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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
245/310

コリト・ヌーヴォラ

 化け物。


 自分の理解が及ばない存在を目の前にした時、人はその存在を指して化け物、怪物と形容する。彼らが目の前のソレを化け物、怪物と呼ぶ所以はいくつかあり、一つはやはり外見だろう。人の形を逸脱した邪悪な存在は誰がどう見たって化け物に見えるはずだ。


 他にも理由はいくつかある。行動などもわかりやすい例だ。人には理解できない行動をとる存在、特にその行動が人の生き死にに関わることならば、きっと人は化け物とその行動を取る存在を形容する。あるいは言動が化け物だ、怪物だと形容するきっかけになるかもしれない。人の血が通っていない畜生の一言がその人物を化け物にしてしまうのだ。


 見てくれだけではない。行動が、言動が、あるいは他の何かが人を化け物たらしめる。逆を言えば見てくれがどれdかえ化け物じみていても、人の言葉を喋ればそれは化け物に見えなくなり、行動が化け物じみていても言動がまともならば化け物足り得ず、言動が化け物じみていても見てくれがまともならば人はそれを化け物と定義しない。せいぜいがちょっと個性的な人、ちょっと奇行が目立つ人、ちょっと言動がおかしい人という扱いだ。


 コリト・ヌーヴォラの前に現れたそれは行動が化け物だった。どこからともなくふわりと現れた扇のような長い黒髪黒目の女は唐突に彼の仲間に向かって攻撃を開始した。彼女の持つ特異な武器 彼女の持つ特異な武器、オーク達が持つオーク弓に似たそれは当てられると同時に凄まじい衝撃を生み、臓物がひっくり返ったような感覚に陥らせた。小柄な体躯からは想像もつかない膂力で襟首を掴み、天井にめり込ませた。


 ボロボロになったコリトを含めた彼の仲間全員は簀巻きにされると、ゴミ出しの日の主婦のようにゴミ捨て場に放り捨てた。長い人生でも稀に見る恥辱、もとい侮辱を受け、コリト達の怒りは頂点に上ったが自分達の力では彼女に勝つことができないのも事実だった。その強さゆえに化け物、その在り方ゆえに化け物とコリト達は彼女を化け物と呼んだ。


 その彼女と互角に戦う三人組にコリトらは目を奪われた。結果としては互角、痛み分けに終わったが、たった三人で家屋ひとつを全壊させたのだ。最初は三人組かと思いきや五人組だとわかった時、微かな光明が見えた。


 三人で互角ならば、五人ではどうだろうか。数の優位、それが如実に現れればあの化け物女だろうと討伐できるんじゃないか。邪な考えが脳裏に芽生え、すぐにコリトは同じく状況を監視していた仲間達にそのアイディアを共有した。


 嬉々として疲労した提案に仲間達は最初、難色を示した。見ず知らずの人間を頼ることで負うデメリットを危惧しているのだ。コリトも考えなしで提案をしているのではない。そのデメリットを飲み込んだ上で五人組を使うべきだ、と彼は力説した。結局、渋々という形ではあるが仲間達は首肯し、彼らを代表してコリトが先頭に立って五人組に近づいた。


 しかし、コリトらがいざ全壊した家屋に近づいてみれば、五人組は三人組になっていて、しかも内一人は知らない顔だった。少しばかりの動揺がコリトに走り、頬から汗が一筋こぼれた。


 「——すいません、少しお話しよろしいでしょうか?」


 近づいたコリトに向き直った三人組はいずれも亜人種だった。白い狼頭の狼人(ウェアヴォルフ)、口から立派な牙が生えた猪人(ボアマン)、そして種まではわからないが、単眼の亜人だ。


 ギロリと殺伐とした目で彼らはコリトを睨んだ。警戒の眼差し、しかしそれはすぐに軟化して死すら覚悟したコリトは拍子抜けを食らった。


 コリトが何かをしたわけではない。もちろん、彼の仲間も動かなかった。ただ勝手に彼らは警戒して、それを即座に軟化させた。非常に不可解だったが、警戒心を緩められたことを幸いと思い、コリトは話を始めた。


 「私は、いえ、私共はトパラ出版のものです。えー、と。まずお聞きしたいのですが、こちらにありましたる私共の社屋は何故に全壊しているのでしょうか?」


 ちらりとコリトは潰れた社屋を見る。見るも無惨に潰れた社屋に思いを馳せるように、心底女々しく、あからさますぎるほどにあざとく彼はしみじみとした表情を浮かべた。それはおそらく、歴戦のぶりっ子JKですらドン引きするほどの臭くて臭くてたまらない演技だった。


 仲間達ですらやりすぎだ、とあきれるほどの感傷たっぷりの表情に対して三人組はどのように反応したか。彼らは若干申し訳なさそうに頭をかいた。あの臭い演技が通じるのかよ、と驚く仲間達を他所にコリトはこれ幸いと話を有利に進めようとした。


 「これは、貴方様方がやったことですか?」


 「いや、違う!やったのは、黒髪の女だ!」


 答えたのは狼人だ。慌てた様子で、彼は両手を前に突き出して左右に振った。


 無論、彼の言っていることが真実であることはコリトにもわかっている。重要なのはあくまでも被害者を装うことだ。それもただの被害者ではない。相手にとって有益な被害者だ。


 「黒髪の女?ああ、なるほど!あの女ですか!」

 「なんだ、知っているのか!?」


 「はい、兼ねてより私共の社屋はあの女に占拠されておりまして、大変困っていたんです。会社の業務にも差し障りますし、何より栄光あるトパラの名を関した社屋が奪われるなど怒りのあまり憤死してしまいそうです」


 「はぁ。まぁうん。なるほど。じゃぁここはもともとオタクらのものだったんだな?」


 「ええ、そうです!それをあの女が」


 わかった、わかった、と返したのは猪人だ。あまりにもあけすけなコリトの演技に辟易した様子の彼はどうするか、とこぼして、仲間達に耳打ちを始めた。話を聞くか、聞かないか、と唇の動きを読む限り、言っているのだとわかる。それはコリトにとってあまり望ましい展開ではなかった。


 不安で心音が高鳴る。気管支が収縮し、呼吸が荒くなる。嫌な汗が背中に滲んだ。ひょっとしたら目の前の三人組は唐突に彼らが腰にぶら下げている武器で自分達を殺すかもしれない。それは好ましいことではない。様々な憶測が脳裏をめぐるが、向き直った狼人が笑顔で握手を求めた時、コリトは自分の憶測が杞憂だったのだと安堵した。


 「とりあえず、詳しい話を聞こうか。なんだってエンシーがここを占拠していたのかも聞きたいからな」


 エンシーというのか、あの女は。


 それが愛称なのか、略称なのか、はたまた本名なのかはわからないが、何にせよコリト達の脳内にはエンシー、もといエンシェロッテ・クロイツァーの名前が克明に刻まれた。


 周布)狼人。


 コルティッツ)猪人。


 Λ)単眼の亜人。

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