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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
243/310

黒鴉

 エリアライ・ラメッシャはプレイヤーである。


 紳士であり、学者肌な人物であった。探究心は人一倍強く、多弁な人物である彼は同時に好奇心が災いすることが多く、毎度のように痛い目に遭うことが多かった。


 それでも彼は七咎雑技団における知恵袋と言え、幹部級ではなかったが一線級のメンバーに数えられており、ダンジョン探索やレイド攻略には常に駆り出されるほど優秀な人材だったことは言うまでもない。その能力の高さはレギオンマスターであるシドも認め、彼にとってこの「SoleiU Project」というゲーム世界はその好奇心をついぞ途絶えさせない至高の宝箱だった。


 非量子世界、俗に現実世界などと呼ばれる物理法則が物を言う世界では味わうことが出来なかった落下時の風圧と快感、刺された時に肌に走る熱さ、空を飛ぶ時に頬を掠める大気の槍、視点が違えば見るものも変わってきて、楽しく飽くなき快感に打ち震えていた。


 しかしその毎日も「大切断」を期に一変した。


 「大切断」はそれまで不死の存在であったプレイヤー達をただの不老長寿へと変えてしまった。ただ一つの命、死ねばどうなるかわからないという恐怖で以って現実へと連れ戻したのだ。


 それまでプレイヤー達が死ななかった理由は主に二つある。一つは「アンカー」と呼ばれる命綱がプレイヤー全員に設定されていたからだ。量子空間という広大で無限に続いているとさえ思える空間で行き来する時、現実世界の人々は緊急時に戻ってこられるように対策を取っていた。それが「アンカー」である。


 二つ目は「リユナイト・システム」。有り体に言えば霧散したプレイヤーの情報を統合して、セーブポイントに戻す機構だ。「アンカー」を頼りにしたこの機構によってどれだけ無残な死に様をさらしてもプレイヤーは一分の情報も欠けることなく復活することができる。


 「アンカー」とそれを利用した「リユナイト・システム」。この二つに加えていくつもの量子世界を管理運営するスーパー量子コンピューター「SoRa」があればこそ「SoleIU Project」は成り立っていた。プレイヤー達は死ぬことができた。


 ——一度その枷を失い、アンテザードとなれば量子の海を漂流するのは道理である。


 未だ以て彼をして「大切断」の直接の原因はわからない。尽きぬ疑問、160年の歳月を費やしてもなお彼は明確な答えを出せずにいた。真実を知りたいと思って幾星霜、彼は世界中を飛び回り、そして今ヤシュニナの灰色の空を拝んでいた。


 「ふむ。随分といい景色ですな」

 「エリー先生、あまり窓を開けっぱなしにしていると潮風が入ってくるよ?」


 内陸部であるため、そんなことはないが潮風の代わりに砂埃は入ってくるかもしれない。大切な本に傷がついてはことだ。遠くに見える宝飾工場の赤い屋根を見つけ、エリアライはため息を吐いた。器用に足を使って彼が扉を閉めると、部屋の奥にいた彼の弟子兼弟子が「そういえば」と別の話題を切り出した。


 手に持っている分厚い本をパラパラとめくり、目当てのページを見つけた弟子はそのページを開いたまま、エリアライの前で中腰になって、彼にその中身を見せた。


 「この前までここに住んでいた人達が言っていたんだけど、帝国にはいくつか上古の遺物があるみたい。それを回収に向かわない?」


 弟子が開いたそのページには弟子の言わんとするところの「上古の遺物」について記されていた。緑の剣と呼ばれるそれは一際古い時代のもので、ゲームシステムの傾向から察するに現実世界への帰還に関するあれやこれやが隠されている可能性はあった。


 160年間の調査でエリアライはある疑問を覚えていた。それはプレイヤーという存在はゲームの背景、つまり「ヴァース」という世界の上ではどのような存在なのか、というものだ。


 これが王道のRPG、俗に勇者だの魔王だのいる世界、シングルプレイのゲームであれば、プレイヤーとはすなわち勇者だ。それ以上でもそれ以下でもない。勇者としてあれ、と既定された世界観なら、例え中に入っている人格がなんであろうと、その世界の人間は気にしない。


