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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
生存戦争
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現状把握

 部屋の中には席が二つと簡素な机がその間に置かれていた。席はすでに一つが埋まっていて、ちょうど上座に埋伏の軍令(マイラ・ジェルガ)シオンは座っていた。彼の傍には右腕でもある剣の軍令(エスプ・ジェルガ)ギーヴが立っており、瞑目している主人に代わって入り口に立つシド達に警戒の眼差しを向けた。


 それはある種の無粋、あるいは無礼であるが、シドは気にせずに席に座った。彼に着いて行こうとグリームヴィルゲットも部屋に入ったが、すぐに後ろから彼女のことをディコマンダーが引っ張り、部屋から連れ出してしまった。


 「ごめんな。お前も入れればよかったんだけど」

 「天井が低いからな。しょうがない」


 先生、先生と連呼するグリームヴィルゲットを持ち上げてディコマンダーは気にするな、とだけ言い残すと扉を閉めた。静寂が訪れ、一転して空気は重苦しいものになった。


 シオンはもちろん、シドも腕組みをしたまま一向に話題を切り出そうとはしない。互いに鍔迫り合い、達人の間合いで様子見でも決め込んでいるのか、微動だにせず呼吸の音だけがはっきりと聞こえる静けさが場を支配していた。


 その空気は果てしなく重く、呼吸をするのも苦しい。まるで水底のような居心地の悪さだ。他ならぬ当事者達は気にしていない素ぶりだったが、立ちっぱなしのギーヴはその空気の重さに耐えかねたのか、二人の気を引くほどの大きなため息をこぼした。


 見かねたシドははぁ、とため息を漏らすと「水」とこぼした。それが水をもってこい、という命令だと気づいたギーヴは一目散に部屋から退室して、近場の井戸に走った。


 邪魔が一人減ったとでも言いたげな様子のシドをシオンは凝視する。それはともすれば睨んでいると形容してもよかったのかもしれない。結石が見つかった時の四十代男性を思わせるシオンの張った表情に思わずシドは笑みを浮かべた。


 「——で、どうだよ」

 「どうだよ、とは?」


 「近況さ。定期報告の手紙を受け取ったから気分転換がてら来てみたんだが、調子はどうだい?」

 「とりわけて報告するようなことは。必要な事柄はすべて手紙に書き留めましたので」


 冷たく言い放つシオンにシドはニヤニヤしながらどうだろうね、と返した。一瞬だけシオンの視線が鋭くなった。ナイフのような鋭さだ。


 笑顔を崩さず、シドは衣服の内ポケットから何かを取り出すと、自前のナイフで削り始めた。パラパラと黄土色の粉が机の上に落ち、それは少し立てば小さな山になった。


 「俺としては頭を抱えてるんじゃないかと思ったんだが、そうか。何も報告することはないか」

 「何が言いたいのですか、総督(ハーレン)シド」


 「自明だろうよ。お前、イムガムシャに攻め込みたいって思ってるだろ」


 ただでさえ鋭かったシオンの瞳はその一言で鋭さを通り越して険しくなった。眉間には太い二本の丘が浮かび上がり、表情は真冬の高山のように強張った。心なしか肩や腕など上半身に力が入り、衣服越しでもわかるほど筋肉が隆起していた。


 期待通りの反応にシドは満足そうに手を叩く。それは煽っているようにしか見えず、事実シドはシオンの感情を逆撫でしていた。


 「イムガムシャはお前の故郷を滅ぼした仇敵だぁ。倒したいよな、当然」

 「何故、今その話を?」


 言葉の上では冷静だが、しかし語気にこもる力は強い。必死に飛び掛かりたい感情を押し殺しているのは素人目でもわかる。普段の冷静で冷淡なシオンからは想像もできない激情家振りだ。


 それは彼の生い立ち、かつてカント王国の王子であった彼の過去をシドが知るからであり、封印していた復讐の炎に火をくべるような言動の中にその話を混ぜるからだ。誰にだって人に言いたくない過去の一つや二つがあるように、シオンにもそれがあった。ただそれだけで彼が被っていた冷徹な謀略家の仮面は最も容易く滑り落ちた。


 「燃える王城からお前を救い出した時の年はいくつだったか?ああ、五歳くらいだったかな?泣きじゃくってるお前をセナが抱えて、追ってくる屍兵を俺とリドルが退けたんだっけか。いやー、懐かしいな」


