アウトガーデン
そっと扉を開け、すかさずシドは「探知魔法」を飛ばした。極めて隠密性が高く、滅多なことでは気づかれないシドの自慢の魔法だ。
発動と同時にシドの脳内に周囲の情景がふわりと浮き上がった。範囲としては半径300メートル、それほど広い空間ではないのか、浮かび上がった建物内の構造の内、半分は黒く覆われている。構造自体もそれほど複雑ではない。
Noteの言う通り、確かにここは地下だ。しかしその範囲はひどく限定されていて、何層にもわたって空間が広がっていると思っていたシドは軽い肩透かしを食らった。
内部の人間もそれほど多いわけではない。数にして14、5人。レベルまではさすがにわからないが、ビーコンに反応しないところを見ると、レベル140以上の魔法使いはいない。もし生粋の魔法使いがいれば今頃は脳内に映っている全ての人間がこの狭い一室めがけて押し寄せているはずだ。
そんな妄想に浸りながら、ふとシドは首を傾げた。シド達が今いる狭い倉庫のような部屋から十数メートル離れた場所に一人、また一人と全く動かない人間が何人もいた。数にして五人、どういうわけか反応が微弱だ。
シドが飛ばしたビーコンの反応が微弱ということは対象の人物がひどく衰弱しているということだ。基本的に彼の魔法は死者をカウントしない。となると、と口元を手で覆い無言のまま虚空を見つめた。動かない反応が誰なのかなど考えるまでもない。それはきっと攫われたという児童達だ。だから疑問はその点ではない。
「——なんでここにいる?てか、そいつらを連れて逃げなくちゃいけないかんじ?」
はっきり言えば後者は難しい。Note一人でもこの場から連れ出すだけでも算段がついていない状態で追加で五人もまとめて救出するとなるとほぼ確実に不可能だ。101匹ワンちゃんとか本当にすごいよな、などと思考放棄をするくらいには無理難題だ。
そして前者、どうして誘拐されただろう児童達がこの場所にいるのか、シドには疑問だった。シドの把握している限り、彼らが今いる空間はリングベルトの地下にある。リングベルトはアゼシア王国の東側にある一地方都市に過ぎない。そんな場所にどうしてこれまで誘拐してきただろう児童達がいるのだろうか。
ここが拠点だから、では説明としては足りない。なにせこの場所は拠点と呼ぶにはあまりにも警備がお粗末だ。扉の外に見張りもいなければ、見回りをしている気配すら感じられない。シドの頭の中に浮かんでいるこの空間のマップに表示されているドットマークは大きな部屋に八人、狭い部屋に二人と動く気配を見せない。動かないというのは少し語弊があるかもしれない。後者はともかく、前者の八人は絶えず同じ部屋の中を歩き回っていた。だがそれだけで、彼らは決して部屋から出ようとはしなかった。
やはり妙だ。いくら強固な部屋に監禁しているとはいえ、あまりにも無防備がすぎる。かつて、シドが対決した人攫い達は最低一人は監禁部屋の前に見張りとして立っていた。
「可能性1、奴らはトーシロ」
しかしNoteをさらった手並みは見事だった。Noteという世界で一番うるさい人間がいつの間にか攫われていたのだから。それに今、自分達が閉じ込められている部屋を見ても相応の用意はあるように見える。見張りを置いていないからと言って素人扱いをするのは早計が過ぎた。
「可能性2、奴らは何かを企んでいる」
人攫い以上の何かが彼らにはある。そう考えれば、このちょっとだけ意味不明な状況にも一応の納得がいく。その場合、Noteを含めて監禁されている人間が何かをされている可能性が高い。
恐る恐る、シドは杖をNoteに当て、彼女にかけられているかもしれない魔法を探った。コーンという低い音がNoteの体内を駆け巡り、得た情報がシドへとフィードバックされていく。彼女の体に何もされていないことがはっきりとして、胸を撫で下ろすと同時にシドは不意に降って沸いた疑問を口にした。
「そういえば、Note」
「ん、なに?」
「Noteは地下に引き摺り込まれたって言ったよな?あれってどういうこと?」
「え?」
うーんと頭をひねり、Noteは考え込むような姿勢を取りながらポツリポツリと語り出す。
「確か、いきなり黒い手が足を掴んで、抵抗したり声を上げる間もなく、かな?掴まれてすぐに下を向いたら、あたしの影から手が出てきて……」
「なるほど、影系のスキルか」
影移動というスキルがある。影から影へと自在に移動するスキルで、暗殺者系のキャラクタービルドのプレイヤーが好んで選択する。Noteを襲った人間が使ったのはその一種だろう、とシドは推測する。いや、断定する。
それはシドにある確信を抱かせた。Noteの体になんの魔法やら呪いやらも掛けられていないことを確認し、シドは無造作に虚空からタリスマンを一つ取り出すと、室内に置かれている箱の中にそれを忍ばせた。
「じゃ、帰るか」
Noteの手首を掴み、シドは杖を振るう。本当はそんな動作をする必要はないが、気分的に魔法を発動させるつもりで彼が杖を振ったと同時に二人の姿はかき消え、次の瞬間には見慣れた茶室の中に現れていた。
「よし、成功」
「——じゃぁーねぇーでしょーがぁあああ!!!!!!」
直後、渾身の正拳突きがシドの顔面に打ち込まれた。もんどりうって壁に激突するシドがかろうじて目端で捉えたのは烈火の如く若葉色の髪毛を紅葉させたエスティーの姿だった。
「茶室に!土足で!入るなぁああああああ!!!!!」
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