エッサーラ平原の戦いⅤ
現れたその女を一言で表現するのならば白だ。白いアーマードレスに身を包み、白い剣を抜剣し、白銀の髪をたなびかせ、勇猛果敢に白い竜馬を駆って十軍とヤシュニナ軍の戦場へと突進してきた。
まさしく白い閃光、白銀の一閃。疾風怒濤の速度で駆けるシリア・イグリフィースは止められない。たとえそれがヤシュニナの軍令イルカイであっても。
「うぉおお!マジかよ!」
弾き返そうと大鉈を振るうイルカイだったが、シリアの白剣は体格差など関係ないとばかりに逆に彼の巨躯を跳ね返した。
「久しぶりに面白れぇじゃぁねぇか!」
鬼気迫る笑みを浮かべ、イルカイは連撃を繰り出す。スキルによって上乗せされた身体能力と膂力、そして類稀なる彼の戦闘能力から繰り出される連撃は音を置き去りにする。
「笑止」
「おい、ざけんなよ」
音速の連撃をこともなげに防御するシリアにイルカイの眉間の血管が浮き上がった。亜人の族長二人を瞬殺できる強さからイルカイの強さはこの戦場において異質だ。彼のレベルは109、煬人の中でレベル100を超えている人間は少数だ。
その彼を以てしてもシリアを崩すことはできない。彼女の剣速はイルカイとほぼ同等ながら動きが洗練され、無駄がなかった。言うなれば最小の動きですべての動作が完結していた。それが彼女の動きをさらに速く見せていた。
「おりゃぁ!」
「無駄なことを」
イルカイの兜割をシリアは的確に受け流す。完全にイルカイは遊ばれていた。彼の剛の剣とシリアの柔の剣は使い手の練度次第でいくらでも形成が逆転する。そしてこの場において練度が優っていたのはシリアだった。
いい加減に受けることに嫌気が差したのか、シリアが攻撃に入るとその差が如実に現れた。繰り出される美しさすら覚える斬撃のすべてをイルカイは防御しきれない。彼の大鉈の重さ、使用しているスキルの有無、武器の性能、それらが戦闘の趨勢に直結し、放たれた強撃を前にしてイルカイの体は馬ごと弾かれた。
「あーこりゃやべぇ」
嫌な汗がイルカイのこめかみを伝った。戦闘の勘の鋭さが彼女には勝てないと訴えていた。武器の性能もシリアの方が優秀だろう。イルカイの大鉈は幻想級というこの世界で二番目に高い等級の武器なのだが、その刃が刃こぼれを起こしていた。武器もそうだが体力の面でも劣勢だ。初手で飛ばしすぎたせいで、体が重い。なれない騎乗戦闘ということもある。
「軍令イルカイ。一旦退きましょう。我々が殿を」
「アホ抜かせ。俺が退くってことは大将の一人が逃げるってことだぞ?ただでさえ数がクッソ少ねぇのにんなことしたら士気に直結すんだろうが。俺の撤退はなしだ」
部下の進言を却下し、獰猛な笑みを浮かべたままイルカイはシリアに向き直る。退けない戦いは初めてではない。持ちうる技巧、スキルのすべてを使ってこの場を切り抜ける。強い心持ちでそう誓ったイルカイは竜馬の腹を蹴り、シリアへ突貫した。
「邪魔だ」
だが彼の刃が届くよりも速く、赤い影が両者の間に割って入り、無骨な鋼の大剣でシリアを斬りつけた。その大剣が「斬鉄剣アングリスト」であると気づいた時、イルカイはシリアに同情を禁じえなかった。
放たれた重撃を受け流そうとシリアが構えるが、そんなものをものともしない圧倒的な膂力が彼女を襲い、馬ごと吹き飛ばした。その余波は戦場の隅々まで伝わり、激しい風が巻き起こった。
「王炎の軍令リドル、一体どうして?」
「シドからの頼み事でな。敵の象徴で遊んでこい、だそうだ」
振り返った赤髪の美丈夫はそう言って再びアングリストを構えた。この世界に二つとない名工中の名工、かつて冥王バウグリアが頂く「鉄の王冠」に傷を入れた隻手のベレンによって用いられた神話級武器は太陽の光を浴び、銀色の刀身にこれから戦う敵の表情を映し出す。信じられない、といった様相の相手を前にして、リドルは表情を消し、竜馬の腹を蹴った。
