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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
十軍の戦い
23/310

それぞれの思惑

 「なるほど、ね」


 ファムは自身の肩に留まった鷹の足に付けられた手紙を見て、包帯の向こう側に笑みを浮かべた。第12州に入ってすでに二日、戦場となっているエッサーラ平原を目指して走る一向はようやく平原まで距離20キロのところまでたどり着いていた。


 やはり大きく迂回する形で12州に入ったせいか、進行速度が遅い。ファムは手紙を読み、その遅さを痛感した。すでに戦闘が始まって三日が経ち、こちらの軍の犠牲者は4000を超えた。亜人軍が組織だった動きを始めたからこその被害だ。


 「対して亜人軍の主な犠牲はゴブリン、オーガ、オーク、ワーグ、トロルの五種族。でもゴブリン、オーガ、オークは元々数が多い種族だし、失ったとしてもまだ背後に人狼とジャイアントが待っているわ」


 「そう、それが厄介なのです。ケンタウロスやサテュロスは正直いくらでも対抗できる。特にサテュロスは弱い種族だ。けれど人狼とジャイアントは違う。同レベルであっても人の戦士ではこの二種族には勝てませんから」


 ファムの言葉にカルフマンが追従する。人狼はその鋭利すぎる牙と爪が、ジャイアントは言わずもがな巨体とそれに見合う膂力が厄介だ。種族的優位という意味で人狼とジャイアントは圧倒的であり、少しのレベル差くらいは覆してくる。


 「スノーエイプは?」

 「ものの数ではないでしょ。特にスノーエイプの族長のウラムミャーなんて打算の塊じゃん。ちょっと突けばすぐに陥落するよ」


 「そうそう。じゃぁ当座の目標通りにまずはスノーエイプから、かな?」


 そう言って三人の会話に天秤の(ヴァルナ・)刃令(キェーガ)ノタ・クルセリオスが割り込んできた。快活そうな印象を抱くとんがり帽子の雨がっぱを着た少女で、外見だけ見れば10歳くらいに見える。アメジストの長髪が雨がっぱの両脇からこぼれ、毛の先端は白化していた。


 いたずらっ子のような印象を受けるが、こんな姿でもヤシュニナの氏令の一人だ。シドと同じ精霊種ということもあり、どこか作り物のようにも思える容姿をしている。腰に彼女の身長の倍はある巨大な剣を携え、彼女が歩くとジャラジャラと鎖の音が鳴る。そんなノタの言葉にファムが頷いた。


 「ええ。とりあえずは。昨日、今日の戦いでスノーエイプもそこそこ犠牲者を出したようですし、揺さぶりをかけるには好機でしょう」


 「よっしゃ!じゃぁ万が一の時は()()()()()()()()()()()()ってことでオーケー?」


 「ええ、()()()()()()()()()()()()()。まぁもちろんあーだこーだしないにかぎるのだけれど」


 ニヒヒと雨がっぱの袖から灰色の鎖を取り出し、くるくると回すノタの表情はとても嬉しそうだった。だが彼女以外の面々は表情がとにかく沈んでいた。一度でもノタと仕事風景を見れば誰だってそういう表情をする。これで天秤(ヴァルナ)なんていうあだ名が付くのだからこの世はおかしい。


 「明日の朝には平原が見渡せる丘陵地帯だ。そこに本部を置いて情報を精査しよう。ノタ、お前はその間護衛と一緒に警備な」


 「わかっているともさ、ブラザー。ほら、あたしってデスクワークよりも体動かしている方が好きだしね」


 にゃははと笑い彼女は三人の輪の中から出て行った。今更ながら不安だなと思いながらシドはその日、ずっと西の空を見つめていた。


✳︎


 亜人軍は引き締められた。それまでは種族ごとにバラバラだった各々がまとまった一つの軍隊として動き始めた。戦力を均一化し、各所でヤシュニナ軍に対して攻勢を行なった結果、敵方にも少なくはない犠牲が出始めた。


 特に騎兵を主体に動いていたヤシュニナ軍左翼は大打撃を受け、今や押し込みに成功したと言っていい。馬鹿の一つ覚えのように光の壁を使ってくるがそれを強引にシリアと人狼、ジャイアントの部隊が破壊し、慢心しきったヤシュニナ軍を完膚なきまでに叩いた。援軍が来る気配もなく、こちらになぶり殺しにされるのを待つばかりの孤軍奮闘、敵ながら同情を禁じ得ない。


 だが唯一問題があるとすればそれはシリアと敵将リドルの一騎打ちに決着がつかないことだろう。隻腕の彼の剣撃がシリアと同等、同格、であり、彼女とリドルの戦いは完全な千日手と化していた。三日目の戦いでは互いに下馬し大地に足がついた形で争った。戦闘の余波だけで戦闘不能になる兵士が両軍で続出し、日が暮れるまで戦ったが決着はつかなかった。