 白々しく、また軽薄にシドは思い出話を展開する。さも懐かしげに、さも華やかな過去を語るように彼は封印していた過去をべらべらと暴露する。


 これほど不愉快なことはないだろう。他人に自分の過去を我が物顔で語られることほど。


 怒りを隠すことなく滲ませ、わなわなと唇と拳を振るわせるシオンは憤激を抑えるので精一杯だ。耳などとうに機能していないのにシドの声はひどい耳鳴りのように脳に直接語りかけてきた。


 「——あの時、シオンを守った彼女は彼処(アソコ)にいるのかな?」


 限界は唐突に訪れた。シドの口から放たれたその一言はシオンを激昂させるのに十分だった。立ち上がり、身を乗り出したシオンは両手で机を叩いた。ダンという大きな音が狭い室内に響いた。


 ちょうどその時、音が被るように勢いよく扉が開き、水瓶を持ったギーヴが取り繕ったような笑顔で部屋に入ってきた。お待たせしました、と彼はシドとシオンには目も暮れず、二人に水を配り終え、水瓶を机に置くと、逃げ出すように再び部屋から出ていった。


 「いい部下だな。さしずめ、情でも移ったか?」


 言外に家族の仇への復讐も諦めて、と含むシドにシオンは飛び掛かりたい気持ちでいっぱいだった。しかしそれもギーヴが入ってきたことで興が削がれた。


 落ち着きを取り戻し、コップ一杯の水を仰ぎ、喉を湿らせることでようやくいつもの調子に戻ってきた。シオンが冷静さを取り戻したことを察し、シドもまたさっきとは打って変わって神妙な表情を浮かべて手元の何かをポケットにしまうと、入れ替わりで一通の封が切られた手紙を取り出した。


 シドの手紙を受け取り、シオンはそれが彼の送ったものではないことを再確認した。具体的には蝋の色が違う。シオンが送ったものは青の封蝋がされていたが、シドから手渡されたものには紅色の封蝋が押されていた。


 訝しむような眼差しのシオンにシドは「それはノックストーンから送られてきたものだ」とだけ教えた。ノックストーンという名前を聞き、シオンの瞳は訝しむものから、先の鋭いものに変わった。


 「——拝見しても?」

 「だから渡した」


 恐る恐るシオンは手紙を開き、中を改めていく。もとい内容を読み進めていった。彼の視線は左から右へ、シドの側から見れば右から左へを繰り返す。さながらタイプライターのように。そして時折視線を止めてまじまじと文面を見つめた。


 およそ数分ののち、彼は手紙をもとの封筒にもどしてシドに返した。手紙を返されたシドが内ポケットにそれをしまうと神妙な様子のシオンがそこにはいた。


 「手紙の内容は事実なのですか?」

 「無論、事実だ。いや、事実と見る方がいい、だな。自分の目で見たわけじゃないから正確性には疑問があるだろうが」


 「いえ、信じます。恐らくその手紙に書かれている内容は真実なのでしょう」


 しかし、と口元を手で隠し、シオンは視線をシドから逸らした。何もない壁を睨む彼にシドは身を乗り出して両肘を机についた姿勢で話かけた。


 「界国が動いた。狙いは南方、俺達が南方世界と呼ぶ場所だ。兵の総数は推定五十万、魑魅魍魎、悪鬼羅刹によって構成された百鬼夜行だ」


 「溶岩の巨人、燃える吸血蝙蝠、上古邪霊(ヴァール)に加えて(いわむろ)のエルフまでも敵方に与したなど到底信じられません。信じるしかないとはいえ、誇張のように思えてならない」


 「それはお前が知っているエルフっていうのがリオールみたいなホワイトエルフ、ああ、氷森(ひむろ)のエルフこと『ヒューリーン』とか、森のエルフこと『シンラ』とかだからだ。エルフにも種類はある。というか、いる」


 ナイフでガリガリと机に故エダインないしロスト・エダインの汎用文字を書きながらシドはエルフの分類の説明をし始めた。


 「まず、いわゆるエルフって広く認知されているのは森のエルフこと『シンラ』だ。故エダインだと森の貴人っていう意味だな。こいつらはアインスエフ大陸西部にその領域がある。カント王国とも関わりがあっただろう?」


