 最終的にジキルは彼らが自分の視線の向きに気を配ったのだろうと結論づけた。高速戦闘を演じる中、その動きを目で追えた人間、それすなわち自分たちを謀った黒幕だろうと当たりをつけて、わざわざ街中で派手に暴れたのだ。


 それだけの連携ができた人物達が今はつまらないことで啀み合い、話が遅々として進まない。有体に言えばぐだぐだな状態を作っているのは奇妙であり、わけがわからない状態だった。


 「——あの、皆様方。そんなに尋問をするのがお嫌いでしたら、私がやりましょうか?」


 そしてその状態をさらにややこしくしたのが、突如として天井から聞こえてきた紳士的な抑揚のない声だった。ハッとなってジキルが天井を見上げると、直後に空間が収縮し、それはすぐに逆流した。そして次の瞬間、暗闇が晴れ、ただ一匹の黒鴉が現れた。その黒鴉はバサバサと翼を羽ばたかせてエンシェロッテの右肩に止まると、翼をうまく使ってお辞儀をした。


 「どうも、異邦人。わたくし、エリアライ・ラズラッハと申します。以後、お見知り置きを」


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