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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
十軍の戦い
24/310

交渉

 「ぐぞ。ぐぞ」


 四日目の戦いが終わりオーク達が歓喜の声を上げる裏側で、ゴブリン達は悪態をついた。理由は言わずもがな今日も多くの仲間が死んだからだ。初日の戦いで族長であるデヤンが死に、敗走したゴブリン達を待っていたのは粛清という名の見せしめだった。


 主だったゴブリン族の有力者は全員ダナイによって処刑され、残ったゴブリン達は彼に命令されるがままひたすら最前列に並ばされ、真っ先にヤシュニナ軍の「光の盾」や「赤い槍」の餌食になった。中には離反しようとするゴブリンもいたが、そういったゴブリンはフロストジャイアントの族長ジーグと人狼族の族長ヴィアが見つけ次第捕食してしまった。


 ただ捕食するだけではなく見せしめとして大勢の前で手足を切断され、串を刺され炙られながら殺されるのだ。同種の者はもちろん多種族であっても吐き気を覚えるその光景をダナイ、ジーグ、ヴィア、そしてディンの四族長は笑みを浮かべて眺めていた。そればかりかジーグ、ヴィア、ディンは焼き目がのったゴブリンの丸焼きを喰らいさえしてみせた。


 進めど地獄、退けど地獄。絶対的に追い詰められ、恐怖にかられたゴブリン達の中には自ら命を断つものさえいた。そして味方が自殺したと報告する度にダナイの怒りの吐口に使われていたのが今のゴブリン族の族長タルファイだ。その日も彼はダナイが振るう鎖で左腕を骨折し、ひどい姿で木陰で薬草を塗っていた。


 基本的にゴブリンは弱い種族だ。人種と比べても劣り、劣等種族となじる声も少なくはない。頼れるものは数だけ、それしか取り柄がなくその醜悪な外見から多くの国家で奴隷として扱われることも少なくはない。実際にヤシュニナ以外のアインスエフ大陸東岸部の国家でゴブリンに人権が認められている国は存在しない。


 そんな自分達を奴隷ではないとしているヤシュニナでもやはり格差はあり、移民であるタルファイの血族もまた排斥される運命にあった。食うに困る毎日、極寒の地で次々と同胞が死んでいく日々に耐えられず、タルファイらは十軍に参加した。


 だが結果的に状況は変わらなかった。むしろより悪化した。初戦でゴブリン族の勇士デヤンがあっさりと敵将に討ち取られ、そればかりか彼の周りにいた勇猛なゴブリン達も次々と戦死していった。生き残った勇士もダナイに処刑された。開戦当初は二万以上いた同胞の数は今や半分もいない。


 日々の戦いですり減らされ、今日も大勢死んだ。しかも怪我がひどいともう使えないと見なされダナイや他のオーク達が負傷者を殺して回っていた。同じようなことはオーガ族やサテュロス族のところでも起きていた、と仲間のゴブリンが教えてくれた。


 医療物資も満足に与えられず、タルファイが今使っている薬草も今日の戦いで死んだゴブリン族の勇士ダムイの遺品だ。撤退する際に回収した彼の遺体からくすねたものだ。


 「なんで、なんでごんなもんにさ来ちまったんだぁ」


 涙ながらにタルファイは木陰に身をうずめた。輝かしい未来が来る、と信じていた。親兄弟に楽をさせてやれると思っていた。緒戦で軍令(ジェルガ)の一人を討ち取ったことで高揚していた。だが現実は彼が思っていた数倍は厳しく、扱いはその何倍もひどかった。


 ヤシュニナ軍は被害こそ出すが精強そのもので揺らぐことはない。敵の大府(ガイラーン)以上の兵士を討ち取ったという話も聞かない。何よりリドルという軍令が強すぎた。今日間近でリドルとシリアの戦いを見て分かったが、明らかにリドルは化け物だ。あのシリアを相手にして全く本気を出していなかった。


 アレが本気を出したらと思うと足がすくみ蹲ったまま立ち上がることができなくなっていた。ゴブリン族の族長という重責、ダナイへの恐怖、リドルへの畏怖、状況の悪化挙げればキリがないほど追い詰められ、タルファイの精神はもう限界を迎えていた。


 「よぉ。大変そうじゃぁないか」


 そんな彼の頭上で声がした。とても若く、中性的な声だ。顔を上げると髑髏が目の前にあった。ギャっと悲鳴をあげそうになった口を無理やり押さえ、タルファイは髑髏の人物を注意深く観察した。


 麻衣のマントの下に軽鎧を着ていて、それからはとてつもない高貴な気配を感じる。右手の透き通るような黒真珠の杖からも同質の気配は感じるが、さらに上位のものだとわかる。この血生臭い戦場とは不釣り合いな神聖さすら覚える存在の登場にタルファイは言葉が出なかった。


