一泡吹かせる
そりゃそうだ、とシドは頷いた。グルグルとペン回しの要領で杖を手の内で回し、彼は静かにドアマンを直視した。
「俺がここに初めて来た時、Noteを閉じ込めていた部屋には魔封結界が施されていた。あれは魔法使いじゃなきゃできない芸当だ。だから確実に魔法使いがいるんだろうと考えた」
それ以前に転移だと勘違いしていたシドは転移魔法の使い手がいるのだろうとも考えていた。転移魔法と魔封結界、その二つをつける個人か、別々の二人の魔法使いがいるのだろう、と。しかしNoteの証言でその内一つの可能性は消えた。白夜炎上が影移動系スキルの持ち主と知った今、念頭に置かれるのは結界を張った魔法使いのみとなる。
Noteもその可能性はうすうすと感じていた。外部に委託でもしなければ、悪性レギオン内部に大して人気のない結界魔法を習得したプレイヤーがいることは確実だ。そしてインレなんていう規格外の化け物をわざわざ飼っているような組織ならば秘匿性を考えて後者の可能性が高い。
単純に順序立てて考えれば、その魔法使いがドアマンなのだろうが、それならそれでいくつか解せないことがある。まずはシドがその程度の魔法使いを「すごい奴」と呼ぶかどうかだ。魔封結界など封印系の結界魔法を習得しているプレイヤーは少ないが、ゼロではない。珍しさという点では神話級武装をぶら下げているプレイヤーの方が少ないくらいだ。
ドアマンについてはまだ解せないことは多い。その一つがNoteの頭にこびりついている、五人の子供達だ。実際に見たわけではないが、探知魔法を使った時にシドは別々の部屋に一人ずつ閉じ込められていると言った。その数は五、ひょっとしたらアゼシアで頻発している誘拐事件の被害者かもしれない、と推測するシドの言葉を信じるなら、ちょうどインレの数と一致する。
たまたま付合するのか、それとも意味があるのか。じゃぁなんで私が、とNoteは、六人目である彼女は頭をひねった。
「俺がここに潜り込んだ時、魔法使いはいなかった。俺が使った探知魔法は魔法使いなら、少なくとも封魔結界を支える魔法使いなら察知できるだろうからな」
「お前、ギャンブルが過ぎないか?」
「最悪逃げ出せばいいからな。もしくは隠れるか。ま、たらればの話なんてしても仕方ないだろ」
カラカラと笑い合う二人だったが、Noteからすればシドのケツの穴にかんちょーをしてあまりある暴挙だ。隠密性があるから大丈夫なんて嘘っぱちも嘘っぱち。高レベルの魔法使いなら100%気づくへっぽこ探知魔法じゃないか。
メラメラとシドへの怨嗟の炎が湧き上がり、彼の膝関節めがけて、回し蹴りを喰らわすが、ひらりとシドは空へ跳んで躱してみせた。もっとも、跳んだ先に低い天井があったせいで盛大に頭をぶつけたが。
「——まぁいい。なるほど、ふむ。そいつは盲点だったな。あの封魔結界は余計だったか。考えてもみればたかがガキを閉じ込めておくために封魔結界は必要なかったな」
シドの恥ずかしい出来事をスルーして、ドアマンは一人でシリアスモードを続けた。おふざけに走った人間が過半数を超える空間ではあいにくと彼は浮いていた。体育会系というバカでドラッグ漬けの連中の中に、一人だけ超インテリの東大卒生がいる会社の空気とはこういうものを言うのだろう。
冷ややかな目をシドとNoteは彼に浴びせるが、ドアマンは動じたそぶりを見せない。フィクサーを気取ってはいるが、根はかなり真面目なんだな、と二人は苦笑した。
「とにかくだ。俺は話したぞ、お前の存在を知れた理由を。お前も話せよ、目的をさ」
「ふむ、まぁいいだろう。ああ、そうだ。長い話になるだろうから、お茶でも入れようか?」
「こっちで用意するよ。それよりも早く話を始めてくれ。時間稼ぎでもしているのか?」
「釣れないな。まぁいい。そうだな、何から話そうか」
シドと同様に杖に腰掛けながら、ドアマンは少しだけ思案顔で思索にふける。彼の顔なんてわかるわけもないが、話の筋立てを考えているのだろうことはその仕草と雰囲気でなんとなく察せられた。
「まずは、そう。どうやってインレの卵を見つけたかを話そうか」
