大戦佳境・転道自由
「様子見?今日の苛烈な攻撃が様子見だと言うのですか?」
夜中、帝国軍の撃退に湧く兵士達の歓声が市街に轟く中、防衛本部を置くために徴発したとある商会の廃倉庫に集まった氏令達、高級将校達の間にどよめきが走る。しかし数人の氏令達は納得顔で鼻で笑った。主に古参の氏令達だ。
様子見だと公言した氏令、シドの言葉に反発して、杖の界令イーガルが彼に詰め寄った。今日だけで相当数の兵士が犠牲になった。苛烈極まる帝国軍の攻撃によって双子灯台は崩れ、帝国を湾に侵入させた。攻勢を受けた港に配置されていた兵士は多数が討たれ、そこに正規兵、非正規兵の区別はない。
帝国だって大勢死んだ。あまつさえ、敷設された機雷を突破するという多くの犠牲を払っても橋頭堡を得られなかった中、これは様子見だ、と言われて納得できなかった。
「根拠は二つ。一つは帝国軍の数、これは明らかに少なかった。『どらんぽりん港』を襲ってた割合ほど多かったが、全体で見ればまぁ、三万弱ってところですかね。で、二つ目が猟兵の存在ですね。プロヴァンス公爵夫人が指揮官なら、彼女麾下のあの部隊がどこかしらにいるはず。でも今日の戦いでは見ていない。以上の二つの理由から、様子見だと考えました」
「それは、帝国の軍の絶対数が少ないだけでは?先の帝国海軍は100隻を超える船に十万の大軍を乗せていたのでしょう?今回は30隻、船に乗る人間を減らしているだけでしょう?」
「そのことについてはすでに軍令シオンが確認済みです。あの大型船は無理をすれば船員とは別に二千人近い人数を収容できます。まぁ、かなりギリギリですが。そもそも、今見えている艦船がすべてだとどうして思えるのでしょうか。もしかしたら、さらに後詰めの部隊が水平線の彼方に潜んでいるかもしれません。明日の朝になって帝国軍の艦船が26から56に増えていても私は驚きませんよ」
帝国軍の艦船数はアンダウルウェル海域の戦いで投入されたのが約150隻と報告されている。その内無事に逃げ切ったのが三割程度と報告されていることから少なくとも50隻以上の艦船とそれを操れる人員が帝国には残っている計算になる。つくづく人口大国だな、とシドは呆れた。
「で、才氏シド、これからはどうする?今日のような一発芸は限度があるぞ」
「はい、軍令シュトレゼマン。今後の戦いは市街区を用いたゲリラ戦に入るかと」
「やはりそうなるか。となると市街の大通りなどはすべて封鎖する必要があるな。あとは、なんだ?」
「小路は、まぁ家の造りのかげでどうとでも対処できますから、そうですね。港湾部の支え木でも抜いておきますか」
どこから取り出したのか、シドの手の中には爆弾と思しき直方体の塊が握られていた。あろうことか野球ボールで繰るが如く、上に投げて遊んでいた。
ヤシュニナの港湾区は支え木がある部分と天然の部分がある。支え木がある部分とは人工的に造られた埠頭、天然の部分とはもともと埠頭として適していた地形を改造して造られた場所を指す。両者の割合は九:一と圧倒的に人工的に造られた埠頭がほとんどだ。そしてそれが敵側にわたった時のことを考えて全ての支え木には密かに爆弾が仕掛けられている。
アインスエフ大陸東岸部において最も火薬の扱いに精通しているのはヤシュニナだ。帝国やアスハンドラ剣定国でも火薬は使われているが、実践レベル、実用レベルで使えるのはヤシュニナくらいなものだ。起爆しようと思えばスイッチひとつでちょちょいのちょいというような杜撰なシステムを採用しているのもヤシュニナぐらいだろうが。
「起爆スイッチってどこに置いたんですかー?」
軍庁舎の中です、とシドは自慢顔で応える。安堵から胸を撫で下ろす氏令達を見て、なんだよ、とシドは不満顔で閉口した。
かくて、夜は更けていく。メラメラと敵兵の遺骸を燃やす炎が灰になって消える頃、ヤシュニナの兵士達は港湾区から市街区へと退避した。夜の内に無人の岸辺が出来上がった。
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