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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
200/310

大戦佳境・朱悦同期

 倉庫街に火が回っておおよそ八時間が経過した。朝方に始まったはずの戦いは正午を超えて、おやつ時に差し掛かろうとしていた。その頃になると、燃やすものがなくなったからか、徐々に炎の勢いにも翳りが見え始め、オレンジ色の景色は黒い炭だらけの景色へと変わり始めた。


 漂ってくるのは炭の焼けこげた匂い、その中に混じって肉が炭化した匂いも混ざっていた。あとは鉄を炙った匂いなどもあるかもしれない。


 階段を使って降りてみると、惨状はより克明に映る。燃え滓と化した瓦礫を払いのけて進んでいくと、そこかしこに炭化した焼死体が見えた。彼らは一様に装具を纏っていたことから、倉庫に潜み投石機を打っていた兵士達であることがわかる。炎から逃げ出そうとした矢先、崩れ落ちる屋根に押しつぶされたのか、体の半分も残っていない死体はザラにあった。


 派手に燃え広がった炎の影響で城へと続く通りにも崩れた倉庫の残骸があり、ヤシュニナ兵らはそれを取り除くのにさらに時間を費やした。彼らが完全に瓦礫を取り除くには二時間がかかった。幸いと言うべきか、燃えたのは倉庫街の一角だけで、可燃物を備蓄していなかった地区に被害はなかった。代わりにと言うわけではないが、いくつかの発見があった。


 一つは穀物が多数備蓄されていた倉庫区画の発見だ。食糧にはさして困っていないヤシュニナ軍だったが、敵方の食糧庫の発見は彼らにとって嬉しい限りだった。しかし、幸いは転じて不幸を招くように、ほとんどの倉庫はもぬけの空になっていて、麦の束がいくつか残されているくらいだった。第三防壁に魔の手が迫る前に引き払ったせいだろう、と現場を改めたトーカストは推測し、シオンも彼の意見に同調した。


 「では、私はこれで」


 一礼をして去っていくトーカストを見送りながらシオンは今日の戦果と各種報告について再度、目を通した。今日の戦いによる戦果は主に二、一つは第三防壁の突破だ。これは想像していたよりも小さな戦果だった。報告された限りにおいて、第三防壁を防衛していた帝国兵は一万に満たなかった。ポリス・カリアスに配備されている兵士の数は事前にシオンが聞いていた情報では十万規模であり、第三防壁に至るまでの戦いで失われた帝国軍の総数は一万と少しで、怪我人はその倍はいるものと考えられていた。


 上陸作戦を行っている連合軍と戦っている帝国兵の損耗率は如何ともし難いが、少なくとも市壁が取られた、という報告を斥候から受けていたとから、シオンは帝国の市内兵士の残数は七万強だろうと予想していた。つまり、まだ七万人以上の兵士を帝国は抱えていることになる。数の暴力だけでどうにかできる状況ではないだろうが、少なくとも兵数が多ければ切れる手札は増える。たとえ彼らにできることが籠城戦でしかなくてもだ。


 その点で言えば第二の戦果は彼にとって暁光だった。倉庫街を索敵していた兵士が市民達の避難先となっている家屋を発見したということだ。数にして十万人以上、間違いなくヤシュニナ軍と帝国軍の激戦によって惨憺たる状況となった市街区からの避難民だ。


 兵士であればいくらでも特攻兵として使い潰すつもりだったが、さすがにシオンも一般市民にまで手を出すほど外道ではない。中に間者が潜んでいるかもしれないことを考慮して、市外に移すことが軍議で決定された。人質としての価値は元より、いくらヤシュニナ軍でも十万規模の暴動があれば抑えることは簡単ではない。殺すことは容易いが今後の統治を考えればそれは悪手だ。倉庫街に残っていた食料を与えれば少なくとも飢餓による暴動は防ぐことができる。


 さて、とひとしきりいい報告を読み終えたところで、損耗について報告書にシオンは手を伸ばした。


 朝方の突撃により、ヤシュニナ軍にも相応の被害が出た。何よりも痛いのはイルカイ隷下の騎兵隊がほぼ壊滅状態となってしまった点だ。騎兵の内生き残ったのはわずか四百騎、その中にも騎馬の足が折れたり、騎手が怪我で動けないことが報告されている。連日の運用によって騎手、騎馬共に大いに疲弊している。数も当初の半分近くにまで激減した。状況としてはあまり芳しい結果ではない。火薬兵器や投石機といった攻城兵器の助けを借りてやりくりをしているが、それもここまでが限界だ。


 何か逆転の手でもあればなぁ、とシオンがおもむろに手を伸ばしたのはノックストーン商会から譲り渡された倉庫街の見取り図だ。どこにどの物品が収められているかを細かく記載した見取り図ではあるが、派手に鉄球を爆発させてしまった影響で倉庫街は笑ってしまうほど原型を留めていないせいで、もはや無用の長物と化した。