 だろう、と言われてもシオンにはわからない話だ。彼が物心ついた時にはすでに王国はイムガムシャとの戦争の只中で、エルフなど数えるほどしか見たことがなかった。肯定も否定もせず、きょとんとするシオンにシドは彼の思うところを察して、まぁいいや、とこぼした。


 「こいつらの傍系が氷森のエルフこと『ヒューリーン』だ。どちらも森に住むってことは共通してるが、耳の長さだったり、肌の白さだったり、髪色だったりはまるで違う。そうだな、遠い親戚とかと思ってくれていい」


 「なるほど。では窟のエルフとはなんなのですか?話を聞く限り、森のエルフの傍系ではないようですが」


 その通り、とシドは頷き、削って書いた故エダインの言葉をナイフで示した。


 「そもそも森のエルフ、『シンラ』は古くは一なるエルフこと『アルファラ』の系譜にあたる。上古の時代の話だ。口伝でしか残っていない神話ってやつさ。元々エルフは大陸の中央、今の界国があるあたりで初めて産声を上げた。その時、エルフには三つの部族がいた。それこそが一なるエルフ『アルファラ』、二なるエルフ『ベラ』、三なるエルフ『ギメリ』だ」


 「なるほど?」


 「で、『アルファラ』と『ベラ』はここまでで、問題は『ギメリ』だ。そも一なるだの二なるだのはこいつらが神々(アリウス)によって神の土地に招かれ、その部族が足を踏み位入れた順番にすぎない。つまり『ギメリ』は三番目に神の大地に足を踏み入れた部族ってことだな」


 「つまり、何が言いたいのですか?」


 話の筋が見えないと訴えるシオンにシドは肩をすくめて先に結論だけを言った。


 「結論から言えば、窟のエルフっていうのは一度神の大地に足を踏み入れた『ギメリ』の一派が界国に戻り、起こった部族だ。ただし、その発生はだいぶこんがらがっている。ぶっちゃけ説明が面倒臭い」


 「筋は見えました。面倒臭い説明を受けるのは慣れてますので、大丈夫です」


 やれやれ、とシドはため息を漏らしながら説明を続けた。


 「まずさっきも言ったようにエルフ達は神々によって神の土地に招かれた。けれど、その中には土地を離れたくないって言うエルフらもいたわけだ。彼らは『ディガラ』と呼ばれ、以後の歴史にはあまり出てこない。で、神の土地に行く過程でまぁ色々。それこそ神話として語られるに足るだけの冒険譚があり、結果として最初に足を踏み入れた一団を『アルファラ』、その次が『ベラ』、三組目が『ギメリ』となった。


 『アルファラ』はエルフでありながら神々に匹敵する高貴さを持つ種で以後、二度と大陸に戻ることはなかった。『ベラ』は後知恵と工夫の面ですぐれ、職人気質だったから、その後も何度か大陸に戻り技術を磨いた。『ギメリ』は最も慎重で思慮深く、同時に知識を求めたので、多くが大陸と神の大地を行き来した。その一派がある時、界国に戻り、その場に残っていた『ディガラ』の一派と交わった」


 「それが、窟のエルフ?」


 「簡略化すればな。実態はもっと複雑だ。今度エルフの系譜全集でも送ってやるよ」


 知見が深められるぜ、と嘯くシドにシオンは結構です、とはっきり断った。残念そうに下唇を伸ばすシドだったが、それでもシオンは全力で断った。


 「——それで、その。窟のエルフというのが指輪王に与するのはおかしくないという話でしたか?」

 「ああ。そうだな」


 「なぜですか?」

 「そりゃ、窟のエルフこと『カヴェス』は知識を求める種だからな。指輪王の技術に、知識に魅入られるだろうぜ」


 同じ理由でかつて「ベラ」の一派が冥王にさる技術と引き換えに協力した、という歴史がある。他を顧みない「アルファラ」と異なり、「ベラ」や「ギメリ」の系譜はどちらかと言えば人間に近い。欲望に忠実であると言える。


 「エルフについては、納得しました。闇の種族についても。では彼らが南方を襲う理由はなんでしょうか。強国が多くある南方を敢えて襲う理由はなんなのでしょうか?」


 シオンの問いにシドは少しだけ沈黙し、そして答えた。


 「盾がないから、かな」

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