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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
244/310

エンシェロッテ・クロイツァー

 弟子、もといエンシェロッテ・クロイツァーの行動は早かった。


 相手がタチアナと見るや否や彼女はその鳩尾に蹴りを入れると、情け容赦なく左右の魔銃を発砲した。射程が大幅に落ちる代わりに単発の威力を極限まで高めた散弾銃タイプの魔銃から放たれる一撃は並の人間ならば瞬時に肉塊に変える威力を秘めている。それを至近距離で食らえばいかにタチアナと言えど無事では済まない。


 大きく体をのけ反らせ、反動の影響を受けるタチアナはしかし右手にしっかりと握っていた槍を水平線上に振るった。一閃、それは周囲を寸断するほどの鮮やかな一振りだった。反射的に身をかがめたエンシェロッテは即座に次の行動に移り、体勢が崩れたままのタチアナ目掛けてドロップキックをかました。


 ぐぎゃ、と盛大に叫んで彼女は背後の鉄柵に叩きつけられ、そのままその鉄柵ごと階下へと落ちていった。吹き飛んだ彼女を見てエンシェロッテは踵を返して部屋の奥へと逃げた。


 直後、反撃を試みた左右の二人がそれぞれ、剣と斧で攻撃をしてきた。繰り出せた武器の種別からエンシェロッテは攻撃者がそれぞれ見知ったメンツ、ジルドラとハーディガンであることを察した。となれば階下で様子を伺っていた二人は周布とコルティッツだろうか。


 タチアナと一緒に行動している四人組となればその四人くらいしかエンシェロッテは知らない。いずれも七咎雑技団の一線級メンバー、相手取るにはあまりにも分が悪い。


 脱兎の如く彼女が向かった先には窓があり、その向こう側、つまり外には百を遥かに超える無数のカラスが羽ばたいていた。勢いそのままにエンシェロッテが窓を蹴破るとカラス達は待ちかねたとばかりに翼を広げ、向かってきた彼女をその無数の翼で包み込んだ。


 カラス達の中に隠れたエンシェロッテはダメ押しとばかりに左右の魔銃が弾切れになるまで家屋目掛けて撃ち尽くした。もとより一時の借宿、エンシェロッテにとってもエリアライにとっても思い入れがある場所ではない。技巧(アーツ)も含めた銃弾の雨は古びた家屋を瞬く間に全壊させた。


 「逃げますよ、エンシェロッテ」

 「もちろん!にしてもなんだってタチアナが」


 「さぁ?何にせよ、私達には関係のないことだと思いませんか?」


 それもそうね、とエンシェロッテは返す。タチアナとはそこまで親しいわけではない。エリアライもそれは同じだ。名前を覚えていただけ有情と言える。


 けだし何らかの行き違いがあったのだろう、とエリアライはエンシェロッテに語った。邂逅時の二人の会話を聞いて、そう想像した。



 他方、もう片方の五人組のはそんな可能性は毛ほども考えていなかった。


 「はぁああああああああああ!!!!!?????むかつくんですけどーーーーーー!!!!」


 全壊した家屋の中から煤と埃まみれになって現れたタチアナはボサボサになった赤髪をさらに掻きむしりながら空に向かって激昂した。地団駄を踏み、ギャーギャーと喚く彼女に周りの人間は目を丸くして呆気に取られた。


 かつてない怒りの発露、火山の噴火もかくやの勢いで長い赤髪を天に向かって逆立たせ、手当たり次第に周囲を更地にしかねないほどの猛然とする彼女を止めようと周りは覆い被さる形で彼女の進撃を食い止めた。より厳密には飛び立とうとする彼女の両足に四人がかりで食らいついて彼女を引き摺り下ろしたのだ。


 「——それで?これからどうする、ターちゃん」


 少し時間が経ち、落ち着きを取り戻したタチアナにカップスープを手渡したのは一団の取りまとめ役であるジルドラだった。彼の問いにタチアナは目を閉じながら唸り始め、周りのメンバーは唸る彼女を覗き込んだ。


 彼女が唸るのも当然だ。長年共に様々な苦難を乗り越えてきたエンシェロッテがまさか帝国側に付くなど想像だにしていなかった。まさに晴天の霹靂だ。


 「ジルくんはどう思ってんの、エンシーのこと」

 「んー?俺は、そうだな」


 斧使いことハーディガンに問われ、ジルドラは考えを巡らせる。ジルドラはもちろん、この場の人間はあまりエンシェロッテと仲がいいわけではない。だが、彼女の実力が一線級メンバーの中ではずば抜けていることは知っている。その彼女が仮に帝国に与したとなれば、厄介なことになったと言わざるを得ない。


 元々、タチアナをはじめとしたここに集まった各々は一線級メンバーの中でも下位に位置するグループだ。大規模レイド、レギオンレイドやワールドレギオンレイドへの参加経験は少なく、もっぱら彼らはすでに攻略されたダンジョンやレイドボスを周回することを生業としてきた。


 「俺の見立てだと、そうだな。エンシーの実力的には俺ら五人全員と撃ち合ってどっこいどっこいって感じかな」

 「そういうことじゃなくてさ、なんだってエンシーは俺らを裏切って帝国になんて付いたんだろうなって話さ」


 ああそれか、と考えないようにしていたことを考えるように言われ、ジルドラはため息を吐いた。


 帝国、すなわちオルト帝国はその領土の半分を失陥したことで国力が大幅に削がれている。かつての隆盛はなく、だからこそせめて情報戦では遅れをとるまいとヤシュニナにスパイなんぞを潜り込ませたのだろう。


 斜陽の国に協力することのメリットは、と聞かれて即座に答えられる人間は多くはない。ジルドラも答えられない。だがプレイヤーである彼女が協力する以上はなんらかのメリットがあるのだろう。


 「金、ではないな。金なんて持っていてもってのは言い過ぎだが、それでわざわざ騒ぎを起こす理由はない」

 「となると地位とか?まぁなくはないけど」


 金も地位もプレイヤーとは迂遠な概念だ。必要とすることはあっても、それを得ること自体が目的ではない。第一、彼女がそんな俗っぽいプレイヤーであれば帝国などに行かずとも、ノックストーン商会で警備員として雇われるだけですぐに警備部門の部門長にまで上り詰めるだろう。


 ますますわけがわからない、と二人が頭を悩ませる中、それまで唸っていたタチアナが突然立ち上がった。驚く二人を他所に遠くでカップスープを煮込んでいる周布とコルティッツも呼び寄せ、指示を出し始めた。


 「とりあえずは隊を二つに分けましょ。一方はエンシー達を追う、もう一方はここの調査を。なんかを残してるかも」


 「それでこそだ、ターちゃん。他もそれでいいか?」


 にべもなくジルドラ以外の三人も首肯した。


 「遠巻きに見張らせてたΛ(RAM)にも伝えといて。カラス狩りを始めましょ?」


 憤怒を心の内に押し隠して、タチアナはキッと灰色の曇り空を睨んだ。


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