エピローグ、あるいはネクストプロローグ
アインスフォール界国。
アインスエフ大陸中心部に位置するその国は大陸最大にして、最強の国家である。首都は崩都ルグブルズ、都市それ自体はかつての西の王者が建てた意匠とそっくりで、中心部に滅びの塔とよばれるシンボルマーク的な大型建造物があり、周囲一円九方をそれよりは小さいが周りの建物よいははるかに巨大な塔が等間隔で並んでいた。
都市を象徴する滅びの塔は西の王者の意匠と同時に上古の時代のエルフの御技による造形も見られ、チェスのキングのようにも見える。塔の頂上は五又に別れ、それぞれの頂点からは怪しげな光を発し、それは天に向かって角度を決めて集められ、巨大な雲のうねりを崩都の上空に形成していた。
九方それぞれの頂上部の造形は個別に違うが、それ以外の造形はあまり変わらない。それぞれの塔は婉曲した連絡橋でつながっており、中央の滅びの塔の周りを文字通り、円で囲っていた。
空には日輪の代わりに黒い太陽が常に煌々と輝き、それは紫色にも桃色にも見える怪しげな光を放ち、崩都を照らす。黒ずんでいる崩都はそのせいか、常にメラメラと燃える邪悪な炎で包まれているように見える。
市内にはオークやゴブリン、オーガ、トロルといった闇の種族が跋扈していて、彼らは常に瑣末なことで争いあい、喧騒が耐えることはない。亜人種だけではなく、ウールス・サンのような人間種も多く都市内におり、彼らもオークらに混ざって賭け事に興じ、血の讃歌を歌った。気が立ち、昂揚が頂点に達した闇の種族達は口々に叫ぶ、指輪王の再誕を、世界の根絶を、暗黒の時代の再来を。
——塔内、雄叫びをあげ、指輪王を礼賛する闇の種族らを他所にその人物は扉に背を向け、ひたすらに槌を握り、鉄を打っていた。カンカンという音が鳴り響き、男が一打ちするごとに白く燃えた鉄は虹色の火花を発した。槌を握るのはやせ細った手だ。力もそれほど強く込めているようには見えない。しかしどうしてだろうか。その人物の一打ちには底知れない妄執や執念が感じられ、鳴り響く一打の響音がどっしりと胸に訴えかけていた。
ゴォーゴォーという炉の熱を肌で感じ、その人物は熱された鉄を水の中へと放り込んだ。シューという音と共に煙が立ち上り、壺の中の水がものすごい勢いで蒸発していく。取り出された鉄の板を眺めながら、その人物はない目を細め、ぉお、と感嘆の声を上げた。久方ぶりにいいものができた、と満足げに頷きながら、自分の腕前に自己陶酔していると、背後の扉が音もなく開き、全身を甲冑で覆った騎士風の人物が入ってきた。
その人物は直前まで鉄の板を打っていた男の前に平伏すると、非常に聞こえずらい、くぐもった声で用意ができました、と言った。
その報告に目のない人物は、ああ、と悲嘆にくれた。たった160年、たった160年だ。たった160年の休暇だ。自らの趣味に没頭することができたのはたった160年!大して長くもなければ、満足のいく結果が得られるほど貴重な時間でもなかった160年よ。
頭の中で160年とは何日だ、と自問し、その人物はすぐさま58,400日だ、と結論を出す。少ない、少ない。ならばそれは何時間だと考え始め、1,401,600時間だ、と即答する。やはり少ない。少ない。なら分だ。分で考えよう。そうすればもっと長くなるはずだ。84,096,000分、短い、短いすぎる。ならば秒、秒だ。5,045,760,000秒だ。
ああ、そう。50億!いい数字だ。10億を超えると途端に数が増えたように感じる。1千万や1億なんてありふれた数字だ。なんの面白味もない。やはり10億、10億はいい。いい数字だ。
「5,045,760,000人だ」
「はい」
「5,045,760,000人殺せ。私の趣味を冒涜したのだ。それくらいは殺さなくては収まらん」
「陛下、それほどの数の人間がこの世界にいましょうや」
「人間で足りなければ動物どもで補え、エルフども、ドワーフども、我らに与せぬ愚かなやつらで補え、私の趣味を邪魔して、理解せぬ輩、ことごとくを滅ぼせ!!」
狂人の沙汰、しかして騎士風の人物はその発言に反抗するつもりはない。むしろ喜んでその剣を血で汚すだろう。
指輪王アウレンディル、この世界のすべての指輪を支配せし王にして、邪悪の根源たる王よ。その邪眼は遥か天空に浮かび、黒い太陽となって崩都を睨み、そして東方、西方、北方、南方を睨んだ。
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『SoLeiU Project』第一部、「Imperial Project」完
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今回で第三章はおしまいです。完走、お疲れ様でした。
次回の第四章は本編時間から大きく遡り、160年前の出来事についての話になる予定です。全部で100話以上ありましたが、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。