 結局、翌日の作戦はこれまでと変わらず、騎兵による城壁突破になった。ただ違うのはこれまで前衛を担当していたイルカイが第二陣に移され、第一陣をアルガが担当することになった点だ。アルガの副官であるエフィクトが精鋭騎兵隊の隊長でもあるので、彼らを起用するなら、この配置は妥当と言えた。


 第二陣に控えるイルカイは前日の傷がまだ癒えていないこともあってひどく痛々しい。かろうじて騎乗しているが、今にも倒れそうなほどの手傷だ。それでも彼が出陣すると言ってきかなかったので、第二陣という形で出陣が許された。お目付け役である副官のミルハも同道することでようやくシオンが首を縦に振った。当のミルハ本人は巨石が直撃する直前でイルカイに抱き抱えられたおかげで難を逃れたため、上官に比べれば大分ピンピンしていた。


 シオンは普段とは違う熱気を感じさせる彼らの背中を第三防壁から見守っていた。手勢のほとんどを城砦攻略に駆り出したせいで、彼の周りには千人足らずの兵しか残されていなかった。目眩しとして、自分の軍令旗をイルカイ軍に預けるというせこい真似をしてはみたが、どれだけの効果があるのかは見当もつかない。


 かくして、ヤシュニナ軍による城攻めはその日の午前10時から始まった。まず行われたのは例によって例のごとく城壁に対する投石だった。芸がないと思われるかもしれないが、有効なのだからこれが一番手っ取り早い。高さ15メートルに満たない城塞の壁目掛けて倉庫街のあちらこちらから無数の投石が行われる。昨日の日没まで、瓦礫の撤去に努めた成果と言える。弾となる瓦礫は崩れた防壁から山ほど取ってこられる。


 次々と投げつけられる巨石に負けじと帝国側も投石機を投入して反撃を試みた。互いに巨石を投げつけ合い、互いと軍と投石機が程よく崩れた頃、例のカタパルトを持ち出し、ヤシュニナ軍が攻撃を開始した。


 勢いよくカタパルトを用いて跳ねていくヤシュニナ騎兵に対して帝国は弓矢で応戦する。これまでとは違う苛烈な集中射撃を受け、落ちていく騎手、騎馬の数は十や二十では済まない。ヤシュニナの地上部隊も負けじと援護射撃を開始した。


 それは異様な光景とも言えた。盾を背負った騎兵が壁面目掛けて飛んでいく間では味方と敵の熾烈な射撃合戦が繰り広げられているのだ。味方に射たれるかも、という恐怖を噛み殺して爪を壁面に突き立てるのに時間はそう長くはかからなかった。


 「よし、第一、第二突撃隊が取り憑いたわよぉ!続けて第三、第四突撃隊前進!一気にやっちゃってぇ!」


 おねぇ口調だろうと命令は命令だ。何よりも親しんだ命令口調だ。赤衣の騎兵達はその声を聞いただけで恐怖を忘れて千撃の雨の中を駆け抜けた。


 「はっはぁあああ!!さいっこうねぇ、さいっこうねぇ!まるであの時を思い出すわぁ!そうでしょ、エフィクト!」


 「全くもって、全くもってその通りですな」


 高声を上げて頬を紅色に染めるアルガにエフィクトは同意する。アルガの言うあの時とは、彼が両腕を失った事件があった時だ。忌まわしき二十余年前の竜狩り(ドラグ・イェーガン)の惨劇、アルガと赤衣の騎兵が親睦を深めたあの事件、それは今、アルガ達が見上げている光景とよく似ていた。


 降り注ぐ矢の雨を越え、兵士達は獲物の喉元に食らいつく。壁上にたむろした帝国兵に混乱が生じると、弓兵の間をすり抜けて攻城部隊が梯子と盾を手にして前へ出た。数にして二千、大小の種族が入り混じり、剣林弾雨の中を掛けていく。騎兵を重用しているとはいえ、やはり城攻めを担うのは歩兵だ。壁上で囲まれれば騎兵は動きが制限され、大立ち回りができなくなってしまう。


 壁上に侵入されたことで、帝国兵らは危機感に目覚めたのか、彼らの攻撃が激しさを増した。彼らの攻撃はただアルガ達の目の前にある城壁から繰り出されているのではない。騎兵らが乗り込んだ第一層よりも上の第二、第三階層からも射撃は継続して行われていた。これは苦戦するな、とアルガは目を細め、イルカイ率いる第二陣を出撃させるようにエフィクトに命令した。頷き、後列へ向かって反転したエフィクトが背後を向いたその時、彼は市内の瓦礫の中を動く人影を確認した。


 直後、反転を告げる鏑矢がはるかな第三防壁から放たれた。

 毎日投稿一ヶ月、達成しました。


 ついでにこの話、200話目です。

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