 「なぜ、私ではあの男に勝てない!」


 自分の天幕でシリアは乱雑に水が入った鉄製のコップを握りつぶした。立てかけている幻想級武装「グースヴィネ」はかつてメルコル大陸の騎馬王に使えた騎士が使っていた世界に二つとない名剣だ。彼女が所属する「龍面髑髏(デア・ルーファス)」の最深部で祀られている宝剣の一振りであり、今回の反乱に参加する餞別として彼女の師が貸し与えたものだ。


 それを振るって勝てないのは自分の未熟さからだとわかっている。そして相手が手加減をしているから自分は負けていないことも。


 しかし周囲の目は違う。シリアがリドルと互角に戦えているのは彼女の技量が彼を上回っているから、神のお導きゆえだ、と考えている。実際そのように触れ回っているダナイのニヤケ面を思い出すと腹立たしく思えてきた。あいつのせいで、あいつのせいで、と年甲斐もなく地団駄を踏む中、天幕の入り口に誰かが立っていることにシリアは気づいた。


 即座にグースヴィネを手に取り、彼女は天幕の向こうにいる誰かに話しかける。返事は即座に返ってきた。


 「イグリフィース殿、ジョゼフ・ド・コリニーでございます。入ってもよろしいですかな?」

 「コリニー男爵!これは無礼なことをいたしました。ええ、どうぞお入りください」


 そう言って彼女の天幕に入ってきたのは禿頭の小柄な男だった。丸メガネをつけ、髭はない。厚手のコートを着ているせいで太って見える。どこからどう見ても人種(エレ・アルカン)であり、この亜人軍の中では異様な存在だ。しかし彼は唯一この亜人軍の中でシリアがかしずく存在だった。


 「順調そうで何よりです。物資に不足などはありますか?あればおっしゃってください。すぐにムンゾ王国から運び込ませましょう」


 「男爵様、今のところ物資、兵ともに足りております。士気も高く、皆ヤシュニナを下さんと意気揚々としております」


 「はは。それはいい。だが哀れなものですなぁ。()()()()()()()()()()()()()()()


 コリニー男爵のその言葉にシリアは不気味な笑みを浮かべた。それは普段亜人達に聖女だ、戦乙女だ、と持ち上げられている彼女からは考えられないほどに下卑た笑みだった。歯茎を剥き出しに、大声をあげて笑おうとしているところを必死に堪えている姿だった。


 「まったく。亜人というものは猪突猛進で扱いやすい。我々が物資と機会をくれてやっただけで簡単に戦争を起こしてくれる。いやはや。まったく楽な仕事だ」


 「そうですね。ですが色々と現場は苦労するものです。例えば初日に亡くなった亜人の族長への追悼などですね。吐き気を催しましたよ」


 「あっはははは。それは難儀でしたねぇ。ですがこの戦争が終わるまでは我慢していただきたい。あと何日で亜人軍が知りませんがね」


 笑うコリニー男爵にシリアは同意する。ひどい話だと二人はまったく思っていない。生来的に亜人が嫌いだし、劣っているものと見ている以上は理解するのは無理な話だ。


 「唯一の懸念材料があるとすればリドル、ですかね。あの男はヤシュニナの守護神と言っても過言ではない。あまりの英雄的偉業から我が国でもリドルを最優の戦士とする人間も多い」


 その名を出された時シリアの表情が変化した。それまで浮かべていた笑みが消え失せ、代わりに不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。コリニー男爵はそれを見てすぐに話題を変えた。連日負け続けている相手の話をされることほど戦士の矜持を傷つけるものはない、と理解しているからだ。


 物資、兵員の拡充、今後の計画、当たり障りのない範囲でコリニー男爵はシリアと情報を共有していく。特にシリアが光の壁について聞いた時、彼は「あれは軍団技巧(レギオンアーツ)です」と答えた。軍団技巧という言葉について知らない様子のシリアにコリニー男爵は持てる限りの情報を共有する。


 そしてすべてを話し終わった時、シリアはかすかな笑みを浮かべていた。それは何かよからぬことを思案するときの自分の上司の面影によく似ていて、コリニー男爵の背中に汗が流れた。


 「有意義なお話でした。その軍団技巧、うまく利用して互いに殺し合ってもらいましょう」

 「ええ、是非。それとこの亜人軍が壊滅すると感じましたときは……」

 「わかっております。この発煙筒を使えばよろしいのですね」


 鎧の中に手を回し、筒状の白い物体を取り出して見せるシリアにコリニー男爵は頷いた。


 「筒を開ければ周囲に白い煙が充満します。これには認識阻害の効果があり、煙を確認次第我々の荷馬車へ走っていただきたい」


 「早晩使いそうですからね」


 総大将を勤める彼女がそう言うくらいにはこの「十軍の集い(ディム・ビトラーチェ)」には望みがなかった。


✳︎

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