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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
209/310

大戦佳境・終幕閉演

 国柱(イルフェン)の寝所、俗に御殿と呼ばれる場所はロデッカの中心部にある。


 周囲一円を故エダイン、あるいはロスト・エダインの系譜に属する古代建築様式による庭園の中、他のものとは明らかに造りからして違う白い大理石によって象られた宮殿が置かれていた。宮殿は三階建てで、門はない。出入り自由、誰でも歓迎と言わんばかりに風通しのいい玄関口だった。


 宮殿そのものには彫刻が飾られていたり、何かが彫られていたりということはない。装飾という装飾はなく、かと言って華やかさに欠けるというわけでもない。宮殿の外見が教会のようでもあり、いくつものステンドグラスが外から見てとれた。


 ——リオメイラ・エル・プロヴァンスが現れた時も扉は放たれたままだった。



 「どっせぇい!」


 ところ代わってヤシュニナ市街区では強者同士の戦いが終盤にさしかかっていた。龍面髑髏(デア・ルーファス)の十二高弟が序列一位、シヴェル・ボンズを抑え、凶気の刃令(イヌカ・キェーガ)ジルファは高揚のあまり、彼の持っていた幻想級の武具を思わず握り潰してしまった。そしてそれはシヴェルにとって彼の左手が握りつぶされたのと同義だった。


 シヴェルが付けていた幻想級の小手「(マスラオ)」は熱補完という特殊能力を有している武具だ。熱が失われたものに熱を与え、最大で一万度まで上昇させるという剣士泣かせの武具だった。右手に持つもう一つの幻想級武装、薪の剣(グエルング)との相性はすこぶる良く、豪炎を纏った彼の剣技は多くの剣士に土をつかせてきた。ただ武具の性能に驕らず、自己研鑽を積み重ねてきたからこそ、シヴェルは序列一位の座に長らく座っていると言ってもいい。


 その武具を最も容易く、まるで飴細工か何かのようにあっさりと自分の左手ごと破壊された時、何かがシヴェルの心の中で砕けた。あまりのことに痛みすら忘れ、まじまじと左手を見つめるシヴェルに何を思ったのか、申し訳なさそうにジルファは愛想笑いを浮かべて肩をすくめた。


 「あー、えっとごめんね?」

 「ぁあああああ。くっ。ふざけるなぁあああ!!!!」


 怒りのまま、悲しみのままにグエルングを逆袈裟斬りの形でシヴェルは振り上げる。その直線的な攻撃をジルファは容易く受け流し、強烈な蹴りを彼の折れた左腕に叩き込んだ。レベル100の肉体とはいえ痛みを感じないわけもない。苦痛で表情を歪ませ、反射的に距離を置こうとするシヴェルめがけてジルファは高速の突きを放った。技巧(アーツ)でもないのに鋭く、激しい三連撃、一撃目は弾けたシヴェルも続く二撃目、三撃目は対処できず、左右の肩から血を流し、瓦礫に仰向けになって倒れ伏した。


 立ちあがろうとする彼を見下ろす形でジルファは仁王立ちになり、なおも剣を取ろうとする彼の左手を今度こそ切り飛ばした。それで戦意を失うか、もしくは叫び声でもあげるかと思ったが、シヴェルはすぐさま空へ飛んだ左手をジルファめがけて蹴り飛ばし、それがジルファの近くまで迫ると「解」と叫んだ。直後、ボロクズのようになった左手が爆散し、ジルファは爆炎に包み込まれた。


 爆炎の中から現れたジルファはけほけほと咳き込みながらまじかよ、とこぼした。よもや自分の肉体を爆弾に変える魔法やスキルを使う人間がいるとは思ってもみなかったのだ。そんな奴は悪性レギオン(ノーマ)の連中くらいかと思っていた。


 「技巧:嵐塊転(リズリー)


 体勢が整わぬジルファめがけてシヴェルの技巧が飛ぶ。大きく剣を持って振りかぶったかと思えば彼の体は勢いよく縦に向かって回転し、さながらベイ駒か手裏剣のようにジルファに襲いかかった。おそらくはシヴェルの使う技巧の中でもっとも速さと攻撃力に秀でた技、真正面からそれを受け、珍しくジルファは冷や汗を垂らした。


 一撃は反射的な防御で回避したが、ぶつかってもまだシヴェルの回転は止まない。たまらず力任せにジルファはタイカップやベーブ・ルースのような腰の入った一打で彼を上空高く切り飛ばした。上空に飛ばされたシヴェルは回転を一旦やめ、再び大きく振りかぶったかと思えば縦方向に向かって回転を始めた。