懐からドアマンは水晶球を取り出し、それに記録された映像が近くの壁にプロジェクターのように投影された。パランティーアではなく、ただの記録水晶だ。純度にもよるが、最大で160時間分の記録映像を録画できる代物だ。
映し出された映像はノイズとブレがひどいが、どこかの地下坑道を写しているということがわかる。ザクザクという足音とかすかな息遣い、そしてぬらりとした光沢のある右手に握られた紫色の炎を発するランタンの灯り以外に目立った情報はない。ふと視線をドアマンの腕部に落としてみると、映像に映っているものと同じ手だった。
映像からは時折、女の泣き声ともトラツグミの泣き声とも取れる身の毛がよだつ恐ろしい声が遠くに聞こえ、声が聞こえる度に映像の主は止まって周囲をランタンで照らした。そうして変わり映えのない映像が延々と続いていると、不意に前方に藍色の光が見えた。それまで歩いていた映像の主の息が荒くなり、ざっざという足音も小刻みになった。
そして映像の主が藍色の光の前についた時、シドとNoteがこれまで見たことのない独特な形状のオブジェが姿を現した。巨大な獣の死骸、いや化石の周りを大小六つの青い光を放つ球体が絡みつき、蔦のように球体から伸びた触手が絶えず脈打ち壁いっぱいに広がっている。触手は無数の生物、鉱夫や坑道内のあらゆる生物等々に無造作に絡みつき、いずれの生物の表情も苦悶に満ち、一分の例外もなく絶命していた。
言うまでもなく触手は映像の主にも襲いかかってきた。それを彼は魔法障壁で防ぎつつ、白雷を飛ばして伸びてくる触手を焼き払った。反撃を受け、おののく触手めがけてさらに魔法が飛ぶ。ほどなくして全ての触手が焼き払われ、どちゃどちゃと触手に囚われた生物達の死骸が落ちていく。頼みの触手がなくなり、なおも脈動する球体の一つに近づき、映像の主は一言、つぶやいた。「すばらしい」と。
「すばらしい?」
「古生物学的な発見の話?」
二人の的外れな疑問にドアマンはちがう、ちがうと首を横に振る。
「あの卵は言うまでもなくインレの卵だ。俺がとある廃坑で発見した、な。俺が素晴らしいと言ったのはその生命の在り方だ。いつか孵化することを目指して、数少ない資源を浪費するなんて最高に生命らしいと思わないか?」
「はい?」
「あの六つの卵はあのまま放置されていたら、決して孵化することはなかっただろう。数少ないリソースを六等分しているのだからな。一個に集約すればあるいは孵化するかもしれないが、彼らはそれをしない。自分が、自分がと我先に獲物に群がり、その栄養素を吸収していく。生き汚く、実に生命らしいじゃないか!!」
「はぁ」
「ふん。ロマンをわからん奴らめ。まぁいい。とにかく俺は地下坑道で卵を発見し、それを地上に持ち帰った。孵化させるためにな」
傍迷惑な、とシドとNoteは口をへの字に曲げた。原初の時代の化け物と知ってか知らずか、おそらく発見時は知らなかったのだろうが、それを蘇らせようだなんて全くもって理解できない。卵の時点で飽くなき貪食さを見せる生物がまともではないなど誰にでもわかりそうなものだ。
「で、どうなんだ。孵ったのか?」
「うん、まぁそう上手くはいかなかったな」
映像が切り替わり、ドアマンが卵に対して刺激を与えたり、大型のモンスターを餌として与えたりしている姿が入れ替わり立ち替わり映った。まるで生物学のレポートビデオのようだ。
「残念ながら、ただ餌をあげ続ける方法ではインレの卵は孵らなかった。ああ、インレという名前を知ったのもこの時期だったか。原初の獣と知って随分と舞い上がったものだが、孵化できないのでは宝のもちぐされだ。随分と考えた末、俺は一つの結論に至った」
再び水晶玉から映し出される映像が切り替わり、今度は無数の目隠しをされ、縄で縛られた子供達の姿が映し出された。周りにはジヴォガヴォをはじめとした悪性レギオンの面々が見える。つまり映し出されているのは攫われた子供達ということだ。
映し出された子供達は明らかに五人以上いる。五十人はくだらない。どういうことか、とNoteが問いただそうとした矢先、ドアマンからシドへ質問が投げかけられた。
「時にシド。お前は波動回復というのを知っているか?」
「ん?ああ、そりゃあな。レイド攻略の基本だ」
「うん。じゃぁその波動回復では回復が追いつかない時はどうする?」
