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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
213/310

大戦終局・余剰戦闘

 そう、彼は自己紹介をした。最悪のタイミングで空気を読まず、我こそは神である、控えおろうという傲岸不遜な調子で。さながら他人のテリトリーに無遠慮に押し入ってくる光属性の貴公子のような快活な笑顔を浮かべ、緊迫した空気を台無しにして見せた。


 気まずい空気の中、まず動いたのはリーチャーだった。うぉおお、と絶叫し、渾身の憎悪の感情をゲーテに向ける。それはアレクサンダーに向けたものよりもなおも深い深い憎悪、あるいは嫌厭の感情、まるでこの世界に生まれ落ちた時から向けられていた汚濁のごとき瞳の持ち主を見つけたかのような、怨嗟の渦中にリーチャーはいた。


 向けられた憎悪に対してゲーテは笑顔を返す。無邪気な童のような笑顔、そこに他意はなく、悪意を飲み込む善性の輝きが見てとれた。一切の警戒もしていなければ敵意もなく、彼が鎌を取り出したのも純粋に自己紹介のためのわかりやすい品、シンボルマークとして取り出したにすぎないことは目に見えて明らかだ。それほどに状況を楽観視し、また大したことのないものと見ているゲーテの態度がリーチャーには我慢ならず、さらに彼は吠えた。


 「——ゲーテ殿、睨み合いはそこまでに。そろそろ話をさせてもらいたいな」


 壊れた扉の外から新たな人影が現れた。その人物は初老の老人で、状況をつぶさに見ながら彼は目を細め、ゲーテの隣に立った。ジドー・ド・エーデンワース、帝国内でも随一の老練な貴族はただいるだけで独特の雰囲気を漂わせ、ゲーテ以外の室内の人間を萎縮させた。無論、リーチャーもだ。


 ジドーはじろりとリーチャーを睨み、次いでアレクサンダーへ視線を移した。対峙する二人を見て、そしてアレクサンダーの勝ち誇ったような表情を見て、全てを察したかのように彼は嘆息した。そして心底馬鹿馬鹿しいといった様子でアレクサンダーを睨みつけた。


 「リシリュー侯爵、私は貴方のことをどうやら誤解していたようだ。どのような形であれ、貴方は帝国のために身を粉にする愛国の徒だと思っていた。だが違ったようだ。貴方は帝室の存続を願う徒であって、帝国の存続を願う徒ではなかった。だからこのような醜悪な化け物にも頼る。汚辱の極みだな」


 「建国神話を読んだものであれば誰もが帝室の存続を求めるものでしょう?あれほど雄大で、壮大な神話、帝国による闇の軍勢の討伐、初代皇帝の偉業の数々を知れば誰もがその血統を信仰するのは必定では?」


 「信仰と盲信は異なる。闇の種族が指輪王の強さに惹かれるのとなんら変わらない、愚者の所業だ」


 冷たく自分を突き放すジドーに対してアレクサンダーは哀れみの目を向けた。その意図するところがジドーにはなんなのかわかってはいたが、敢えて言語化せず彼は失望から目を伏せた。


 「さて、それはそうと、貴様。そう貴様だ、化け物」


 アレクサンダーへの興味を失ったジドーはリーチャーに向き直る。名指しで呼ばれ、きしみ声を上げるリーチャーに臆さず、ジドーは彼に問いを投げかけた。


 「貴様、シャンデラ・ド・ブローニュか?」


 「「「「だから、どうした」」」」


 「いや?よもや帝城にこれほど醜悪な魔物を飼っていたなど想像だにしていなかったからな。あの美しき伯爵がこうも悍ましいものに変わると知ってしまうと寝物語に読んだ御伽噺の数々も真実味が増すというものだな」


 自らの容姿を侮辱され、リーチャーがただ唸っているだけなわけもない。激昂し、その身を震わせ老伯爵を威嚇する。それでもリーチャーが飛び掛かろうとしないのはゲーテを警戒しているためだ。自分の知覚外から現れ、なおかつ憎悪の対象でもあるゲーテが恐ろしくてたまらないのだ。


 「貴様がブローニュ伯であるならば、なんの目的でこの国になど聞く必要もないな。いや、この場に貴様のような怪物がいる時点で我が国を乱そうとしているのは明白か。余計なことをしてくれる」


 「「「「虎の威を借る狐、という極東の諺を知っているか?貴様の魂はよほど卑屈で卑劣な者のそれだ」」」」


 「は、そうか?邪悪な、すがるだけの怪物に何を言われてもそよ風としか感じないな」


 そよ風程度にはムカついてるのね、といらない茶々を入れるゲーテを殴って黙らせ、ジドーは敢えて一歩前に踏み出した。その挑発とも万有とも取れる行動に相対しているリーチャーはもとより、アレクサンダーとゲーテも驚いて、目を丸くした。


