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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
十軍の戦い
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叛逆

 片腕を失ったタルファイがその日、包帯を巻いたまま蹲っていると案の定シドが顔を出した。もちろん山羊の頭蓋に似た仮面をつけて。


 「苦しそうだな。腕の一本や二本くらいこの回復薬を使えば治せるぞ?」

 「あんた……。そうか。あんたは約束を守ったんだたな」


 「ああ。そうだともいや色々文句を言われたよ?そんな余裕はねぇとか意味がわからねぇとか。でも一応約束は守った。守らせた。君の部族の死者は何人だ?100人未満だったろう?」


 そう言ってシドは持っていた回復薬をタルファイに振りかけた。するとみるみる内に包帯の中が痒くなり、慌ててタルファイが包帯を取ると急激な速度で失われたはずの彼の右腕が再生した。そんなことができる回復薬を惜しげもなく使うシドは紛れもなくヤシュニナの重鎮である界別の(ノウル・)才氏(アイゼット)シドだろうとタルファイは確信を持つことができた。


 それまでは半信半疑だった心が一つにまとまり、彼はシドの前に跪くと声音を押さえて頭を下げた。


 「なにとぞ、なにとぞおいの部族を、部族をすくってくダァさい。お願い、お願いします」

 「ああ。俺にできないことはない。救えるものは全て救おう。そのためにまずタルファイ君には俺についてきてもらいたい」


 にべもなくタルファイは首を縦に振った。それを確認したシドはすぐさま転移魔法を起動した。一瞬の光が二人を包み、次の瞬間彼らはシドらが拠点とするなだらかな丘の上に立っていた。


 突然のことに困惑するタルファイだったが、シドが先行してしまったため気持ちの整理が追いつかないまま彼の跡を追った。そして彼が案内した天幕でさらなる衝撃を覚えた。


 居並ぶのはヤシュニナの氏令、そしてオーガ、トロル、スノーエイプ、サテュロス、ケンタウロスの各族長達だ。初戦で戦死しているためオーガ、トロルの族長はタルファイ同様、十軍結成時とは顔ぶれが違う。オーガ、トロルもゴブリン同様粛清の憂き目にあい、優秀な候補者は軒並み処刑され今族長を務めている二人もレベルで言えばタルファイと大差はなかった。


 「さてさてお集まりいただいた紳士の皆様方、最後の参加者ゴブリン族族長タルファイ殿です。拍手で迎えてください」


 シドの大仰なフリに氏令とトロルの族長だけが拍手を送った。嫌だなぁと思いながらもタルファイはシドが示した席に座り、明らかに場違いな会議の行く末を見守った。


 「まずこの場にお集まりいただいた皆様に再度尋ねますが、皆様は我々の誘いに乗った、と考えてよろしいのですね」


 居並ぶ族長達は全員頷いた。よろしい、とシドはうなずき、司会進行を続けた。


 「ではまず皆様が十軍を離反する見返りを提示致しましょう。それがなくては話が前に進みません」


 シドが指を鳴らすと数枚の羊皮紙が各族長の前にこぼれ落ちた。だがその内数人がまゆを潜め、シドに詰め寄ってきた。


 「シド殿。これはなんと書いてあるんだ?」

 「あーおで達字ぃ読めんだがな」


 唯一集められた族長の中で文字が読めるケンタウロスの族長ゲーヌゥクが彼らを代表して羊皮紙の中身を読み上げるとまず手を挙げたのはサテュロスの族長サンザールだ。


 「よろしいですかな?適材適所ってことはわかりますが、いささか一つところに詰め込みすぎでは?私どもと致しましてはもっと広く門を開いてほしいのですが?」


 「南部の州では実験的に農業を始めていまして、それには人手が足りないからサテュロス族を大量雇用したい、と書かれているはずですが。より多様な職となるといささか難しいですね」


 サンザールの苦言に答えたのはカルフマンだ。才氏であり、平時は労働関係の業務に従事する彼からすれば、職というのはどこにでも転がっているものではない。単純労働はいくらでも人手を欲するが、より専門的なものだったり、高級取りな仕事となれば、間口が狭くなるのは当たり前だ。


 それに南部での農業事業と言っても、別に貧乏くじというわけではない。むしろ、開拓者精神を抱いて向かうだけの価値がある。


 極寒の地であるヤシュニナだが南部は比較的に暖かい。実験的に進めている新種の麦の栽培に適しており、今まさに現在進行形で南部の平地ではヤシュニナ始まって以来の農業ブームが起きている。


