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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
252/310

教授と弟子

 「察するに私達は嵌められたのではないでしょうか?」


 エリアライの言葉が廃屋に発せられた。傷口の上に膏薬を塗りながらエンシェロッテは彼の言葉に疑問を投げかけた。


 「嵌められたってどういうこと?」


 つまらなそうに、しかし木端の興味もないわけではない。たまたまコンビニで立ち読みをした雑誌の連載作品の続きが気になるくらいのわずかばかりの興味から彼女は疑問を投げかけた。


 エリアライもそれは理解している。講義の基本は相手に飽きさせないこと、相手の興味を惹くことだ。かつて教鞭を取っていた時もそうだった。周りにはつまらなさそうに電子ペンの先をマイクロペーパーにこする学生達、勉強のためではなく酒と情事のために大学に来ているような跳ねっ返り共に一体どうやって教導するか、と頭を悩ませた。


 「はい。そもそも私達があの家屋を、つまりエンシェロッテがぶっ潰した家屋を利用することになったきっかけを思い出してください」


 「確か、帝国の古美術品に関する資料が多くあるってことであそこを強襲したんだっけ。まー蓋を開けてみれば帝国の情報工作の拠点だったんだけど」


 窓からドロップキックと共に現れたエンシェロッテは非殺傷用のゴム弾を用いて瞬く間に彼らを制圧した。一撃一撃で骨を折ったり、肉離れを起こしたりした彼らをエンシェロッテはあろうことか簀巻きにして冬終わりのまだ寒い外に放り出した。


 別に帝国人だから簀巻きにしたわけではない。仮に彼女が押し入った家屋に住んでいたのがただの好事家の家であったとしてもエンシェロッテは同じように住人全員をホラー映画のシリアルキラーよろしく捕まえて簀巻きにして野外にポイっと投げ捨てていた。


 その行為に一切の罪悪感はなく、ハエやゴキブリを叩き潰す作業以上の感慨はない。強者の驕りではなく、厳然たる事実として邪魔だからどかした以上の認識がないのだ。


 「一応、言葉に嘘はなかったじゃない。ほら、この本だって」

 「そうですね。けれど、実態は帝国の情報工作の拠点だった、違いますか?」


 そりゃそうだけど、とエンシェロッテは不服そうに唇を尖らせた。少しだけ焦れている。よく言えば問題に不平不満がある証拠だ。それはいいことだ。


 「つまり前提条件が違っていたわけです。私達が魅惑の書庫と思っていた場所は帝国の諜報拠点だった。そしておそらくですが、私達にあの場所について教えたあの男はその事実を知っていた」


 「なるほど?でもうーん。そう考えるとその男が怪しい?けど、動機は?」


 エンシェロッテの言わんとするところは単純だ。仮に彼女が接触した男が帝国人ならば、どうしてわざわざ帝国の諜報拠点を教え、潰させる必要があるのか。あるいは帝国以外の国が絡んでいたとして、なぜ表向き全くヤシュニナと関係がない彼女に接触し、あまつさえ帝国の古美術品に関する書物ということまで仄めかしたのか。


 状況の一つ一つがこんがらがっていて、すべてを見渡すのは困難だ。ならば相手の動機をまず考えてみるのは、帰納的に、つまり芋づる式に物事を考える上で大切なことだとエリアライは考えていた。


 「動機という点で言えば、考えうる可能性は二つあります。一つは帝国の諜報拠点を潰すことのみが目的で、タチアナらが来たのは単なる偶然という可能性です。もう一つはこの一件は帝国の諜報拠点を潰し、その上で我々プレイヤーの抹殺を謀ったという可能性です。エンシェロッテはどう思いますか?」


 「偶然の産物っていうのはなきにしもあらずだけど、タチアナの激昂具合というか、余裕のなさを見る感じ、後者って感じかな。エリー先生もさすがに前者とは考えていないでしょう?」


 「七三ですね。決して無視していい可能性ではないですが、確率としては後者の方が高い、という印象です。おそらく全ての黒幕は貴方に接触してきた男ではあるのでしょうが」


 そう言われてもとエンシェロッテは気まずそうに口元を曲げた。エリアライの言う通り、彼女に情報を提供した男が黒幕ならば、話は早い。だが、彼と会ったのは帝国の古美術品に関する情報を探してたまたま訪れたヤシュニナのとある図書館だ。ガセなら不運、真実なら幸運くらいのノリで話半分に聞いていたせいで、顔なんぞ覚えていない。


 「なんでもいいんです。何か特徴とかはありましたか?」

 「そんなこと言われたって。年配の男だったってことくらいしか覚えていないもん。あー、でもそう考えるとあれば特徴と言えば特徴か」


 それは、とエリアライが聞くと彼女は自分の左目を指さした。


 「左目の周りに火傷の跡があったんだ。身なりが整っていたのにそこだけ傷があって、ちょっとだけ違和感があったかな」


 ヤシュニナに限らず、図書館を利用する間とはそれなりに学識のある人間だ。識字率が他国と比べて高いヤシュニナであっても図書館の敷居は高く、建物に入るだけならばともかく本の貸し借りにはいくつかの手順を踏む必要がある。


 現実のようにすべて電子化され、データ化されたホロチップを用いて顔パス素通りで貸し出し作業が済むわけもなく、本を借りようと思えば身元の保証から本の損害保証契約、いくつかの書類にサインした上でようやく本一冊を借りることができる。ちなみに本一冊借りるごとに身元保証以外の各書類が要求される。


 「あの男は多分、本を借りようとは思っていない。だとすると狙いは初めから私?」

 「あるいは古書を読む貴方を見つけて声をかけたのかもしれません。そも、仮に貴方が真っ当な手段であの家屋を訪ねたとしても、ドンパチしていたでしょうがね」


 実態を考えればね、とエンシェロッテは補足した。エリアライの語る真っ当な手段というのが彼女には理解しかねるが、仮に正面玄関から訪ねた場合でも、銃なんぞをぶら下げたエンシェロッテが、他ならぬ強者である彼女が訪ねてくれば帝国の人間はカチコミかと勘違いし、結局はドンパチになる。


 だとしたらな、とエンシェロッテは片目をつぶり、目が開いている側の頬に人差し指を乗せた。彼女の中である可能性が芽生えた。


 「シドみたい、かな」

 「シド?それは私達の知っているシドですか?」


 「そう。裏でこそこそやって自分の思い描いた結果を作る。これってシドっぽくない、エリー先生?」


 ふむ、とエリアライは口を隠し閉じない目を細めた。


 シドが裏にいるというわけではないだろう。シドならばわざわざこんな醜い同士討ちなど起こさなくとも簡単にこちらを始末しようとしてくる。あまり心地のいい確信ではないが。


 「とりあえずは若いかな、タチアナ達と」


 シドに似た思考回路を持つ相手と戦うとなれば下手な第三勢力の介入は避けたかった。エンシェロッテにとってシドとはそれだけ面倒臭い相手であり、単純な力押しで勝てる相手ではなかった。


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