 しかし「SoleiU Project」はマルチゲーム。プレイヤーのことを冒険者とか、異邦人と呼ばずにプレイヤーとだけ呼ぶよくわからない世界観のゲームだ。普通は没入感を出させるために敢えてプレイヤーとは呼ばず、なんらかの呼称を付けたりするものだ。そうでなくては不老、不死という特異性が説明できない。ましてNPCこと煬人を現実の人間と寸分違わぬ情報量で作っているゲームで、プレイヤーに関する設定がないというのは考えづらい。ないのだとしたらまさしく画竜点睛、手抜き仕事にも程がある。


 設定上、プレイヤー達は玄代四紀の終焉に呼応して現れた不老不死の存在ということになっている。しかしプレイヤーの一般知識として、彼らにはそれ以上の情報開示がされていない。


 わからないのだ。どのようにしてプレイヤーがこの世界に呼ばれたのかが。背景ストーリーもなく、ただ唐突にポンと呼ばれた。数多くのゲームをやってきたエリアライにとってそれは非常に不可解なことだった。


 もっとも、エリアライも初めから疑問を持っていたわけではない。少なくとも「大切断」以前はそれ以外のあれやこれやについての興味が先行してしまい、全く気にも留めなかった。そんな彼がプレイヤーとはなんなのか、という疑問を初めて持ったのは「大切断」についての調査を行っていた時だった。


 「大切断」によって生じた被害の調査のために出向いたキルギア大陸西岸部のとある遺跡、そこで彼はとある歴史的な発見をした。ソレが初めて彼に「SoleiU Project」内の現象をただのゲーム的なイベント以上の何かだと考えさせるきっかけを与えた。


 「結論から言えば、この世界はある前提の基に成り立っています。それは背景ストーリーや歴史的事象、いわゆるフレーバーテキストとして扱われるものが実際に存在しているということです」


 弟子は初めてその仮説を聞いた時同様に目をぱちくりとさせた。あまりにもリアルすぎるNPC、作り込まれた世界観、神々の存在と上古の遺物、それらがすべて実在のものと考えれば道理は通る。


 無論、ここが真の意味で異世界とか、異次元というわけではない。所詮はゲームだ。しかし限りなく作り込まれた現実に近いゲームだ。


 「ならば最初に戻りましょう。プレイヤーとは?」


 設定はあるはずだ。無論、プレイヤーに関する何らかの記述も。突き詰めれば、呼ぶことができるのなら、返すこともできるのではないだろうか。


 「——まぁさすがにそれは楽観的に過ぎますが」

 「でも考えられるんじゃない?思うに」


 その矢先、トントンと扉をノックする音が聞こえた。途端、弟子は持っていた本を閉じ、腰にホルスターから二丁の魔銃を取り出した。エリアライに隠れているように言うと弟子はドアに張り付き、そして空間把握系スキルを発動させた。


 扉の外にいるのは三人、家屋の外にさらに二人が待ち構えている。立ち振る舞いから考えていずれもレベル100を越え、130以上の強者だ。


 「ちぃ、やっぱ帝国の諜報員を殴ったのが不味かったかな?」


 焦れたのか、扉の前にいる人物の体勢が変わった。どこからか槍を取り出し、扉を貫こうとするそぶりを見せた。クソが、と弟子は舌打ちをこぼす。様子見などしている場合ではない。相手は本気だ。それもロデッカというヤシュニナの首都で。


 「ふざけろ」


 槍がドアを貫くと同時に弟子は発砲する。溜まっていた埃が舞い上がり、視界が悪くなる。だが弟子にとって、あるいは相手の槍使いにとっては目眩しにすらならない。互いにレベル130越え、その超人的な五感は容易に塵や埃の動きから相手の位置を補足し、互いの武器を突きつけた。


 「あぁ?なんであんたが」

 「それはこっちのセリフなんだけど?」


 銃口と穂先、それぞれが互いの急所に向けられたと同時に煙が晴れ、両者の姿は鮮明になった。その時、弟子は困惑した表情を浮かべ、相手もまた同じ表情を浮かべていた。


 「タチアナ・ヴィラギッテ?」

 「エンシェロッテ・クロイツァー?」

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