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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
212/310

大戦終局・余剰収束

 「シャンデラか。どうした、こんな時間に。何か火急の要件でもあるのか?」

 「ええ、リシリュー宰相。実は火急的速やかに閣下にお伝えしなくてはならないことがございまして」


 シャンデラは笑みを浮かべたまま、アレクサンダーに近づいた。取り出しかけた宝剣を机の隅に置き、アレクサンダーはシャンデラの話を聞くために彼に来客用のソファに座ることを促した。しかしシャンデラは立ったままでいることを固辞し、身を乗り出した。


 シャンデラの芳しい芳雅がアレクサンダーの鼻腔をくすぐった。彼が付けている香水はアレクサンダーが叙爵の際に祝いの品として贈ったものだ。シャンデラがこの香水を付けてくる時は決まって、アレクサンダーの進退についての話題だと相場が決まっていた。


 「実は一部の貴族らの中に閣下を罷免する動きが見られます。その多くがヤシュニナとの戦争に反対していた貴族で、まとめ役となっているのはエーデンワース伯だそうです。議会の日和見の貴族らにも接触をしているようで、このままでは彼らが多数派になる未来は避けられません。加えて、此度のポリス・カリアス失陥の報はすでに帝城内の皆皆が知るところとなりましょう。閣下の派閥に属する貴族からも離反者が出るかもしれません」


 エーデンワース伯、もといジドー・ド・エーデンワース伯爵はアレクサンダーにとって長年の政敵の一人だった男だ。平時は議会に参加しても論議に参加することはしない寡黙な一匹狼を気取っている男だが、有事となれば誰よりも帝国のために尽くす男だとアレクサンダーは評価している。アンダウルウェル海域の戦いで敗戦した時もしつこく噛みついてきたのはいい思い出だ。


 その男が徒党を組み、自分を宰相職から下ろそうと画策している。なんとも気分のいいことではないか。こんな男を未だに敵と認めてくれる人間がいるだなんて。


 霞み声のような、何かを吐いた時のような笑い声が漏れた。それが喜びからくるものだと自覚した時、らしくもない恍惚とした笑みを浮かべた。


 「閣下、今すぐに対処いたしましょう。まだ間に合います。龍面髑髏(デア・ルーファス)を用いてエーデンワース伯を暗殺させれば」


 「シャンデラ、すまないが。それはできない。いや、そう。できないんだ。したくないではなく、できない」

 「それは、まさか」


 アレクサンダーの言葉の意味を理解したシャンデラは艶やかな笑みを消し、表情を強張らせた。目を大きく見開き、視線が右へ左へ行き交う。何を思考して何の計算をしているのか、混乱はシャンデラの頭から冷静さを失わせ、彼の瞳の色も次第に淡い光を帯び始めた。


 シャンデラは数少ないリオメイラによるヤシュニナ侵攻を知る人間の一人だ。龍面髑髏が使えない、というアレクサンダーの言葉を受け、彼もまたその失敗を察した。信じられない、という表情のシャンデラの肩に手を置き、アレクサンダーは冷えた声でそういうことだ、と告げた。


 「——では、このまま弾劾を受けると?」

 「我が国の帝室の存続のためだ。アスカラ=オルト帝国という国の名前を失ったとしても、私は皇帝陛下とその縁者の血筋を残さねばならない」


 「戦争は?和平の道を模索する、ということですね?」

 「そうだ。帝室を思えばそれが最善手だ。——なぁ、シャンデラ?」


 直立不動の体勢で窓の向こうを睨みつけるシャンデラの横を通り過ぎ、アレクサンダーは沈黙した。敵意を帯びた視線がシャンデラのうなじに突き刺さり、彼は振り向き屈辱から表情を歪ませた。美しく麗しい平時の彼の姿はなく、醜悪な肉塊のようでしかなかった。


 本性という意味ではそれが正解だった。その顔が彼にとって正解だった。自分の地位、名誉、尊厳を踏み躙った帝国の宰相に対してかつてない怒りがつのり、その化粧が剥がれ落ちた。


 どろどろとシャンデラの体が溶ける。シャンデラ・ド・ブローニュの人格が溶けて深淵に落ちていく。代わりに現れたのは醜悪で名状しがたい膨れ上がった肉の体と歪んだ人格を持った奇形の怪物、リーチャーの姿だった。


 「久方ぶりにその姿を見たな。相も変わらず醜悪なことだ」

 「だ、だまれ!!!」


 八目鰻の口腔から覗かせた昆虫の複眼とも、水面に写った日差しとも取れる器官を露出させ、シャンデラだったものは罵声を吐いた。身の丈3メートル、膨れ上がった体は巨大な人型へと転化し、朽ちた巨木、あるいは溶岩地帯の岩肌を思わせる独特な色艶の肌から無数の口を生やし、それは同じ言葉でアレクサンダーをなじった。