 だがやはり最も驚き、同時に苛立ちを覚えたのはリーチャーだ。きしみ、悲鳴にも似た音を発し、ガチガチと無数に生成された歯を悔しさのあまり鳴らす。


 「——帝国の今後を預かるものとして、一つ言っておこう。貴様ら悪徒の好きにはさせんぞ。ゲーテ殿、これの処理を任せてもよいか?」


 「いいんですか?色々と情報を引き出せるとは思いますが」

 「これ以上私の耳を汚してくれるな、ゲーテ殿。貴方の声はこの場の、いやこの城のどの者よりも高貴だが、対極にこのものの声はどの者よりも汚らしく、邪悪だ。情報であればそこの裏切り者が答えるであろうよ」


 それもそうですな、とゲーテは肩に担いでいた鎌を降ろし、リーチャーに向き直った。自分の死を覚悟したリーチャーは臨戦体勢を取るや否や、その鋭い爪をジドーへ向けた。アレクサンダーではなくジドーを狙ったのは今後の帝国を担うという言葉に危機感を抱いたからだろう。


 突き出された爪をゲーテは鎌を持つ腕、前腕だけを駆使して防御する。衝突によって爪が弾け、ギョッとするリーチャーは即座に実力差を理解し、踵を返して割れた窓に向かって飛び出した。


 「ちぃ、モンスターならモンスターらしく向かってこいよ」

 「ゲーテ殿、おそらく奴の狙いは皇帝陛下だ。この時間だと玉座の間におられる。至急、陛下のもとへ」


 「ご安心を。そうなると思い、事前に手は打ってあります」


 なんと、と声をあげるジドーへ目配せをして、一応の備えを残し、ゲーテ本人も玉座の間へと向かった。



 ジドーの危惧した通り、リーチャーは城壁を登り、玉座の間を目指していた。彼が帝国に侵入した目的はただ単にアレクサンダーと取引をするためだけではない。有事の際に帝城を早期に攻略することができるように彼の頭には城内の人間のスケジュール表が入っている。この時間に皇帝が玉座の間で執務をしていることは把握済みだ。


 壁面を素早く登り切り、窓枠をこじ開けて中に入ったリーチャーはすぐさまシャンデラの容姿へと変わった。まだゲーテがこの場にいないことを確認し、彼は普段と変わらぬ姿で玉座の間に通じる歩廊を歩き出した。そして玉座の間の前まで来た時、まるで彼を出迎えるかのように扉が突然開き、その中から一人の男が姿を現した。


 「ハインハマー総司令官、どうしたのですか」


 現れた男、帝国軍総司令官ビクトール・ハインハマーに常と同じ調子でシャンデラは話しかける。常のアレクサンダーと共にあるシャンデラと同じ口調、同じ語気で。


 対してビクトールは語気を荒げ、剣呑な様子で腰の剣を引き抜いた。腰の宝剣、緑の剣(ヴェルゼリスト)を。舌打ちをこぼし、シャンデラは、否リーチャーは右腕の形態を変化させ、ビクトールへ攻撃を仕掛けた。


 目を見開き、ビクトールはその攻撃を両断する。突き出された手の中指と薬指、その二点の間を切り裂いて。


 「つぅ。さすがは帝国総司令!なるほどただの隠居した老兵ではないか!」

 「ほざけよ、化け物」


 筋骨隆々、膨れた体躯、明らかなパワーファイターの印象に反してビクトールは機敏な動きでリーチャーの懐へ迫る。そして手に持ったヴェルゼリストを勢いよく振った。


 「ちぃ!!!」

 「疾ィ」


 瞬時に左手を形態変化させ、リーチャーはヴェルゼリストを防ぐ。先ほどの右手の突きが豆腐のように感じるほど頑強な左手の硬度にビクトールは眉間に皺を寄せた。溶岩地帯を思わせるゴツゴツとした肌を露出させ、リーチャーはヴェルゼリストを掴むとその細い体からは想像できない膂力を発揮してビクトールを窓へ叩きつけた。


 ビクトールの巨躯が当たり、窓ガラスにヒビが入り音が響く。まだ蝋燭の灯りが点いて久しい帝城の一角でそれだけの騒ぎを起こせばざわつくのは必定、駆けつけてくる衛兵の足音を聞きつけたリーチャーは即座にその体をシャンデラの容姿へ転化した。


 起き上がったビクトールのヴェルゼリストに血が付いていることを確認すると、彼は大声をあげた。それは高笑いに似た悲鳴だった。切り飛ばされた右腕から流した血を派手にぶち撒け、ビクトールに背を向けて玉座の間とは真反対の方向へ向かって走り出した。


 駆けつけてきた衛兵達にシャンデラは訴える、「ハインハマー総司令が乱心した」と。


 ビクトールからすれば寝耳に水、しかしシャンデラを切ったことは紛れも無い事実で、その証拠にヴェルゼリストの刀身にはべっとりと血が付いていた。シャンデラの訴えは衛兵達からすれば筋が通っていて疑いようがない。どれだけビクトールが衛兵を含めた軍属の人間に信用されていようとその事実は揺るがない。恐れながらも自分を拘束しようとする彼らを前にしてビクトールの決心がわずかに揺らいだ。


