インレ
「しゃぁ、らぁ!!!」
くせー、と言う前に吹き飛ばされた仲間には目もくれず、なのはなさんは構えた剣を勢いよく目の前の獣の前腕部目掛けて振り下ろした。剣聖すら超越する刀鬼の斬撃はウサギ頭の化け物を盛大に悶絶させ、その進行を数メートル後退させた。
直後、振り下ろされた脚撃を軽々といなし、技巧を乗せた斬撃が再び化け物の、インレの足に振り下ろされた。何度となく続く攻防、目が慣れてきたおかげでいなすのは容易く、躱すのはなお容易くなったが、物理攻撃に対してインレはすこぶる打たれ強く、厄介なまでに硬質な甲殻はほとんどの斬撃を通さなかった。
かろうじて、なのはなさんの斬撃のみがその甲殻を傷つけたが、それもすぐに再生しインレの生命力が削れている印象はない。唯一、インレに対して明確なダメージを叩き出しているのはなのはなさんの後方から援護射撃を繰り返す「おるてぃ」ら魔法職の魔法だけだった。
「攻撃自体はトロい。がぁ、それを補って余りある回復力と防御力が厄介だぁ」
「全くだネ。私の魔法も効いてはいるが致命打にはならないカ」
なのはなさんとおるてぃ、二人の幹部級の参戦、中核メンバーを投入してもなおインレ一体を足止めするだけで精一杯だ。これほどの強敵が「フィールドランク」など二人にしても悪い冗談のように思えた。
なのはなさん達が駆けつけた時、すでにインレは市街を練り歩き、目に留まった人々を片っ端から掴んでは喰らい、掴んでは喰らいを繰り返していた。現在の戦場に一般市民は一人もいないが、そのほとんどはインレに喰われたからで、なのはなさんらが救出できたのはほんの一握りに過ぎない。
無力さを歯痒く思いつつ、生じた怒りをインレにぶつけ続けてすでに10分、足止めはかろうじて成功しているが、もとより寄せ集めということもあって、組織立って動けるわけもない。前衛はすでに八割、後衛の魔法職や回復職も度重なる酷使のせいで魔力が半分を切っていた。
通常「SoleiU Project」内で大型ボスモンスターを討伐する際はタイムアタックでもしていない限り、シフトルーチンというものを組んで戦う。レイドであれば36名なので、きっちり二等分した上で一方が攻撃に専念している間、もう一方が回復に努めるといった具合で攻撃と回復の両立をさせる。
このシフト制攻撃パターンの肝は長期戦に備えることと敵に休ませる機会を与えないように立ち回ることだ。前者は攻撃役がモンスターを攻め続ける傍ら、周辺を警戒し、また行動パターンが変わらないかを見張り弱点を発見するためでもあり、後者は体力回復系スキルを有する相手にその隙を与えないようにするためだ。
しかし今のなのはなさん達にはそんなことをしている余裕はなかった。「フィールドランク」のモンスターと侮ったことが余裕を削ぎ落としたのだ。有り体に言えば油断による苦境、つまりは自己責任である。
「いっそ、ここが市街でなけりゃオレの『寸暇』でぶった斬れるだろうが」
「それならボクだってもうちょっと火球の威力を上げたいゼ。って。前!前!」
「ぁあ?っ、やばっ!」
振り向いたと同時になのはなさんとおるてぃの視界いっぱいにまばゆい光が迫っていた。ちぃ、と舌打ち混じりにおるてぃが防御障壁を展開する。だがそれでもこの場の全員を吹き飛ばすのには余りある威力をインレが放った光線は秘めていた。
吹き飛ばされていく何人かの「七咎雑技団」のメンバーは地面に激突して一切動かなくなり、うんともすんとも言わなくなった。それは彼らが死んだことを意味していた。ものの10分もすればその体は霧散し、塵になる。人のように体が腐るわけでも、吸血鬼のように死んですぐに灰になるわけでもない。この世界でただ唯一、プレイヤーのみがこういったイレギュラーな死に方をする。
倒れていった仲間の遺骸をすみにどかし、なのはなさん達が立ち上がった時、インレは喫煙者が排煙するように黒煙を口からおくびをこぼしながら吐き出した。
「ったく、やってくれる」
「そうだ、ネ。ただ幸い、防御魔法のおかげで範囲攻撃には対処できたカ」
通常、ボスモンスターの広範囲攻撃はなにがなんでも回避しなくてはいけない動作の一つだ。攻撃範囲が広いということはそれだけダメージを受ける人数が多いことを示している。魔力量に限りがある回復役の負担を減らすためにも、戦闘開始と同時に防御魔法を多重に攻め手に掛けるのは定石だ。
しかし、と周りを見ながらなのはなさんは舌打ちをこぼした。確認できる限り、残っているメンバーは全体の七割弱にまで減っている。その多くがメインアタッカーの面々だ。まともなダメージを叩き出せる相手、敵モンスターの注意を買う相手がいない状態での攻略など、赤本なしで挑む大学受験に等しい。あるいは過去問がない共通テストか。
状況としては決してよろしくない。味方の減耗、未知なる敵、街への被害防止など考えなくてはいけないことは多い。それでも決して攻略の糸口がないわけではなかった。
「気づいたか?あの野郎、動かなくなったぞ」
ちらりと視線をはぁはぁと息切れを起こしているインレに向けながら、なのはなさんは埃を払っているおるてぃに話しかけた。確かに、とインレを見上げながらおるてぃも返す。
いわゆるメインアタッカーであるなのはなさんと、メイン魔法攻撃職であるおるてぃがこうして呑気に話していられるのは先の光線攻撃以降、インレが全く動かなくなったからだ。
鑑定系のスキルを常時展開している面々はすでにその理由がわかっていた。インレが光線を放つ直前、急激に体内から魔力が沸き上がり、それは光線を放ったと同時に一瞬で立ち消えた。つまり、ガス欠であった。そのことを告げられ、なるほどナ、とおるてぃは顎を撫でた。
「いわゆる『隙』か」
「そうだロう。だが、あまりに大きい『隙』ダ」
通常、大型モンスターが大技を使った後に生じる「隙」はせいぜい20秒、長くて40秒程度だ。いわゆるボーナスタイム、しかし「隙」から回復した直後は力が増し、各種ステータス値がアップする。「隙」の時間が長いほどにステータスの上昇幅は大きくなる傾向にあるが、目の前のインレの「隙」はすでに二分以上続いている。畳み掛けられるプレイヤー側の大技の応酬によってさっきまではほとんど減っていなかったインレの生命力はすでに半分まで削られていた。
「あと2分も攻撃を続ければ落ちるナ。というか、これはなんなんだイ?突然街に現れたガ」
「知らん。未知のモンスターということだけはわかっているがな。全く、キルギアじゃあるまいし、この表大陸でまだこんな化け物に会えるとは思っても見なかったぞ」
「だネ。まったく。本当に」
何が起こっているんだ、と二人の絶対強者は心の中で訝しみ、虚空を睨んだ。
*
キャラクター紹介
・おるてぃ)レベル150。種族、ヴェヌイン。趣味、シドの観察。好きなもの、シド、争い。嫌いなもの、特になし。「七咎雑技団」の創設メンバー。元「LVN」。常に仮面を被った怪しい風体の男。七咎雑技団内でも屈指の魔法使いであり、多種多様な魔法に精通している。魔法使いとしての実力はシド以上、ゥアーレスと同等。
シドのファンを自称し、彼の行動を見つめ続けることを至上としている。彼の部屋にはシドの写真や行動日誌がある。いくつかのビデオファイルも持っている。
本編時点ではすでに死亡している。




