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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
ありし日の日常
229/310

テオス・インレvsプレイヤー

 「テオス・インレ」


 杖の上に立ち、周囲の様子を伺いながら、Noteがぽつりと呟いた。彼女自身も信じられないと言った様子で、突如として地上から飛翔した羽付きのインレを見つめていた。


 「なるほど、そういう作戦か」


 ただ驚くばかりの彼女とは対照的にシドは至って冷静で、魔力回復薬(MPポーション)を煽りながら、冷めた目で再び起き上がったインレを一瞥した。ただ一瞥したわけではない。そのランク、レベル、強さの質を瞬時に読み解き、彼は小さく目を細めた。


 シドの持つ鑑定スキル「冥府眼」は最上位の鑑定眼を持つ。その瞳は正確な対象の強弱、価値を見抜き、そればかりか詳細なステータスすら白日の元に晒す。当然ながらインレ、否テオス・インレのスペックも彼は網羅していた。


 ランクはフィールドから一つ繰り上がってレイド、モンスターの種別はボスモンスターのまま、レベルも150と変わらない。大幅なステータスの向上と新たな能力の獲得が目を見張る巨獣だったが、不思議と初見時のようなワクワク感やドキドキ感はなく、ふーんというありふれた感想しか浮かんでこなかった。


 想像の範疇を超えなかったと言えばそれまでだ。凶悪無比な外見、眼に見える変化、孕んだ危険性、そのどれもがレイドボスの持ちうるスペックで、ポテンシャルの高さを窺わせる。おそらく、普通にダンジョンで戦っていればさぞかし楽しめたボスに違いない。だが悲しきかな。ここはダンジョンではない。


 ダンジョンとは言うなればボスモンスターに最も適したフィールドだ。あと数平方メートル面積があれば、あと数メートル天上が高ければ、このデバフがなければ、もっと人数がいればとプレイヤーがぶつくさ文句を言うフィールドもそうそうなく、常にプレイヤーはボスモンスターに有利な戦場で戦略やチームプレイを駆使して圧倒的な戦果を勝ち取ってきた。すなわち、苦境の末の勝利。そうでもなければどんなゲームもただ殴って防御して回復してという単調な作業になってしまう。


 転じて、このリングベルトはどうだろうか。市街地という制限はあるが、その実は廃墟のようなもので、すでに住民の街からの避難は完了した、と彼らを引率していたシルヴィーネから報告を受けている。助けられるだけの人間は助けた。ならばもはやこの都市は実質無人都市と呼んでも過言ではない。


 「各員、いつも通りに対処しろ。前衛も後衛も、何もかも揃っているだろ?」


 人も、物資も、戦場も、不都合な外敵要因もすべてがすべて、今は七咎雑技団に味方していた。それもそうだろう。このリングベルトは七咎雑技団のレギオンホーム近くにあり、人はいくらでもかき集めてこられて、物資も産地直送、戦場はいくら壊してもすべてインレのせいにできる無人都市、加えて邪魔になるフィールド効果も存在しない。完璧すぎる状況、プレイヤーがレイドに挑むなら欲してやまない状況がすべて揃っていた。


 負ける要素などなかった。真実、負ける可能性がなかった。意気揚々と空に舞い上がり、咆哮を上げたテオス・インレに対して眼下から容赦のない魔法砲撃が繰り出される。それはテオス・インレの皮膚をズタズタに引き裂き、つい直前の威勢のいい咆哮とは似ても似つかない悲しげなあるいは動揺した呻き声を上げさせた。



 「——前衛!落ちてくるぞ!」


 東端の戦場、リドルとセナが前衛と後衛をそれぞれ指揮し、総指揮をカルバリーが指揮する戦場では今まさにリドルを中心とした前衛部隊が切り込みをかけていた。多数の武器持ちが入り乱れ、それぞれの大技を繰り出し赤、青、あるいは緑の閃光が続け様に空を彩った。


 斬撃、刺突、殴打、毒、麻痺、あるいは凍傷、火傷といった様々な攻撃がテオス・インレに浴びせかけられる。周囲を更地にしてなおあまりあるトッププレイヤー達の苛烈な攻めはテオス・インレを激昂させるに余りあった。