 「「「「裏切り者め」」」」「「「「契約違反だ」」」」「「「「ころしてやる!!」」」」、と。


 その罵声、あるいは罵倒、あるいは罵詈雑言の独唱をそよ風か何かのように受け流し、アレクサンダーは不適な笑みを浮かべた。


 「愚かだな。貴様ら化け物の都合通りに私が動く、など本気で思っているのか?」

 「「「「何を言っている!!!!貴様は我らの言う通り、帝国軍を弱体化させたではないか。何者も貴様をもはや信じぬだろうよ、裏切り者め」」」」


 「愚か極まるな。我が目的は初めから帝室の存続、永劫の存続よ。帝室の血が絶えんことを望む私にとって、裏切る、裏切らないなど意味のない議論だ。初めから貴様らとは目的が違うのだからな。何より、私は貴様らとの契約を反故になどしていない」


 なんだと、と幾重にも重なった声が室内に響き渡る。目は口ほどにものを言う、と言うがその通りで口腔の中にあるリーチャーの器官は小刻みに動き、不適な笑みを浮かべるアレクサンダーを睨みつけた。睨みつけたように見えた。


 「私が貴様らとした契約は端的に言えば帝室の存続と引き換えにヤシュニナへ戦争を仕掛けること、だ。そして私はすでに戦争を仕掛けた。これ以上戦えば帝室の存続が危うくなる瀬戸際まで。私からすれば貴様らの方が契約を反故にしたように見えるが?」


 「「「「詭弁を。貴様は己の失敗を正当化しようとしているに過ぎない!!!!疾く殺そう、疾く喰らってやろう」」」」


 うねるリーチャーは口腔を開き、アレクサンダーを丸呑みにしようとした。問答などしない、殺してやるという姿勢に対してアレクサンダーは身じろぎ一つしない。まして弁明すら。まるでここまでのこと全てが計算通りであるかのように。ただの人間に苔にされ、リーチャーは怒り狂い絶叫と共に身を乗り出した。


 「「「「死ねぇえええ!!!!!」」」」


 ズドン。


 しかし結果的にリーチャーはアレクサンダーを飲み込もうとはしなかった。突如として室内に響いた音が二人の意識を逸らし、現れた乱入者にその意識を向けさせた。破壊された左右の扉、ノックをするでも、自分からドアを開くでもなく、強引に蹴り破られた扉がアレクサンダーとリーチャー二人の間に開いた空間を通り過ぎ、窓から外へと飛んでいった。


 なんだなんだ、と二人はわけがわからず、乱入者を凝視した。その人物は山高帽を被り、黒い燕尾服を着た珍妙な出立の男だった。しかし何よりも目を引くのはその容姿だ。ギザギザの歯、おそらくは自ら削ったと思しき、白い牙だらけの歯をのぞかせ、アンコウのような薄気味悪い黄金の瞳が闇夜の中で光っていた。鼻は高く、顔のホリは薄い。肌は白州のように白いが、それは化粧によるものだということは見ただけでわかる。


 山高帽のつばを掴む白い手袋の口には無数の装飾品がチェーン状に繋がれており、巡り巡ってそれは彼が羽織っている真っ黒なポンチョの端々と繋がっていた。だから彼が少しでも動くだけでジャラジャラ、カンカンと耳ざわりの悪いひどい雑音が端々から発せられ、静寂の夜に相応しくない雑多な音色を奏で始めた。


 「やぁやぁ。諸兄。お取り込み中だったかしら?」


 混乱冷めやらぬ二人を無視して男はズカズカと室内に入ってきた。そしてどこからか、液状の鎌を取り出し、それを背中に担ぐと、自己紹介をした。


 「ゲーテです、よろしく!」

種族紹介(ライト版)


 リーチャー)指輪王アゥレンディルに造られた人工生命体。諜報型と暗殺型、ハイブリット型が存在し、今回登場したリーチャーはハイブリット型。リーチャーは高位の鑑定スキルすら欺ける高い擬態能力と、上級吸血鬼に匹敵する肉体再生能力、変形能力を有する。


 ハイブリット型は中でも群を抜いて高い擬態能力と再生能力、変形能力を有しており、今回登場したリーチャーはその最上位であり、レベルで換算すれば120以上である。なお、リーチャーは種族としての能力を三つの特殊能力に割り振っているため、それ以外のスキルはほとんどないか、持っていないことが多い。←スキルポイントを擬態、再生、変形に割り振っているため。


 プレイヤーの中にもリーチャーを選ぶ物好きはいたが、大成した人間は一人しかいなかった。キャラクターメイクの際に選べる種族の中でリーチャーはぶっちぎりの不人気種族だった。(プレイヤーが初期に選べるのは諜報型か暗殺型、ハイブリット型は初期選択不可)

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