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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
十軍の戦い
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SoleiU Project

 西暦2343年、人類の叡智はついに人体の量子化を成すまでに至った。これにより人類は最後の開拓地(ラスト・フロンティア)たる量子世界へ足を踏み入れた。数値化できない広大な空間を前にして、人類は有史以来の最盛期を実現した。


 量子世界、それは時間と空間という既存の人類を縛る二大要素から完全に人類を解き放った輝かしくも麗しいまさしく理想の世界だ。何をもってして、何を称して理想か。電脳空間、いわゆるバーチャル・ワールド、あるいはヴァーチャル・リアリティの世界と何が違うのか。この二つの疑問に答えるならば答えは自ずと二つにしぼられる。


 まずは後者についてが答えやすい。従来の処理能力の限界のせいでできることが限られていた電脳空間とは異なり、量子世界にはまず第一に処理能力の限界は理論上存在しない。ほぼ無制限に量子世界という最小にして最大の世界は際限なく拡張を続けられる。


 動植物、建造物、趣味・娯楽、何もかもが無尽蔵に生成され、無際限に意のままになる。コンピューターに代表される容量問題、あのアプリを消せばこのアプリが入れられる、コンピューターが発熱している、そんなありふれた問題はコンピューター、否電算機が発明された当初からあったものだ。しかし、その制約がなくなればどうだろうか。人類は現実以上の情報量に触れ、その肉体すら無限に拡張し続けることができる。


 すなわち、神。そう、人類は24世紀になり、ついに神となったホモ・デウスと呼ばれる境地に辿り着いた。有史以来の肉体のアップグレード、神の肉体とも呼ぶべきものを全ての人類が得られる時代に人類は到達したのだ。


 それこそが最初の「理想」に直結する。


 誰しもが思うだろう。自分の顔を美形にしたい。もう少し足が長くなればな。首が長ければな。もっと速く走れれば。もっと頭が良ければ。肌の色が白ければ。女だったならば。男だったならば。引っ込み思案な自分が許せない。目の色が青ければ。僕の親が僕の親でなければ。走れる体が欲しい。目が見えれば。音が聞こえれば。社会が私を認めてくれれば。声が綺麗になりたい。いつまでも小さいままでいたい。絵を描く才能が欲しい、と。


 個人の悩みからより全体の悩みに至るまで、すべてはすべて人類が生き続ける限り、付きまとう問題だ。生き死にに関わる熾烈な生存競争にある野生動物では決して生じることがない、極めてつまらない独善的、あるいは生死に関わり合いのない問題を人という生命体はかくも誇大に誇張して、まるで世界の歪みかのごとく語るプロフェッショナルである。


 かくも素晴らしく、停滞を迎え入れるに相応しい世界ではないか。人類が閉塞する土壌は21世紀前半に整っていて、それがこれからも連綿と麗しくも芳しい世界が続くと思われた。理想を理想のままに、つまらない価値観を押し付ける世界が続くと思われた中、人類は「理想」を「現実」にする機会を得て、それを実現した。


 ——量子世界に入る際、人は肉体を捨てる。人体の量子化、つまるところ物質の最小単位にまで分解し、量子世界で再構築する。量子に終焉はない。人の体は肉体の枷から解き放たれ、不老不死を手に入れたと言っても過言ではない。


 それは老いも苦痛もなく、まして病魔もない体だ。精神的な病とすら無縁の体だ。例えば性同一性障害、いわゆるGIDと言われる精神病すら肉体を女性にしてしまえば解決する。どんな人生、どんな生き方だって思うがまま、それを可能にする空間と自己を人類はついにミクロの探究の果てに獲得したのだ。


 これを神と呼ばずになんと言う?神という全能の存在でなくてなんと呼ぶ。


 無数の量子世界の中で人類は繁栄を謳歌した。全く非量子世界と同じ量子世界、現実をはるかに超越した化学が支配する量子世界、古代中国を彷彿とさせる量子世界、無限の銀河が広がるSF的な量子世界、そして幻想的なファンタジーの様相漂わせる量子世界。


 非量子世界と何一つない世界もあれば、超能力が存在する世界もある。ゲームの要素を盛り込んだ世界もあれば、超マニアックな趣味嗜好の世界も存在していた。地上のほぼすべての人類が肉体の量子化を行い、人類の生活圏は量子世界に集中した。


 まさに人類の誰も彼もが望む世界が実現していた。そう、実現していた。


 非量子世界の暦で西暦2344年、量子世界間の行き来が停止した。原因は不明。その影響は凄まじく、量子世界であるかないかを問わず、人類社会は崩壊した。またかつての最盛を得ようともがくが、それはできない。結局のところ人類は神などではなかったのだ。


 混乱は瞬く間に量子世界に波及した。隔絶した量子世界からは活気が失われ、残された人類はさまざまな手段で量子世界を生き抜こうと画策した。中には自分の置かれた状況を嘆き、自死を選択するものもいた。広大な量子世界にただ一人残された人間は必死に、必死に頑張った。


 それらの世界の一つに「SoleiU Project」と題された量子世界は存在している。二つの広大な大陸に無数の種族が住み、生活を営んでいるファンタジー要素とゲーム要素が強い世界だ。


 その一つ、ヤシュニナ氏令国にて、今ある騒動が起こっていた。


✳︎

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