 「ああ、なるほど、そういうことか」


 何を思ったのか、それを受け止めるような姿勢をジルファは取る。先ほどよりも数段速く、隕石のごとく落ちてくるシヴェルと真っ向から撃ち合う姿勢だ。そしてシヴェルの剣がジルファの剣と交錯するかと思った瞬間、その太刀は裏返り、ジルファの体そのものが流水のごとき動きを見せ、シヴェルは相手を見失った。いや、見失っただけではない。彼の体はそのまま地面に激突した。瓦礫を掘り起こし、さながらドリルのように地面に埋もれたシヴェルをジルファは上から覗き見る。


 「その技巧、直線にしか進めないんだろう。その代わり使用者が止めようと思わない限りは無限に威力が増すし、回転を続ける。だったら受け止めようとするフリしてかわしちまえばいい。幸い、落下速度が乗ってお前の脳みそは回ってなかったみたいだからなぁ、体と違って」


 埋もれたシヴェルは悔しさをにじませ、穴から出ようともがく。しかしどういうわけか、彼の体はどんどんと深く深く沈んでいった。その理由をシヴェルが探しているとはるか頭上の穴からジルファが楽しげに答えた。


 「お前ら、アーバイスト・アルゲージを使ってここまで来たんだろ?だったら、ここらにゃ空洞ができてるってことじゃねぇか。お前がでけぇ穴なんて作りゃ上の重量支えられねぇってんで、落ちていくよな?」


 それは地盤沈下の理屈と同じだった。大して地下の地盤が強くない、この港町で穴を不必要に多く掘ればどうなるか、そんなものは考えなくてもわかりきっていた。


 「おーい、お前ら。とりあえずこっから逃げるぞー!俺らまで巻き込まれちゃ敵わん。いーから、いーから。敵なんて脇目も振らず逃げちゃっていいからさー」


 遠くでジルファの声が聞こえる。そして抜け出せないまま数分後、大量の土砂がシヴェルの上にのしかかった。



 一方が終盤を迎えつつある、ということは別の場所でも戦いが終わりに近づいていることを示す。


 ただの剣撃が嵐を生む二人の剣豪の戦いも終盤にさしかかっていた。両者の戦いは屍山を築き、血河を垂れ流すばかりで、敵も味方もどちらにも牙を剥く。まさしく戦狼同士の殺し合いだった。


 「——はぁ!!はぁ、はぁ。ぬぅ。ここまでとは」


 一方は静かに、一方は荒々しく息を吐く。胡乱げな眼差しで汗だくの老人を見つめる寝坊助の刃令(ダナラー・キェーガ)なのはなさんはゆっくりと中腰で剣を構えると、常人には瞬きの間際のごとく感じる速度で突きを放った。対する龍面髑髏の現首領、ララ・プティオンは手にしている神話級の刀剣を用いてそれを受け止めた。腹の奥底まで伝わるほど鮮烈な一撃だ。まるで穴持たずのクマにでも殴られたかのような鳩尾を抉る衝撃にララは表情をこわばらせた。


 疲れを全く感じさせない熾烈な一撃、しかし先ほどまでと比べれば幾分か力が弱まっているようにも感じられる。矛盾した話のように聞こえるかもしれないが、事実として一撃一撃のキレが上がった分だけ、なのはなさんから余裕がなくなっているように思えた。


 彼の斬撃をララの剣はことごとく防いでいた。攻撃の速度、精度、なにより威力そのものは想像を絶するほどではない。しかし相手の体力は自分よりも数段上であることを自覚し、これ以上やっていては先に倒れるのは自分であることも理解していた。


 「技巧:奮撃(ブラスト)


 勝負に出ようとララは構えた剣、熾し剣カウフベットから藍色の輝きを放った。グリペルングに似たトップへヴィーの剣であるそれは、斬撃よりも打撃に秀でた剣だ。代々の龍面髑髏の首領に受け継がれる神器であり、その能力は打撃と同時に発生する溶岩生成効果である。


 力が解放されたカウフベットは藍色の輝きと同時に紅蓮のマグマを帯びていた。いかなる鉄をも溶解させ、混ざり合わせる。戦いの度、様々な刀剣の怨念を吸収するかのごとく、肥大化していくカウフベットはいつしか紅蓮の槌剣と呼ばれるまでに至った。


 無数の身体強化スキルによって上乗せされた剛力から放たれた斬撃はその一振りだけで豪嵐を巻き起こし、その斜線上のすべてをすりつぶし、大地は坩堝と化す。ララがカウフベットを振り下ろした瞬間は誰もがその予感を抱いだ。