 「君、名前は?俺はシド。一応あんたらの敵ってことになってる」


 その名前を聞いたときタルファイは目が飛び出るくらい驚いた。シドと言えばヤシュニナで知らない人間は一人もいない。おおよそ150年前のヤシュニナ氏令国開闢以来常に国政を左右してきた大物も大物だ。それでいて凄腕の魔法使いとも知られていて、御伽噺にもしばしば登場する。


 そんな人物に唐突に話しかけられ、タルファイは言葉を失ったまま放心した。


 「ありゃりゃ。おーいおーい。あーこりゃダメだ。仕方ないなぁ」


 そう言ってシドはタルファイの頭を軽く杖で叩いた。本気で叩いてはレベル差で撲殺しかねなかった。タルファイの生命力を危険域まで消費したが結果的に彼は目を覚まし、目の前のシドと再び顔を合わせた。


 「やぁやぁ起きてくれて俺は嬉しいよ。それで君の名前は?」


 「た、た、タルファイ」


 「そうかいそうかい。まずは自己紹介が無事に終わってよかったよかった。あーそうだ。一応回復のポーションあるんだけど使う?今結構生命力ピンチじゃね?」


 そう言って相手の返答も待たずにシドはタルファイの体に持っていた回復薬を振りかけた。それもただの回復薬ではなく薬剤調合スキルをマックスまであげた調合師がつくったかなり高価な回復薬を。ただ生命力を全快させるだけでなく主だったタルファイの傷を癒やし、肉体の疲労まで回復するほどの代物だ。


 自分の体からどっと疲れが抜け、体に力がみなぎってきたことに驚くタルファイだったが、そんな彼の目の前に杖を突き出し、シドは話を始めた。


 「さてタルファイ君。俺は今君に交渉を持ちかけたいと思っている。あーもちろん別に受ける受けないは君の自由だとも。ただ話だけでも聞いてほしいな」


 無言のままタルファイは首を縦に振った。その反応が満足のいくものだったのか、シドはタルファイの背丈まで背をかがめ、杖を肩にかけた。


 「単刀直入に言おう。この軍を裏切ってくれ。ゴブリン全員で」


 「そ、それは無理な話だぁ!おい達が裏切ったからてなんになる?まだ十軍には七万を超える大軍がいるんだぞ!」


 逃げようとするタルファイだったが彼の行く手をシドが杖で塞いだ。そして無理やり彼を座らせ、見下ろすような形で杖の先端をタルファイに突きつけた。


 「まぁ待てよ。言っただろ話だけでも聞いてくれって。もちろんただ裏切れなんて言わない。こちらも条件を出そう。まず一つが君の部族の就職先だ。仕事を紹介しようじゃないか。ゴブリンは背が低く非力と思われているが、その実とても働き者かつ勤勉な種族だと俺は知っている。力仕事以外、事務的な仕事を紹介しようじゃないか。


 力仕事がしたいと言うのなら軍への入籍をしてやってもいい。あるいはインフラの整備なんてのもある。居住地も考えようじゃないか。成功すれば望むところに住めるぞ?衣食住ついでに金も入ってくる。俺らに協力してくれればな」


 「そ、そんな都合のいい話あるわけねぇ!」


 「ある。俺があると言った。それはもうあることなるんだよ。今回の反乱で色々と各所で人手不足が浮き彫りになった。労働力がまるで足りていない。このまま十軍を潰すことは簡単だが、捕虜を食わせるにも金がいる。いっそ全員殺処分したっていいがそれをやると異種族国家のイメージが崩れるんでな。


 どうだろうか?ヤシュニナは実力主義、成果主義の国家だ。働けば働くほど金が懐に入ってくるぞ?こんな極寒の平原で寝泊まりする必要もなく夜は暖かいベッドで寝られる。ご飯は硬いパンじゃなくて暖かいスープと白パンがついてくる。お前一人の選択次第で部族全員がその豊かさを享受するか、このまま全滅するかのどちらか一つを味わうことになる」


 タルファイの表情が沈み、彼は一言も発さなくなった。いつの間にかシドの二人称が君からお前に変わっていたことにも気づかないくらいに考え込んでいた。


 「信じられないだろうが、俺はちゃんと約束は守る。証明しろってのはちょっと難しいがあーそうだな。じゃぁこうしよう。明日、お前の部族が100人以上の死者を出したら俺を信じなくてもいい。ちゃんと数えとけよ。100人だ。100人以上、俺は殺させないと約束しよう。それで俺を信じるか否かの成否を下してくれ」


 そう言い残し、シドはその場から姿を消した。後に残ったタルファイは半信半疑のまま彼の口にした約束を飲み込んだ。


 そして翌日の合戦でタルファイの部族から死者は30人と出なかった。代わりにオーク、ジャイアントに多大な被害が出たせいでタルファイはダナイに右腕を切り落とされた。


✳︎


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