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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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大戦佳境・転々状況

 「うわーぉ」


 鐘塔の上から灯台がズレる様子を見たシドは思ったままの感想をこぼした。ぶらぶらと足を振り、まるでピクニック気分で双眼鏡片手に侵攻してくる帝国艦隊を冷ややかな目で見つめていた。清々しく、すっきりとした、気分爽快な世捨て人のような朗らかな表情のまま、彼は水タバコを口に運んだ。


 明らかに場違い、明らかに楽観的なシドの態度にいっそ鐘塔から蹴り落としてやろうかと思ったが、それで死んでくれたら苦労はない。意味がない、ただの鬱憤ばらしだ、と理解した上で彼は思いっきり、シドの背中を蹴り飛ばした。


 「ぅあああ!!」


 完全な不意打ち、驚きの声をあげてシドは鐘塔から崩れ落ちる。これが生身の人間ならばそのまま地面に叩きつけられてミンチになっていただろうが、相手はシド、レベル150のプレイヤーだ。頭から落ちていったのにどういうわけか、頭から戻ってきた。


 なにしやがる、と160年くらい前の口調で詰め寄ってくるシドにカルバリーは少しだけ驚いた。ここ160年の間、戦っている時くらいしか見せたことのない無邪気さと残忍さを練ったような表情を浮かべる彼は、たくよぉ、と悪態をついてまた水タバコをくわえにいった。


 そんな茶番を二人が演じている中、ついに帝国艦隊が岬を通過したことを知らせる狼煙が上がった。恐らくは灯台から伸びている鎖がたゆんだのだろうことは傷ついた灯台を見ればなんとなくだが察せられた。


 「連中の戦力から考えて、我らの港をひとつひとつ潰すってことはないでしょう。恐らくは一点突破か、三点襲撃のどちらかではないでしょうか。こちらの港湾戦力はそれぞれ三千強程度しかないんですから」


 カルバリーの案にシドも概ね理解を示した。最も巨大な「どらんぽりん港」にこそ正規兵を含め、六千の兵士を配置しているが、他はカルバリーの言った通り、三千強の兵士しか配置していない。代わりにその地点には一騎当千の刃令(キェーガ)将軍(シャーオ)を配置して、バランスを調整している。なにせ、彼らの一騎当千とは文字通り一騎当千なのだ。


 特に「どらんぽりん港」の直近左右にある二港に配置された刃令二人、なのはなさんとジルファはいずれも約120年前のカシウス事変を生き残った猛者だ。実力は折り紙つきだ。彼らの配下の警督(ゼイルゥ)も強者ばかりだ。敵方に彼らに匹敵する人間でもいなければ突破は不可能だ。


 「カイロンに伝えてくれ、最初は正規兵で戦ってみるから、後方の警察兵、受刑兵、義勇兵は援護射撃に専念してくれ、と」


 「わかりました。でも流石に正規兵で防ぎ切ることはできないでしょ。否応なしに血を流すことになります」


 「ああ、だからそのために俺らはNotdを本営に待機させてんだろ」


 ちらりとシドは本営に構えている近衛連隊を見やる。連隊と言っても数千人いるわけではなく、実体は二百人程度の大隊規模の兵数しかいない。見栄のために連隊と名乗っているに過ぎず、もし実際に連隊規模の兵員が近衛連隊にいたら真っ先にシドは解体して大隊に改称していただろう。


 それほど、つまり解体して、大隊規模に収めて、余剰人員を他の軍に回したいほどに近衛連隊の戦闘能力は高かった。ヤシュニナ軍の最精鋭が首都防衛軍であるとすれば、近衛連隊はヤシュニナ最強の武力集団だ。構成員全員がレベル50以上の武力組織だ。この時代に、プレイヤーが数を減らした世界においては破格と言える力量を有している軍隊だ。


 だが何よりも絶大なのは、数万の軍に匹敵する存在なのはNotdの存在だ。彼女という権威の象徴が戦場にいるということで正規兵は元より、非正規兵も限界を超えて士気を爆発させる。


 「だが所詮は士気だ。権謀術数にどこまで抗えるかな」


 カルバリーの予想した通り、帝国の艦船は三方に別れた。小舟が下ろされ、上陸部隊が盾を構えて進撃を開始する。ひとつの船に二十人、無数の船が扇状にこちらへ向かってくるのを認め、シドは鐘撞き師に合図を送る。鐘塔から鐘が三度鳴り響き、戦の開始が知らせられ同時に「どらんぽりん港」から最も遠い二港を守っていた氏令に撤退準備の命令が下された。


 船の進路を見れば帝国の攻撃目標は一目瞭然だ。ならば戦力を集中するのは常道と言える。何より、時間稼ぎを忘れるシドではない。


 ——突如、水飛沫が湾内に上がった。なんだ、なんだ、と周囲が驚く中、シドを含めた氏令達、そして一部の人間だけは冷ややかな表情で水柱を見つめていた。水柱は一本だけではなく、連鎖的に二本、三本と上がっていき、直後爆音を轟かせて帝国の上陸部隊が爆ぜていく。


 ヤシュニナにおいて湾に敵船が侵入した際に用いられるのは迎撃船でも、バリスタでも、投石機でもない。海中に敷設された無数の機雷だ。平時は海底に沈められているこの機雷だが、戦時となれば浮上させて上陸部隊の動きを鈍らせる罠としての機能を果たす。


 機雷と言ってもかつて現実世界であったような、センサータイプの機械的なものではなく、水面に漂うブイが一定の衝撃を感知して爆発を起こすという極めて原始的な設定だ。それが百、二百と敷設されているのだ。事情を知らない帝国軍の足を鈍らせるには十分すぎる。


 帝国艦隊が先にアル=ヴァレアを襲った理由をシドは糧食の確保のためと考えている。そう考えればわざわざ隠密行動をしたのに、みすみす自分達の侵攻を知らせるような不用意な行動を犯す理由も説明できる。糧食、食べ物の確保が目的だったのならば、彼らの迅速な行動にも頷ける部分がある。


 裏を返せばロデッカを早期に攻略しなければ彼ら自身が空腹で自滅するということだ。古来、食糧不足で自滅した軍は枚挙に暇がない。まして5万規模と予想される軍だ。帝国の大型ガレー船の積載量を考えれば、糧食が足りるかは怪しい部分がある。


 「たぁだなー、機雷も無限にあるわけじゃないし、運良く機雷を踏んでくれるってこともないからなぁ」


 ヤシュニナが用いている衝撃感知型の機雷は起爆のしやすさと引き換えにとにかくバカだ。軽い衝撃でも爆発してしまう代物だ。平時は浮上すると導火線が機能する仕組みのおかげで爆発することはないが、戦時となれば下手に船を出して迎撃できないという焦ったい状況を作ってしまう。今もバンバカと爆発しているが、全く関係のないところの機雷も爆発しているのはそのためだ。


 帝国の指揮官がリオメイラであるなら、その違和感に気づくのにそう長い時間はかからないはずだ。足止めは所詮足止め、その脅威に慄いて帝国軍が撤退してくれることはない。


 「前衛部隊に軍団技巧の用意をさせろ。いつ連中が来てもいいようにな。投石機も装填始め」


 シドの命令を受け、本営から各所に迎撃準備の司令が伝達される。わずか数時間の内に帝国軍は機雷地帯を強引に突破し、岸に近づいていた。


 そしてついに両者の正面からの戦いが始まった。

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