 絶叫を挙げ、羽虫のようにまとわりつく彼らを吹き飛ばそうとテオス・インレが大きく息を吸い込み、光線を発射しようとした矢先、すかさず後衛から無数の魔法砲撃が飛んだ。次々とテオス・インレの口腔に命中し彼に身悶えさせるそれはセナを起点とした高火力組によるカウンターアタックだ。


 「はいはい、交代。次、備えて!バフ組、デバフ組は絶えず味方の強化、アレの弱体化に努めて!」


 魔力管理も徹底なさい、とセナは周囲に呼びかける。セナ達が下がると、入れ替わりで別の魔法使い達が同数、戦場に立った。彼らは絶えず魔法砲撃を行い、テオス・インレの注意を削ぐ傍、同じような大技の動作をした場合、先のセナと同じように魔法の多連撃で以てそれを封じる役を担っている。


 本陣に戻り、休息を取るセナは遠目に今もなお暴れるテオス・インレを見つめていた。その戦闘力は驚異的だ。飛行させないために体が重くなるデバフや状態異常の魔法を絶えず掛けているおかげで、行動パターンは第一形態と遜色ないが、ステータスが大幅に上昇しているせいで、攻撃が通りづらく、相手の攻撃力は上がっている。


 「けれど倒せないわけじゃない、そうですね?」


 いつも間にか隣に立っていたカルバリーの言葉に頷きながらセナは補足した。


 「物資も人も揃ってるから。ていうか、リドルはまだ前線?」

 「はい、えー、はい。彼と共に切り込んだ第一陣はシフト的にもう下がっているんですが」


 彼だけは、と言いにくそうにカルバリーは苦笑いを浮かべた。そも機械生命体である彼は鉄仮面で、笑顔など浮かべようはずもないのだが。


 機械生命体に限らず、この「ヴァース」に生きる全ての種族は色々と理不尽な欠点を持っているもので、例えばカルバリーは飲食はおろか排泄を必要としない。一度、バーガーを食ってみたところ、内部で謎の状態異常が発生し、三日ほど思うように体が動かなかったことがある。機械生命体も状態異常にかかるんだ、と周りは笑ったものだが、こんなことのためにわざわざ自殺してまで状態異常を解除したいとは思え買ったカルバリーにとっては苦痛の三日間だった。


 同じようにセナは吸血鬼という種族の性質上、一部の香辛料が食べられなかったり、魚類が食べられなかったりする。そも血液を飲んでいれば腹が満たされるため、まともな食事をした試しがない。せいぜいがワインを煽るくらいなものだ。排泄の必要もない。


 理不尽な点は食事にとどまらない。例えばカルバリーが表情を作れないように、セナは睡眠が取れない。より具体的に言えば睡眠と取る必要がないから、脳が睡眠モードに移らないのだ。睡眠もどきをすることはできる。眼を閉じ、ベッドに横になるだけ、脳は当然動いているし、嫌なこともすぐに思い出す。全くもって不便な体だ。


 同じことが目の前の戦場であくせくと戦うリドルにも言えた。


 彼の種族「原初の炎」はシドのイスキエリやおるてぃのヴェヌイン、セナの死祖同様に貴重な種族だ。この世でただ一人、彼だけがなれる種族とも言える。その在り方を、炎としての在り方を体現しているがごとく、リドルは疲れない。その身を燃やしてなおあまりある烈火のごとく、彼は永遠に戦い続けることができる。体に負った傷も瞬時に回復し、その異常な自動回復能力は彼を戦場に立たせ続ける。


 飲食を必要とせず、排泄もなく、そもそも人間的な器官を一切持たない外見だけ人間のような彼を見ていると、本当に同じ人間なのかと疑いたくもなる。一薙ぎ一薙ぎが彼の意思に関係なく紅蓮を纏い、爆炎を巻き起こすのは彼と言う「最強」の証明をこれでもかと行なっていた。まるで身体どころか中身まで人でなくなってしまったかのように。


 「まー実態はただの正義バカなんだけど」

 「大人になっても仮面ライダーやウルトラマンに憧れる、みたいなものですね」


 「えー、そこはアイロンマンとかキャップじゃないの?つーか、なにそれ」

 「文化の違いですね」



 東端の戦場が勢いづく傍ら、他とは類を見ないほどダラダラと戦っている戦場もあった。それが中央東の戦場である。有体に言えば彼らはインレとの戦いが始まってからずっとただその場に留まり、ひたすらに持久戦を繰り広げていた。


