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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
ありし日の日常
219/310

ウサギ部屋

 冷静になって考えよう、と猛り周りのものすべてを粉砕しようとして持ち上げた杖を下ろし、シドはまずNoteを見つめた。


 顔面を執拗に殴られたばかりか、腹や手足も蹴られ、いくつかは完全に折れていた。少しでも動かそうとすれば折れた骨が肺に刺さるかもしれないし、喀血を起こすかもしれない。呼吸は浅く、彼女の緩やかな胸の起伏が小さく揺れ動いていたので、幸いなことに生きてはいる。彼女の生存に安堵し、


 シドがこの場所に来るまで、つまりNoteを見失ってからエスティーとの雑談を介して転移スキルでここまで飛んでくるまでの時間を加味すると10分も経っていない。おそらくはガタガタと文句を垂れるNoteを暴力で黙らせてこの薄暗い、納屋だか倉庫だかわからないじめじめとした部屋に投げ込んだといったところだろう。


 手持ちの回復薬でNoteの傷を癒しながら、シドはキョロキョロと周りを見回した。先ほどは納屋と表現したが、それは誤りだ。正しくは物置部屋という言葉が相応しい。ただし中は非常に薄暗く、入り口の鉄扉の格子から漏れる小さなオレンジ色の蝋燭の光だけがうっすらと中を照らしていた。


 今は使われていない物置部屋なのか、中の物はだいぶほこりを被っていて、何がなんだかさっぱりわからない。毛布のようなものを触ってみたら、濡れていてなおかつほこりを被っているというダブル不快指数マックスパンチを喰らい、仕方なく魔法で毛布を乾燥させようとシドが杖に力を込めた時、途中まで発動しかけた魔法がなぜか弾けた。


 おや、と思い簡単な短文詠唱の魔法を使ってみるが、それもやはり途中までは上手く発動していくのだが、いざ魔法を放とうとすると風船が割れるように杖の先端で魔法が弾け、無に帰した。自分の杖の先端を小突き、壊れていないか確かめるが、どこにも異常は見当たらない。そも、魔法使いであるシドならば杖に問題があっても、杖なしで魔法が使えるのだから、杖の異常は全く問題にならない。問題があるとすればそれはシドか、もしくはこの薄暗い部屋だ。


 壁際にまで歩いていき、そのひんやりとした壁面に触れると、わずかにだが魔法の反応があった。試しに鑑定スキル「冥府眼」を使ってみると、やはり高度な結界魔法が張られていた。


 「SoleiU Project」というゲーム内で結界魔法は大別して三種類ある。一つ目は魔法使いが自分の身を守る防護結界、二つ目は、何かを守る時に使う守護結界、三つ目は相手を封じ込める封印結界だ。今、自分達を閉じ込めているのは三つ目だろうとシドは推測する。


 封印結界はその名の通り、特定の対象を封印することに特化した結界魔法だ。一度閉じ込められればそう簡単に出ることはできない。内側の攻撃に対してはめっぽう強く、代わりに外からの攻撃にはめっぽう弱い。強弱のバランスがハッキリとしている分、中に一度入ってしまうと、厄介極まりない。


 無論、そんな一度中に入ってしまえば負け確定の結界魔法が、なんの条件もなく使えるわけもない。多くの封印結界にあたる結界魔法は特定の対象以外を封印できないという性質がある。例えば(ワイバーン)を捕えることに特化した結界ではどれだけ頑張ってもそこらへんのゴブリン一匹捕えることができない。だから大抵の封印結界は捕える対象を大味に決めるのだ。


 しかし、この結界魔法の恐ろしい部分はそこではないな、とシドはこの部屋に飛んできて初めて冷や汗をかいた。結界の強度は術者の魔力量と封印対象の限定化によってより高まる。触れた限り、流れている魔力量はそれほど高いものではない。だが代わりに別の魔法が込められている。これもまた結界魔法だ。


 「魔封じの魔法か。種類は、なんだろう」


 魔法使いにとっておおよそ厄介なのは魔法が使えない状況に置かれることだ。その一つが魔力切れだが、今回のシドは魔力切れを起こしてはいない。にもかかわらず彼が魔法を使えないのはこの部屋全体を覆っている魔封魔法の影響によるものだ。