突進してくるリドルの一撃がシリアの剣と交錯する。何度もオレンジ色の火花が散り、その度に疾風が戦場を駆け巡った。
両者が激突している最中、フーマンが戦場の兵士を再展開する。防御陣から攻撃陣へ移行し、大将を失ったゴブリン、オーガの二種族を重点的に叩いた。
「トロルは頼むよ、ケンスレイ」
そう言ってフーマンは自陣からトロルと戦う戦場へ視線を送った。他の二種族と違い、トロルは最小の個体でも三メートルを超える個体がいる巨躯の種族だ。平均身長が7メートルを超えるジャイアントには劣るが、戦場において体格差とはレベル差以上に如実に現れる。
唯一、三種族の中で「光盾」に傷を入れたと言えばその驚異度がわかるだろう。だからフーマンは自分の右腕とも呼ぶべきケンスレイをその戦場に配置していた。そして彼の戦闘力は軍令の武闘派集団と比べてもなんら遜色はない。
リドルとシリアが激しい戦闘を繰り広げる傍ら、騎兵一千を率いたケンスレイが無数のトロルの中を突っ切っていく。突然足に力が入らなくなり動揺するトロルを後列から追い上げてきた兵士が始末していくという実にシンプル、単純な図式だ。
ヤシュニナ兵の中にはトロル種もおり、彼らが抑えたところで周りのヤシュニナ兵が始末をつける、という光景もところどころで見られた。亜人軍以上の混沌とした軍、しかしその戦闘能力は数の差を帳消しにするくらいには圧倒的だった。急なヤシュニナ軍の反撃に足元をすくわれる形でトロルも徐々に押され始めた。
「将軍ケンスレイ、見えましたトロル軍の本陣です!」
元々トロルの数は少ない。せいぜいが五千といったところだ。彼らの数を埋める形でオーガが少数、右翼の戦場に入り込んでいた。しかし本陣ともなれば他種族を入れる余地はない。元より少ない護衛、レベルもせいぜい40かそこら。精兵で知られるヤシュニナ騎兵が突破することは容易く、なにより彼らの先頭には「結晶龍」ケンスレイがいた。
ロックイーターという鉱石を喰らって体の強度を強めていく種族がいる。ケンスレイはその上位種であるマウンテンイーターだ。鉱山中の鉱石を残らず食い尽くし、身体中から高純度の結晶が生えた半ばハリネズミのような外郭を持つ強力な亜人種であり、並大抵の攻撃では逆にダメージを負うのが関の山だ。
「全軍突撃ぃぃいいいいい!!!!」
二本の戦斧を構え、ケンスレイはひたすら前に前に進撃する。そして彼の接近に気づいた時、トロル族の族長ウーグは即座に愛用の棍棒を構え、部下よりも先んじて彼を叩き潰そうとした。振り下ろした棍棒がケンスレイに激突する瞬間、ウーグは口元に笑かべた。
「〈ドア・ズガイ〉」
ウーグはぼそりと魔法を行使する。
彼の持つ棍棒が眩い光を帯びた。紫色の薄い光。軍団技巧とも異なる異色の攻撃だ。
魔法と言っても短い短文詠唱。この世界の魔法がやたらめったら長い魔法語による詠唱を必要とすることを思えば、破格の短さだ。
短文詠唱による効果付与の効果は武器破壊。わかりやすく、棍棒に触れた相手の武器を破壊して、そのまま押し潰そうという脳みそまで筋肉でできているトロルらしいやり方だ。
だが次の瞬間、棍棒が根本から崩れ去った。ウーグ自身何が起きたのかわからない。どうして攻撃した側の自分の武器が壊れるのか。木製ならまだしても鉄製の棍棒がどうして、と彼の脳内でどうでもいいことが何度も討論された。
「死ね」
その最中、ケンスレイの二本の戦斧がウーグの首を断頭した。
✳︎
今回登場したキャラクターの大まかなレベル
フーマン:レベル33
ウーグ:レベル34
イルカイ:レベル109
シリア:レベル112
ケンスレイ:レベル138
リドル:レベル150