 彼らを指揮するのはタンク職、いわゆる壁役であるどらんぽりんというプレイヤーだった。ドワーフの貴種、ハイ・ドワーフである彼はその右手に背丈の三倍もある巨大なハンマーを担ぎ、左手には厚さ十数センチの分厚い盾を持ち、テオス・インレの注意を他の壁役達と共に引きつけながら、チクチクとその生命力(HP)を削っていた。


 どらんぽりんの戦場にはこれといった派手さはない。魔法も腐食や毒、麻痺など状態異常がメインだ。それはテオス・インレの回復能力を上回り、彼を苦しめた。ただそれだけで巨大なレイドボスは徐々に徐々に抵抗を緩めていった。


 「技巧(アーツ):春光発破」


 鋭い内部破壊の蹴りがテオス・インレの頭部目掛けて繰り出された。蹴りを受け、その周辺が一瞬膨らんだかと思えば瞬時に破裂し、朱色の液体が周囲に飛び散った。即座に蹴撃の主は飛び退きどらんぽりんの後ろに回る。反撃とばかりに繰り出された攻撃はしかし、どらんぽりんらに吸収され直接の攻撃の主に当たることはなかった。


 「サンキュー。どらぽん」

 「あんまり出過ぎるなよ、アル。少しだが、お前だってダメージを喰らってるだろ」


 ああ、とアルヴィースは肌を焼く毒素に目を向ける。テオス・インレに近づいてわかったことだが、獣の周囲を微弱だが不可視の毒の防壁が覆っていた。それは防御力はないが、近づくだけであらゆる毒耐性を貫通する。案外、毒ではないのかもしれない。


 周囲を毒の壁で覆うテオス・インレはアルヴィースのような超近接特化のモンクには天敵と言える相手だ。それでも彼が戦えているのは絶えず後方から飛んでくる波動回復のおかげである。


 波動回復はレイドボス戦など広範囲にわたって回復魔法を行使しなくていけない時に用いる技術だ。ただの広範囲回復魔法ではなく、通常の回復魔法と「波形伝播」というスキルを併用して使うことで通常の回復魔法を広範囲回復魔法に化けさせるレイド戦になくてはならない技の一つだ。回復量はわずかに落ちるが、それでもより多くの人間を一度に回復できる技術というのは魅力的だ。


 「ミトに感謝するべきだろうな」

 「全くだよ。いつもこれくらい精力的に動いてくれればいーんだけどねぇ」


 後方で魔力回復薬(MPポーション)をがぶ飲みしながら、絶えず波動回復を行なっているだろうゴスロリ美人への軽口を叩きながら、アルヴィースは再び駆け出し、蹴りを繰り出した。彼に続くように他の攻撃職達も跳躍し、技を繰り出す。


 彼らの攻撃に迷いはない。その太刀筋、蹴撃、拳打に一切のブレはない。まるで苦境を楽しむかのように嬉々として彼らはテオス・インレを攻め続けた。


 キャラクター解説


 インレ)ランク:レイド。クラス:レイドボス。レベル150。種族、インレ。


 原初の化け物。生態系の頂点に限りなく近い位置にいた巨獣。原初の時代の終焉とともに多くは歴史の表舞台から姿を消し、数体の幼体が地中深くで乾眠状態に入った。


 ボスギミックとして二段階の変体能力を持つ。一段階目は乾眠状態から復活した時の通常形態、必要な栄養分を摂ることで第二形態に変体する。第二形態後は第一形態で見られたガス欠は起こらなくなり、さらに飛行能力を得る。また自身の体表を守るように毒のバリアーを展開するが、これはインレが意図したものではなく、原初の時代に生きた生物の多くが持つ生態汚染領域であり、あらゆる環境を自分の思うように作り変えるパッシブスキルの名残である。


 本来であればプレイヤー36人で挑むレイドランクのモンスター。今回は一体で100人以上のプレイヤーを相手取ったため、なす術もなく討伐された。一線級のプレイヤー達が撃破に時間がかかった原因は都市部での戦いであり、一般市民を巻き込まないようにしていたからであり、インレ自身が彼らの想定を上回る戦闘能力を持っていたからではない。

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