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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
253/310

歪み合い、嫉み合い

 「ぶっ死ね!!」


 開口一番その怒りの罵倒と共に藍色の槍がエンシェロッテの額目掛けて突き出された。容赦はなく、遠慮もない本気の一撃、常人ならば回避はおろか視認することすら不可能な神速の一撃はしかしエンシェロッテの超人的な身体能力によって容易く避けられた。


 舌打ちをこぼし突きを放った少女、タチアナは槍を引く。そしてすぐさま槍を構え直すと突撃姿勢を取った。彼女の目は烈火を滾らせたかのように血走り、顔は屈辱の泥をかぶってより一層激情に駆られていた。


 歯軋りが離れていても聞こえるほどの憤激を滲ませ、タチアナは槍を放つ。技巧(アーツ)を交えた藍色の一閃だ。横殴りのそれは先ほどの一撃よりも数段早く、数段重い。盾で受けようとすればその盾すら飲み込んで相手を真っ二つにするタチアナの切り札だ。


 対してエンシェロッテは冷静に銃を構え、向かってくる槍の先端目掛けて弾丸を放った。緑色の光を纏った弾丸が槍とぶつかり爆ぜた。そして直後に彼女はもう片方の銃から紫色の光を纏った弾丸を放った。


 二撃、それはタチアナの技巧と拮抗させなおかつ弾き返すのに十分な威力を発揮した。自身の渾身の一撃すら易々と冷静に対処され、震えるタチアナの鳩尾にエンシェロッテの蹴りが入る。構える間もない超高速攻撃だ。大の字になって仰向けになった彼女をエンシェロッテは見下ろした。


 会って早々これだ。短気どころの騒ぎではない。とことんまでに無謀で無策、無思慮にもほどがある。一体何が彼女をここまでの激情に駆らせたのか、エンシェロッテは不思議そうに半開きの目を丸くした。そして彼女は弱々しい視線を棒立ちのまま武器を構えもしない二人へ向けた。


 タチアナが怒り狂った理由を知っているジルドラとハーディガンは呆れた様子で倒れた彼女を介抱する。介抱と言っても失意のどん底にいる彼女の頬をそのあたりで拾った小枝で突くくらいのことしかしていないが。


 そも、彼らからすればエンシェロッテが急にこちらへ向かってきたことの方が驚きだった。逆ギレした煽り運転のドライバーが車から降りて「降りろやコラァ」と言ってくるのに近かった。あまつさえ、その逆ギレ煽り運転ドライバーがさも自分は被害者のように儚げなそぶりを見せたのだ。驚きを通り越して怪しさすら感じた。


 「えっと、ジルドラさん。頭は大丈夫?」

 「上空数百メートルから落とされたにしては。見てくださいよ、ほら」


 きょどきょどしながら首元の切断面をジルドラは指さした。鋭利な刃物で切られたそれはしかし血の一雫も垂れていない。


 彼の種族を知るエンシェロッテからすれば、ヤクザの因縁の付け方だった。昔の適当な傷を指して「お前につけられた傷がうずくぜ」と言うようなものだ。


 「まぁいいですよ。それでエンシェロッテさん。わざわざこうして俺達の前に来たってことは何か話したいことがあるんですよね?」


 「え、ああ、うん。もちろん」


 戦闘時の彼女とは違うおどおどとした雰囲気にハーディガンは眉を顰めた。周囲の視線を気にして言葉がたどたどしい。自分に自信がない人間の所作そのものだ。


 あるいはそれも演技か。


 戦闘慣れしている彼女のことだ。弱々しいそぶりも演技である可能性が高い。手に持った斧を握り締め、睨みつけるハーディガンをエンシェロッテは怯えた目で見返した。


 「まず聞きたいん、だけど。なんで私を追ってたの?」

 「あれ、言ってませんでしたっけ?」


 「言ってない。なんか、急に追われた」


 そうでしたっけ、とジルドラは嘯く。飄々とした態度のジルドラにエンシェロッテは口元をつぐみ、不快感を表した。目ざとく彼女の感情の変化を感じ、ジルドラはおっとと飛び退いた。


 転移スキルを使える彼女に対して距離は意味がない。気がついたら目の前にいるなど悪い冗談だ。それでも飛び退かずにはいられなかった。体がそうしろと反応した。


 「あの、なんで?」


 苛立っているのか、エンシェロッテの瞳から光が消えかけていた。語気も辿々しさがなくなり、感情が削ぎ落とされていく。


 ハーディガンにはわかった。それは苛立ちではなく、警戒の表れだ、と。話を長引かせ、周りをこちらが囲むかもしれないと警戒しているのだ。その警戒が臨界に達すればどうなるかなど容易に想像がついた。


 エンシェロッテへの畏敬からハーディガンは手に持っていた斧を反転させ、柄の先端でジルドラとケツをつついた。ふざけるのはやめろ、という意志を込めて。振り返ったジルドラは緊張したハーディガンの表情から彼の意図するところを察し、先ほどまでのふざけた態度をやめ、真面目なトーンで彼女の問いに答えた。


 「実はある酒場で噂を聞いたんです。帝国のスパイについての噂です」

 「スパイ?ひょっとして」


 「はい。エンシェロッテさんがそうなんじゃないかって」

 「あ、なる、ほど。えっと、うん。なるほど」


 頭痛でも覚えたのか、エンシェロッテはこめかみに人差し指を置いた。まるで予想外の返答が返ってきた、と言いたげな彼女の反応にジルドラとハーディガンは真顔で顔を見合わせた。


 「事情を聞かせてください。助けになるかもしれない」


 二人が聞き分けよくエンシェロッテの話に耳を傾ける中、タチアナは一人鼻を真っ赤にして鼻水を啜っていた。冷えた鼻水はよく滑った。


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