 ブームだ、実験だと言ってもすでに開拓は30年以上も昔から始まっていた。元来、土地の栄養が少ないヤシュニナという地で農業を始めようと思えば、土地そのものの改造から始めるしかない。治水や開墾、土地への薬剤投与など、色々とやってみた結果、ごくわずかな土地ではあるが農業ができるだけの兆しを見せ始めていた。


 そうなればあとは成功の追体験だ。成功例をベースに土地の品種改良を進めていく。土地を自分達にとって居心地のいいものに変えるためにあれこれと改造していくのだ。そしてそれには大量の人手を必要とした。


 これまで麦などを他国からの輸入で賄ってきたヤシュニナにとって、自国で小麦の生産ができるようになるというのは革命的と言える。その際の人手不足を補うため、サテュロスやゴブリン、オーガなどの種を大量に雇用したい、というのがカルフマンが描いていた図式だ。


 無論、農業一本で食っていければいいのかもしれないが、サンザールをはじめ不法移民の多くは農業に従事した経験などない。はたしてちゃんとやっていけるかという不安は誰もが持つ。


 サンザールの意見はそれを危惧してのものだ。もし与えられた土地でちゃんと成果が出なかったらどうなるのか。先行きへの不安から彼が苦言をこぼすのは当然と言えた。


 「ヤシュニナで主要とされている産業は製鉄、宝石加工、氷晶細工の三つです。この三つはヤシュニナの基幹産業であり、習熟し開業に至るには並々ならぬ努力と時間を必要とします。途中で挫折する者も少なくない。リターンは大きいがリスクは計り知れない。生活が必ずしも安定するとは限りません」


 なにより、それらの内宝石加工と氷晶細工は許可制の仕事だ。やりたいからすぐやれますというわけではないし、市場に卸せる量も国が制限を掛けている。ブランド力の確保のためだ。


 製鉄業は後者二つに比べればまだ従事する余地はあるが、危険と隣り合わせの仕事でもある。ヤシュニナにおける製鉄業とは「採掘」「精錬」「加工」の三種に分けられ、前から順により専門的な仕事になる。


 多くが従事しているのが採掘だ。文字通り、鉱山に潜って鉱石を取ってくる仕事だ。そしてこの仕事が最もリスクが大きい。文字通り、命の危険という意味でのリスクだ。


 「採掘業に従事する場合、まぁ滅多に起こることではありませんが、モンスターと遭遇したりしますね」


 トロルの族長はそれの何が問題だ、という表情を浮かべるが、彼以外の族長はうーむ、と表情を曇らせた。誰だって仲間を死地に送りたいとは思わない。それに採掘業に従事しているのは多くが罪人だ。いわゆる労役である。


 「では軍は?大工などは?」


 「軍とて予算の範囲でやりくりするしかありませんからね。一度に大量の人間を抱え込むことはいささか。第12州の復興事業であればすぐさま紹介できますが」


 しかしそれは本当の意味での一時雇用だ。都市の復興、街道の整備だけなら3年もあれば終わってしまう。それよりも長い目で雇用ができそうな南部の農耕地開拓事業を斡旋したのだが、サンザールはお気に召さなかったようだ。


 「一応、皆様方の生活が安定するまで、半年の免税期間は儲けさせていただきます。市民権を得れば役所に生活保護受給申請を行うことも可能です。しかしそれで日々の生活が成り立つか、と言われれば答えは否です。皆様方が経験した通り、今のヤシュニナは『仕事』とひとくくりに言われましても複雑でして。どの職であってもそれ相応の才覚が求められますわ」


 ファムの言葉は冷たかった。そしてそんな中、シドが明るい声で別の案を各族長に提案した。


 「ちーなーみに!農耕地開拓が嫌だって言うなら他にも航路開拓船勤務、造船所勤務なんてのもあるぜ?ヤシュニナは代々東方航路を開拓し続けてきたからなぁ。船員になって大海原に繰り出すって案もある」


 もちろん生活が安定するかは実力次第だけどね、とシドは付け加えた。だが門は広まったと言えた。農地開拓、造船所勤務、航路開拓。だがどれをとってもリスクはある。商社に勤める、という案もあるがそもそも文字が読めないでは話にならない。どうしても肉体労働がメインになってしまう。


 「とにかく、仕事の斡旋はいくらでも。生活も保証しよう。何から何まで。そしてここからが本題、明後日あなた方には十軍を裏切ってもらう。その段取りについてだ」


✳︎


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