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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
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切迫状況

 凶気の刃令(イヌカ・キェーガ)ジルファの執務室は常に煙臭い。いや、ヤニの匂いが充満し、さながらガス室の様相を呈していた。


 ヤシュニナはもちろん大陸東岸部にもタバコは嗜好品としてありふれている。吸うだけで脳みそがとろけ、えも言えない甘露な気分を味わえるとなればこぞってすっぱすっぱと吸いたがる。その結果、ニコチン中毒になる輩も出てきたが、快楽を求めて人はこぞって細い筒から出る煙を美味そうに吸っていた。


 そのタバコの中でもジルファが普段から吸っているものはそれほど中毒性がないものだ。味は劣悪、はっきり言えば日雇い労働者が吸っているような代物だ。出る煙の量も並だが、今のジルファの執務室は呼吸をしようと鼻腔をすぼめるだけで毒素が気管を伝い、肺まで到達してくる。常人であれば吐き気を覚えるほど濃厚な有害物質を垂れ流して平気な顔をしているジルファは異常だった。


 目と鼻に直接攻撃をしていると言って憚らない最悪の執務室に入ることになった彼の副官である八重歯の警督(ヤトラ・レーレン)イブ・リーは専用の防毒マスクを被り、彼と対面した。面白くなさそうにすっぱすぱとタバコを満喫するジルファはイブの報告を受けて、ふぅんと喉を鳴らした。


 「状況は理解した。けど、なんだってエンシェロッテとタチアナが市内で喧嘩してんだ?てか、エンシェロッテってヤシュニナに来てたのか」


 「あたしは全知全能ってわけじゃないから全部を知ってるわけじゃないんだよなー。でもそうね。考えられる限りでは可能性は三つかな」


 へー、とジルファはこぼす。その視線の先にはガスマスクを被った(しろがね)色の短髪の少女がいた。表情はマスクのせいでわからないが、相も変わらずつまらなそうな表情を浮かべているのだろう。190年以上の付き合いだ。顔を見なくても声を聞けば大概の感情の機微はわかる。


 多少無礼でもイブの分析力の高さをジルファは買っている。あのカシウス事変の時もイブは率先して指揮をして抵抗勢力を率いていたし、三年前の首都防衛戦では指揮を丸投げしても目立った問題がなかった。指揮能力と分析力、それが戦闘力以上に彼女が秀でている点だ。これで愛想がよければなと言うのは贅沢というものだろう。


 「まず考えられるのは単純な仲違い。ま、プレイヤー同士だもの、殺し合いくらいするわ」

 「俺らのこと蛮族かなんかと考えてなーい?」

 「君とあたしが何度殺し合ったと思ってるの。死んだことだって数え切れないじゃない」


 ぐぅの音も出ない正論にジルファは気まずそうに口をへの字に曲げた。余計な茶々を入れてくるジルファを黙らせ、イブは話を続けた。


 「とはいえ、エンシェロッテの性格を考えればわざわざ喧嘩なんて売らないだろうから、この説を押すなら原因はタチアナかな。ほら、彼女って喧嘩っ早いし」


 「あー。そうだったっけ?いつもシャーヴィーについてってる印象しかねーなー」


 「そりゃ、実力的には一線級でも下位の下位だからね。六人でようやっとエンシェロッテと互角って感じじゃない、彼女達って」


 同意したくない意見だが、事実は事実だ。一線級ではあるが、タチアナの率いるチームが未制覇ダンジョンや未攻略のレイドに参加した試しはない。もっぱら彼女らが手を出すのはすでに攻略法が明らかになったダンジョンやレイドだ。いい言い方をすれば堅実、悪く言えば腰抜けなのが彼女のチームだ。


 実力で言えばそれほど高くはない。160年前の指輪王攻略戦にも彼女らは参加しなかった。ただし、拠点を防衛するための人員としては参加していた。


 「レベルはいずれも130以上135未満。レベルは上がってねーだろうなぁ」


 「そうね。そういう意味じゃエンシェロッテは150とかになってもおかしくないけど、あの子はそういうレベル上げには興味ないでしょうしね」


 エンシェロッテの性格を考えればあり得ない話ではない。


 ジルファもイブも彼女との交流がそんなにあるわけではない。ダンジョンやレイドの攻略で頼りになる銃使いという印象だ。戦闘力はそこぶる高いが、とにかくコミュニケーションに難があり、有り体に言えばコミュ障なのが彼女だ。


 彼女をよく知る人物はと言えば、属領にいるシドか学者肌のエリアライ・ラメッシャくらいなものだろう。少なくともジルファが知る中ではこの二人しか思い当たる節がなかった。


 「ジルくんの言う通り。だからあくまで一つ目。二つ目に考えられるのはエンシェロッテに原因がある可能性。彼女が、そうね。例えばノックストーン商会に不利益が出るようなことをして、その制裁に動いた、とかね」


 タチアナらがノックストーン商会に属していることを逆手に取った発想だ。利益第一、利益優先の彼らからすれば不利益を与えた存在を許しはしない。マフィアやヤクザのごとく、報復に走ることも十分に考えられる。


 けどな、とジルファはもちろんイブも目を細めた。考えないようにしていたが、やはり口に出さざるを得ない。


 「「まぁそれでタチアナはないか」」


 明らかに人選ミスだ。雑魚と言ってもいい。侮っているわけではないが、ジルファやイブにとってはどうという相手ではなく、彼女が徒党を組んだとて制圧できる自信がある。


 仮にエンシェロッテが何らかのトラブルをノックストーン商会との間に起こしたのならば、出張ってくるのは護衛部門のプレイヤー達だろう。あるいは商会長であるシャルヴィレン・アハトアハトが出てくるかもしれない。もしそのいずれかが出てくるならば、今頃ロデッカは火の海だっただろう。


 「となると可能性3、これが最後になるかな」

 「聞かせてくれ」


 「エンシェロッテとタチアナ達、この二勢力を争わせている誰かがいる。あるいは組織が」


 なるほど、確かに。


 納得のいく答えを聞き、自然とジルファは笑みを浮かべた。


 「なるほどな。じゃぁその組織ってのはなんだと思う?」


 「そうね。手っ取り早い範囲だと、帝国の諜報員とかかな。でも彼らにそれをする度胸もなければ余裕もない。となると」


 瞑目し、イブはガスマスクの吸気口をさすった。その表情を推しはかることはできないが、きっとガスマスクの裏ではさまざまな思案を巡らせているのだろう、とジルファは考え、彼女の言葉に耳を傾けた。


 「——そういえば、帝国にはリーチャーが混じってたんだっけ?」

 「そうだったな。てことは?」

 「うん、多分だけどね」


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