古びた家屋で
全壊した家屋、かつては出版社の社屋だったという建物の瓦礫を踏みしめながら周布達はあたりを探索していた。
ロデッカの郊外の建物は多くが骨組みに木材を、外装にレンガを用いた造りをしていて、二階建てないし三階建のものが多い。中央部によればすべて石造りになり堅牢さが増すが、郊外の寂れた地域の建物となれば強度は期待できない。
レベル142のエンシェロッテの技巧をまともに食らえば破壊されるのが道理だ。エンシェロッテの銃撃は艦砲射撃に等しく、その破壊を阻止しようと思えば大長城ほどの厚みが欲しい。
しかし経年劣化を考慮しても恐るべき脆さだ。ボロリと崩れた瓦礫をポイっと投げ、周布はほとほと呆れた。プライスワード通りがさびれた場所であることは知っていたが、ここまで建物の劣化が激しいとは思ってもみなかった。まして出版社の社屋に使われていたものがだ。
使われているレンガの質は最低で、表面をなぞるとボソボソと溢れる。察するに速乾性に優れた帝国レンガだろう。非常に固く建材としては申し分ないが、寒冷地ではお勧めされない。なぜなら水に濡れてレンガ自体が崩れるからだ。それを防ぐために表面に塗り物をしているようだが、そのせいで肝心の強度がお釈迦になってしまっている。
帝国レンガ自体は古くからムンゾ、ガラムタを経由する形でヤシュニナ内にも送られてきていた。決して安価ではなく、むしろ高額の商品と言える。それもただ高いだけ、有用性がヤシュニナ内では暖炉周りくらいにしかないものをわざわざ建材として用いる意味がわからなかった。
「それもなんでこんな郊外に」
訝しむ周布を他所に彼とは別の地点を探索していたコルティッツは別のものに注目していた。彼が見つけたのは分厚い本の数々だった。本の装丁が剥がれていたり、端々が水を含んでいたりカビていたりして、かなりの年代ものであることを窺わせる。
中身を見てみればそれが出版本の写しであることがわかる。作家が書いた原稿、原本とも呼べるものを出版社で写しを取り、修正箇所を明示するためのものだ。その証拠に一部の文章が赤いインクで塗りつぶされている。
内容は一部が抜け落ちていて把握はできないが、端的に言えば童話である。ヤシュニナの古い伝承や昔話をまとめたもので、これと言って怪しい点はない。敢えて言うならば物語の流れが勧善懲悪のものが多いという点ぐらいだろうか。もっとも、童話など大概そんなものだが。
他はどうだろうと改めてみたが、崩れた際に土砂を被ったのか、とても読めるものではなかった。はぁ、とコルティッツはため息を吐いた。
見つかったのは本だけではない。印刷用の銅板も見つかった。ヤシュニナで使われているスタンダードなモデルの一世代前、何百回と使ってきた痕跡があり、これを使って写しにあった童話を何百部も刷ってきたのだろう。ただし刷っていた銅板の型から察するにこれは束本のものだ。
ヤシュニナをはじめとした東岸部諸国で束本はそこまで一般的ではない。端的に換言すれば高級品だ。市井に出回っているのはもっぱら巻物本もしくは2ページ本だ。本を作る上でわざわざ束ねる必要もなければ表紙を彩る必要もない。安価に作れて、大量生産がしやすいからだ。
もっぱら、束本を読むのは学者階級、知識層だ。それぐらいでなければわざわざ読む理由はなく、読めるほどの学もなく、稼ぎもない。
「それが童話?どういう理屈で」
コルティッツが見つけた銅板には彼が見つけた童話が書いてあった。銅板数十枚でようやく一冊というなかなかのものだ。
学者や金持ちが童話を読まない理由はないが、読む必然的な理由もない。もっぱら童話を読むのは子供だ。学者や金持ちの子女向けとも考えられるが、それにしたって大した儲けになるとは思えない。並の出版社ではそれだけで利益は出せない、確実に。
周布とコルティッツがそれぞれの成果を訝しむ傍、残るΛが何をしていたかと言えば彼はずっとコリトらを警戒していた。ぎょろぎょろと単眼鬼特有の単眼を揺らし彼はガチャガチャとボウガンに矢を装填した。
他の二人と違い、Λは体が大きい。おおよそ二倍くらい大きい。おかげで五人が酒場で会議をしている間、Λは外で待機していたし、雪車の時は荷物スペースで両足を抱えたまま、横にさせれていた。瓦礫に足を踏み入れればうっかり貴重なものを踏み潰してしまうかもしれない。それを恐れて彼は自主的にコリトらの監視を買って出た。
彼らを監視していてわかったことだが、その立ち振る舞いからは戦士的な洗練した動きは感じられなかった。おおよそレベルにして2から4だろう。
プレイヤーに比べて煬人のレベルは上がりにくい。得られる経験値の量もさることながら、積極的に戦おうとしないのだから当然だ。一部を除けばレベルという概念すら認識していない。
多くの一般的なエレ・アルカンの一生は65から70歳くらいで、レベルは1から5の間で終える。兵士としての訓練を積んだり、修行したりすれば話は別だが、日常生活の中で得られる経験値など高が知れている。
その点を考慮すればコリトは大体30代前半、他は40くらいなのでレベルに違和感はない。違和感はないが、どことなく雰囲気が胡散臭かった。
この場に現れたタイミングはもちろん、見ず知らずの自分達に状況を説明するというのが怪しさたっぷりだった。タチアナが話を聞いた小汚いジジィによると、エンシェロッテと思しき人物がこの家屋を根城にし始めたのは今日からというわけではない。遅くとも一週間以上前だ。
その間、追い出されたコリト達はなぜ都市防衛隊に助けを求めなかった?あるいは首都警察の助力を請わなかった?
「——そもそもあたし達は今の今までエンシェロッテの話を聞かなかった。なぜ?」
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