 彼は帝国の剣だ。その剣は帝国の敵にこそ向けるものであって、味方に向けるものではない。決して邪魔だとわかっていても帝国を傷つけるつもりのない人間に向けるものではない。


 「——揺れたな」

 「きさ」


 それは一瞬だった。斬撃が衛兵らを背後から襲う。攻撃の速度はビクトールには察知できる程度の速度だった。しかし遥かに彼より劣る衛兵には避けられない、いや察知できない攻撃だった。


 自分の前で胴体が叩き切られる衛兵を前にして、ビクトールはついに激昂し、その刀身から眩い燐光を放った。


 ——緑の剣、それは遥かな古代の出来事の産物だ。


 かつて、上古、神代のさらに昔の原初の時代、緑の龍がいた。いや、緑の龍など古惚けた名前にすぎない。同じ時代を生きた巨大な龍を指して、世界龍と呼んだように、彼もただ緑色の鱗を持っていたというだけにすぎない。すなわち、その緑の龍の真名はェア。はるかな原初の時代において空を支配した天空の主であり、創造神にその名を奪われた龍の名である。


 緑の剣は彼が死に絶えた時、その尾骨が変形し大地に還ったものだ。彼が残した残穢、上古以前の時代の存在を今に伝える破格の武装である。


 ——空がうねった。


 まるで空という広大無辺な物質ではない水面よりもさらに不定の存在がうねった。まるで空そのものが引っ張れば引き伸びる肌のように、剣へと引き寄せられる。空そのものが剣となった。それは雷雲の如きうねりを空から生み出し、剣となって大地に突き刺さった。


 「なんだ、これは!」


 「狭いな、ここでは」


 有無を言わさず、ビクトールはリーチャーの頭蓋を掴み、彼をヒビが入った窓へと叩きつけ、ガシャンとそれを割り、大地の彼方へ怪物の体を投げ飛ばした。


 起き上がったリーチャーの首を掴み、その体をビクトールはさらに空へと投げ飛ばす。抵抗などできない膂力、攻撃の間など置かず、間断なくビクトールの剣はリーチャーに振り下ろされた。


 空そのものが剣と言った。それは比喩でもなければ陳腐な絵画の類でもない。空そのもの、空という空間にいるだけで無数の刃がリーチャーを襲った。風ですらなく空間そのものがさながらブラックホールのようにねじれ、大質量で以て振り下ろされたのだ。


 さながら惑星そのもの質量がすべてのしかかっているかのような、すべての攻撃が絶死の一撃となって、リーチャーを襲った。彼が生きているのは無駄に再生する体の存在ゆえだ。それが呪いのように遠のく意識を活性化させ、執拗に迫るビクトールの恐怖が際限なくリーチャーに降りかかった。


 「く、くるなぁああああああああ!!!!!!!」


 顔面を掴まれ、リーチャーは地面に叩きつけられる。高さ数百メートルの土埃が上がり、上空から落下したビクトールは顔を上げたリーチャーの顔面に一撃を突き刺した。空そのものが落ちてくるようなものだ。防ぎようがない。絶望の中絶命するリーチャーの遺骸を前にして、ビクトールは嘆息した。久方ぶりに使ったヴェルゼリストの調子を確かめながら、その手入れをしていると、呑気な様子のゲーテが音もなく現れた。


 「ゲーテ殿。遅すぎやしませんか?」

 「帝城の中を彷徨い歩いてしまって。それよりもよく一人で倒しましたね」


 「強さ自体は大したことはなかった。再生力だけが売りの雑魚ですな」


 なるほど、とすでに物言わぬ骸と化したリーチャーを自分の鎌に吸わせながら、納得顔で頷いた。肉も残さないほど完全にリーチャーの遺骸を吸い取ったところでゲーテは振り返り、ご苦労様、とねぎらいを言葉をかけた。


キャラクター紹介


 ヴィクトール・ハインハマー)帝国正規軍総司令官。レベル136。種族、ハイ・エレ・アルカン。趣味、晩酌、喫煙、家庭菜園。好きなもの、家族、トマト。嫌いなもの、貴族。


 現アスカラ=オルト帝国最強の戦士。年齢119歳。スキンヘッド。義理堅く、皇室に忠実な戦士。ひ孫を溺愛している。目を強く張っていないとチワワのようなくりくりの可愛らしい瞳になってしまうのがコンプレックス。


 現在は一線を退いているが、今でも帝国最強の戦士の名声は衰えていない。剣技においては帝国において他者の追随を許さず、仮に彼がポリス・カリアスに派遣されていればヤシュニナ側の敗北は避けられなかったほど軍略と武力に優れている。


 ヴィクトールの持つ剣、緑の(ヴェルゼリストは四色古剣の一振り。残りの赤の剣、青の剣、黄の剣の内、赤の剣はリドルが、青の剣は「七翼」のレギオンマスター、ヴィーノが、残る黄の剣はとあるダンジョンの奥深くに眠っている。

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