 ——しかし蓋を開けてみればどうだろうか。起こったのは豪嵐だけだ。瓦礫をことごとく市街区へ振らすただの投石に過ぎない。


 なぜ、とララが自分の剣に目を向けると、彼はあることに気がついた。


 折れていた。剣が、カウフベットが、龍面髑髏の至宝がその辺のガラクタと同じように鮮やかな切り口で切断されていた。


 「なぁ、ばかなぁ!!!」


 ララは驚愕のあまり声を上げ、その老体に似つかわしくない怒号をあげた。なんで、どうして、わからない、と散々ぱら喚く彼を尻目に、戦場の空気を弛緩させる音、あくびの音が聞こえた。


 「あぁーぁああ。あー、ん?よく寝た。って、あれ?なんか肩がいてぇな。首も凝ってんぞ?んえーおいーっと」


 首をこきこきと鳴らしながら、なのはなさんはぼやく。寝ぼけ眼で驚嘆から立ち直れないララを見た時、彼は一言「誰だ、お前」とこぼした。


 「——なんなんだ、お前は!」


 それはこっちのセリフだよ、となのはなさんは返す。その時初めて彼は自分が抜剣していることに気がついたのか、なんでだ、とつい今しがたどこかへ放り投げた剣の鞘を探した。瓦礫の中から鞘を発見し、剣をしまったとき、ララは初めて今まで自分が鞘から剣を抜いていない状態、納刀状態の相手と戦っていたことに気がついた。


 打突や打撃、斬撃に頼らない攻撃をしていた理由はなんのことはない。鞘の状態では切れないから、どういう攻撃の仕方をしようとそうなってしまうだけの簡単な話だったのだ。斬撃なんて初めからなかったのだ。


 「ば、化け物」

 「んー?おい傷つくな。俺が化け物?俺が?この、俺が?」


 大層面白い冗句だな、となのはなさんは体をくねくねとわかめのように揺らしながら腹を抱えて笑みをこぼした。それが挑発に写ったララにとっては憤慨ものの嘲りだった。


 「死ねぇ!!!!!」

 「へいへいはいほー」


 神速の一閃が空を走る。折られた剣を鈍器代わりに振りかぶり、攻撃を仕掛けるララの懐に潜り込み、なのはなさんは抜剣と同時にその腕を霧に変えた。根本から断ち切るとか、手首を切るとかいう生やさしい処置ではなく、文字通りララの右腕を血霧に変えたのだ。


 その断面の鮮やかさたるや、そのまま保存液に付けて博物館か、研究所の標本として飾っておきたいほど綺麗なもので、切られたことに気がつかない肩部の骨や筋肉がまだ腕があった時と同じ動きを続けた。


 「リドルじゃあるまいに、俺に勝てる奴がこの世界にいるわけねーだろ。俺、最強よ?剣技に関しては」


 彼の口にしたリドルという名、王炎の(エヌム・オカロス・)軍令(ジェルガ)リドルでさえ、純粋な剣技ではなのはなさんに勝つことは叶わない。160年前の黄金時代でさえ、特殊な条件でもなければ彼に剣技で優った存在はいなかった。剣聖すら打ち負かす最強の剣士、それこそがかつてのなのはなさんの評価だった。そしてそれは今でも変わらない。


 スキルやレベルに頼らない、純粋な技術という点で彼は最強だ。最強を前にすれば誰もが敗北する。断頭され、意識が途切れる寸前、ララはその事実に気づき、涙を流した。



 各所の戦場の収拾がつき始めた頃、ロデッカの中心部では別の戦いが起ころうとしていた。


 片方はリオメイラが率いる二千の帝国兵、そしてもう片方は小柄な仮面の男とそれに連れそう形で現れた三角帽子を被った男の二人組だった。


キャラクター紹介


 テオス・インレ)ヤシュニナ氏令国近衛連隊連隊長。レベル150。種族、ファニー・バニー。趣味、鍛錬。好きなもの、なし。嫌いなもの、なし。


 ヤシュニナにおいてリドルを差し置いて最強とあだ名されるプレイヤー。ステータスの総合値ではプレイヤーの中で最も高い。とにかく無口で、寡黙。自分というものがなく、シドの命令に盲目的に従っている。第二形態がある。


 ハルジオン)ヤシュニナ氏令国近衛連隊副連隊長。レベル150。種族、アリウス・ハーシス。趣味、ワイン集め。好きなもの、ワイン、金。嫌いなもの、剣を使う奴全員。


 剣士アンチ。剣を使う人間全員を憎悪している究極の剣士アンチ。もちろん、テオス・インレのことも大嫌い。シドも嫌い。リドルも嫌い。涼しい顔をしている風に見えるが、内心でははらわたが煮えくりかえっている。もし、剣をなくします、と神様的な人が宣言したら、迷わずその足の指の間を舐める程度には剣士アンチ。

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