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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
ありし日の日常
218/310

ウサギ狩り

 「マジかよ」


 マジかよ、しか言えなかった。本当の本当にちょっと目を離した隙にあのピンク頭の問題児が失踪するなど、予想だにしていなかった。


 急いでシドは地面に降り立ち、路地の中を走るが、右を見ても左を見ても前を見てもNoteのよく目立つピンク色の頭は見当たらない。あんな目立つ頭髪の人間を見間違えるわけもなく、周囲には金髪やら黒髪やらとありふれた髪色の雑多な人間ばかりが歩いていた。


 慌てて探査系の魔法を無詠唱で発動させるが、それにもNoteの反応は引っかからない。どういうことだ、と頭をひねらせつつ、ポケットから携帯を取り出し、シドはエスティーに連絡を入れた。数回のコールの後、彼女は電話に出て状況を知ると、ふむ、とだけ返した。


 「半径三キロにはNoteの反応はなかった。どうすればいい?」

 「私はAIの応答チャットシステムじゃないんだけど。でもそうだねー、確かに変だね。人攫いをするにしたってシド君のいる路地って人通りは結構ある方でしょ?」


 ああ、と周りを見回しながらシドは答える。ざっと周りを見た限り、通行人の誰も怯えていたり、動揺していたりという素振りは見せていない。普通、誰かが目の前で攫われれば動揺したり、その場に立ち尽くしたり、警吏なり呼ぶものだろうが、彼らはそもそも人攫いがあったとすら認知していない。


 元来、人間は他人に対して無関心であるという意見にはシドも同意するところだ。世界の裏側にいるボテ腹の娼婦の命が自分の友人の命と等価ではないように、風聞で聞くだけの人攫いや奴隷のことなどどうでもいいと思うのが人間だ。往々にして人間の薄情さというものは普段の生活の中ほど色濃く出るもので、自転車の下敷きになっている子供を助けようとする人間がどれだけいるのか、という話でもある。


 だけど同時に人間は自分達で考えていないほどに薄情であるとは思わない。流石に目の前で人攫いなんて明確な犯罪があれば通報するだろうし、動揺して確かな人だかりができるはずだ。それがないということはこの場の誰もNoteが攫われる瞬間を目撃していないことになる。


 「——そう言えば最近、アゼシアで失踪事件が起きてるって話だよね?」

 「なんだ、それ。初耳だ」


 「そりゃ、三日前までシド君達はアインスエフ大陸でどったんばったん大騒ぎしてたからね。まー、詳細は省くけど、なーんか神隠しみたく人が消えるんだって。特に子供を中心にして」


 まじかよ、とシドはこぼした。そんなことが起こっているだなんて初耳だ。


 「新聞くらい読んでよ。まー、とにかく。親がちょっと目を離した瞬間に子供が消えてるって話だから、ひょっとしたら転移系のスキルの持ち主かもね」


 だとしたら厄介だな、と携帯から耳を遠ざけ、シドは天を仰ぐ。転移スキルや転移魔法は「SoleiU Project」内では珍しい。その理由の一つが、「世界の断絶」という設定のせいだ。曰く、かつて起きた凶悪な大戦の結果、時空が捩れ、連続していない空間同士を繋げることができなくなったのだとか。今では転移の技術は一部の人間しか使えないし、使えたとしても距離は限定される。


 シドもまた「ワイルドウィンド」という転移スキルを有している。彼のスキルはあらかじめマーキングしておいたユニットの近くに転移できるというもので、マーキングできるユニット数に制限はない。転移の対象は彼と彼が触れているもののみで、大人数の移動には向いていない。


 平時なら誘拐犯を相手にするなら、その場に転移し賊を蹴散らして終わりだが、相手が転移使いとなると厄介だ。早い話が転移、転移、転移を繰り返す不毛な転移合戦になる。あるいは誘拐した児童を放り出して、彼らだけ逃げてしまう可能性もある。どちらも不毛だし、徒労だ。


 「魔法なら魔力(MP)切れでこっちに分があるけど、スキルならぶっちゃけわからん」


 転移魔法は魔法という性質上、魔力切れで使えなくなるリスクがあるが、スキルは魔力を消費しない。その代わりにスキルには回数制限がある。例えばシドの「ワイルドウィンド」は一日に二十回が限界だ。距離の制限がないのにこの回数は破格と言える。逆を言えば距離の制限ありきの転移スキルならば、回数無制限のものもザラにある。今、携帯の向こう側でシドと喋っているエスティーなどが最たる例だ。彼女は短距離転移の使い手で、目の届く範囲ならいつでもどこにでも現れることができる。


 もしNoteをさらった人間がその手のスキルの使い手ならシドにはどうすることもできない。そも、珍しい転移スキルの使い手に対策をしているプレイヤーの方が少ないのだが。


 「というか、こんな呑気に話していていいわけ?早く探せば?」


 「それもそうだな。じゃぁ、行くか」


 杖をくるりと回すとシドの姿がかき消えた。途端にシドとエスティーを繋ぐ通話が切れ、ツーツーという電子音が彼の耳に届く頃、シドはどういうわけかジメジメとした一室の中にいた。


 周りを見回してみてまず目に入ってきたのは顔面を直視できないくらいになるまで殴られた桃色の毛玉の姿だった。

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