続く質問にシドは一瞬、考えるそぶりを見せ、すぐに答えた。
「連鎖回復、かな。一番回復量の大きい奴を中心に、そいつの周囲の人間に同等の回復効果を与えるってやつ。滅多に使わないけど」
そうだろうな、とドアマンは頷く。でしょうね、とNoteも同意を示した。
連鎖回復は回復量が爆増する反面、魔力消費が大きくなる。ここぞという時しか使えないある種の奥の手であり、例えばレイドボスの極大の一撃を受け、陣形が瓦解した時にとりあえず体力だけでも回復しなくてはならない時などに使う。極論、体力がゼロにならなければゲームオーバーではない、という原理的な思想の中で編み出された後先考えない結果だけを求めた技術だ。
そんな連鎖回復の話題を出すということはそれを使ったということになる。じゃぁなにに、という話だ。そんなもの考えなくてもわかる。
「なるほど君、子供達に使ったんだ連鎖回復」
「ああ、そうだ。それが?」
「それが?自分が何をしたか、わかってるの?」
この「SoleiU Project」は体力が1でも残っていれば死ぬことはない。無論、寿命などは煬人には設定されているが、それ以外の死因であれば、体力を維持させればどうとでもなる。それは子供だろうと同じだ。極端な話、片腕をお失って失血死寸前の人間だろうと回復魔法をかけ続け、それが体力を維持させれば助かる余地がある。
ドアマンがやったのはまさしくそれだ。適当な子供を五人みつくろい、インレの卵を孵化させる餌にしたのだ。連鎖回復を用いることで強引に体力を回復させ、無限に食える肉の塊に変えたのだ。餌が足りない、ならずっと食える餌を用意すればいい、というシンプルかつ力技めいた解決方法、そんなものの犠牲にさせられたらたまったものではないと知りながら、彼は子供達をインレの供物として扱った。
「俺が連鎖回復が支える魔法使いでよかったよ。キャラクタービルド的には後方支援寄りだからな」
「下衆すぎない?いくらなんでも」
「おいおい。俺をだけを非難するなよ。お前らだってゲームとかで周回プレイとかしないのか?あるいは狩場の占領とかさ。大手レギオンならいくらでもしてるだろ、そういうの。俺がやったのはそれとなんら変わりない効率重視のゲーミングだ。非難される謂れはないな」
Noteの非難をドアマンは嘲り笑う。彼女を単なるシドの連れのプレイヤーだと思っているだろう、彼は自分のことを棚に上げてNoteらを糾弾した。
プレイヤーにそういう要素がないとはNoteも言わない。実際、七咎雑技団でも未踏破レイド攻略の前などに物資確保のために大規模な狩りを行うことはある。その過程で希少モンスターが現れるまで雑魚モンスター狩りをすることも多々ある。しかし、それらはすべてストライダー協会などを経由した討伐依頼などの形を取っている。つまりは合法なのだ。決して生態系の破壊を目的としているわけではない。
そんな擁護が意味がない、ただの理由付けであることはNoteもわかっている。言ったところで、じゃぁ理由があればやっていいんだ、と開き直られるのがオチだ。けれど、親友以上の存在であるシドやその仲間達がこんな下衆と同列に語られるのだけは我慢ならなかった。
「あんたねぇ!!」
「ストップ、Note。お前にその権利はないはずだ。今怒っていいのはお前じゃない」
「シド君、でもこいつ」
「いーんだよ。第三者の視点で見れば俺らがやってることもそこのはんぺん野郎がやってることも大差ねーからな」
非人間的にすぎる。シドという人間は非人間的にすぎる。ここまでバカにされて、下衆なテロリストでマッドサイエンティストなクソ野郎と同列視されて憤らないのか。なんで、とNoteは心の中で訴えた。
「そういえばまだ聞いてなかったな。お前の目的はなんだ?」
Noteを抑えながら、シドは未だにベラベラと論点のすり替えに腐心するドアマンに質問を投げかけた。彼がここに来て始めて投げかけた質問だ。それを受け、ドアマンは話すのをやめ、水晶玉の映像を止めた。
「単純だ。俺は俺の成果物のお披露目のために。そして『ハンドレッド』の目的は、より単純。お前ら『七咎雑技団』に一泡吹かせる、それだけだ」