 魔封魔法はその名の通り、魔法を完全に発動できない状態にする。この魔法を掛けらればあらゆる魔法使いは無力な凡人と化す。


 「けれど、俺には、意味ないな」


 虚空から一振りの魔剣「死の鉄剣(グァサング)」を取り出し、シドは勢いよくそれを壁に向かって振るった。しかし剣は彼の予想に反して、パンと軽い音を立てて弾かれた。


 「まじ?」


 シドの抜き放った死の鉄剣は神話級、このゲーム中で最も強力な武器だ。そこにシドの剣士としての技量が加われば容易に壁など粉砕できる、そう思っていた。しかし結果はご覧の通り、強固な壁面はシドの剣を容易に弾き、彼を瞠目させた。


 ただの壁ではないことは明白だ。壁は一見すると古ぼけた煉瓦造りだが、その硬度はシドの予想を大きく上回る。本職が魔法使いのシドは強力な剣術系の技巧(アーツ)を使えない。そして「SoleiU Project」内のプレイヤーの間で「固い壁」という言葉はレベル100以上でないと破壊できないという隠語でもある。レベル90代の剣士であるシドではどれだけ頑張っても破壊は不可能だ。


 さてどうしたものか、とシドは顎を撫でた。


 魔法が使えない魔法使いに価値はない。この空間を壊して逃げるという手っ取り早い解決策が使えないのに魔法使いをやっていても仕方がない。しかしシドには転移スキルがある。倒れているNoteを抱えて逃げ出すことはそう苦ではない。つまり、逃げようと思えばいつでも逃げれる状況にあるわけだが、頑なにシドは転移をしようとはしなかった。


 その理由は彼と同種の転移スキルの使い手が相手方に、つまり誘拐犯の側にいた場合、まず間違いなくNoteに首輪が付いているからだ。転移というのは大雑把に分けて二種類に分けられる。一つはシドが使う対象を設定して行う特定転移、もう一つは目の届く範囲に限って行う自在転移だ。前者の場合、シドがそうであるように転移先に必ずマーキングした対象がある。有体に言えば「一度行った街に瞬間移動する魔法」である。


 どちらがより利便性に優れるかはケースバイケースであるため、一概には言えないが、今回のような誘拐犯の場合なら前者の方が有利だ。単純に逃げる、捕まえるという意味での話だが。


 シドが仮にNoteを連れて転移したとしても、それを感知して誘拐犯はすぐに転移して飛んでくる。もし仮に誘拐犯達の背後に大掛かりな組織、あるいは国家の影があったのなら厄介だ。戦争になれば負けることはないだろうが、外聞がとにかくまずい。プレイヤーという不死の存在を受け入れつつあるこの世界の人々からすれば、非が誘拐犯達の側にあろうとも一方的に弱者を蹂躙する強者など恐怖の対象でしかない。


 「だからとりま誘拐犯共ボコって屯所に突き出せばプレイヤーの功績ってことで万事回解決、なんだけど。ちょーっと目論見が外れちったなぁ」


 ないことだろうが仮に誘拐犯らの中に転移の使い手がいなかった場合、ただ彼らの巣から逃げただけでは、今シドとNoteが監禁されている場所がどこなのかもわからなくなる。さすがにリスクを冒してまで逃げる気にはなれなかった。


 思案に思案を重ね、うーうーと唸っていると不意に扉の向こう側から足音が聞こえてきた。やばい、と思いシドはとっさに物陰に隠れるが、その直後にNoteの状態のことを思い起こした。シドがこの場に現れた時、Noteはひどく傷ついていた。しかし今の彼女はシドが与えた回復薬のおかげで傷が回復している。気を失っているのは変わりないが、さっきまでズタボロだった少女がいつの間にか完治しているという状況は明らかに不自然だ。


 反射的に物陰から出ようとした矢先、扉が開き、部屋の中に色黒の男が入ってきた。バカンス先でよほどハッスルしたのか、小麦色を通り越して、ハンバーガーのバンのような色合いの肌をギラギラと蝋燭の火で輝かせながら、男はNoteを見下ろした。


 暗がりのせいで容姿はほとんどわからないが、片目に眼帯を付けていることだけはわかる。Noteを見つめるその男は最初、彼女の傷が治っていることに疑問を持った様子だったが、すぐに治癒能力だろうとこぼし、Noteが生きていることを確認すると再び、部屋から出ていった。


 「レベル130ちょいか。なんだ、あいつ」


 物陰から出たシドは格子越しに男の屈強な後ろ姿を見ながらポロリとこぼした。


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