大戦佳境・転威無法
「船の数は約三十隻、兵員数は十万はいないな、6万弱、か」
手に持った望遠鏡から目を外し、机の上に置き、代わってキセルを持つ羽飾りの軍令シュトレゼマンは岬周辺の地図に目を落とした。
岬の周辺は切り立った崖になっているため、容易に攻めることはできない。陣を敷けばまず落とされることはない。船に備え付けの投石機を使っても、飛距離が足りなければ当たることはない。入り口と表するだけあって湾に侵入することは難しいことは間違いない。
左右の岬にはいざと言う時のために船の侵入を防ぐための太く分厚い鎖を操作するための灯台がある。ちょうどシュトレゼマンが今いる建物がその灯台だ。アル=ヴァレアに置かれている「不鎮の火」を宿した双子灯台のような特別な力はないが、双子灯台よりも二回りは大きく、さながら海上要塞のごとき堅牢さをほこっている。ロデッカの双子砦は最強だ、と誰もが豪語してきた。
少なくともシドから猟兵の話をされるまではシュトレゼマンもそう考えていた。
垂直移動を可能にする精兵。そんなおかしな代物を抱えている将軍がいたことも驚きだったが、それが実際に戦で活躍し、ロサ公国の騎兵隊を打ち負かすきっかけを作ったのだから世の中はなんとも広いものだ。シド曰く、リオメイラの直属と思しき彼らは後背から奇襲し、類稀なる戦闘技術で指揮系統に甚大な被害をもたらすと言う。事実、そのようにしてロサ公国の騎兵隊は壊滅したのだとか。
厄介だな、と岬に設けられた壁の上を歩きながら、シュトレゼマンは髯をさすった。胸壁の高さは成人男性の胸の高さとそう大差ない。切り立った崖の上にさらに防壁を築いたおかげで投石や弩による攻撃は届かないから、岬の守備兵だけでどうにかできると思っていたが、そんな精兵がいるよ、と言われては安心して前方の敵に集中することもできない。
「ま、懸念事項は他にもあるがな」
「と言いますと、アル=ヴァレアの双子灯台ですか?」
ああ、と副官の指摘にシュトレゼマンは頷いた。
アル=ヴァレアの双子灯台の機能は何も「不鎮の火」だけではない。灯台には船の侵攻を防ぐためにロデッカのものと同じ太さと分厚さの鎖があったはずだ。例え大型のガレー船が全速力の追い風を受けて突撃しても、船が転覆して乗組員が投げ出されるような硬度を有していた。
とても硬い金属で造られた鎖が砕け、都市を壊滅させるきっかけを作った、というのがシュトレゼマンにはどうしても信じられなかった。仮に例の猟兵が動いて指揮機能を麻痺させ、鎖を引き降ろしたとしてもさすがに早すぎる。アル=ヴァレアほどの大都市が救難信号ひとつしか出せないまま、続報がないなど明らかに異常だ。
「軍令シュトレゼマン、敵方に動きが」
「ちぃ。考える時間をくれんか。全兵に通達、すぐに防衛体制に入れ。射程に入ればすぐに射撃しろ、いいな?」
シュトレゼマンは忌々しげにこちらへ向かって進んでくる帝国艦隊を睨め付けた。思考を打ち切り、目の前の敵を倒すことに全力を入れることにした。
まず動いたのは帝国艦隊から四隻、いずれも大型のガレー船で、鎖ではなく灯台に向かって突撃しているようにシュトレゼマンには見えた。
彼らが射程に入ると、シュトレゼマンは開戦の狼煙を上げさせ、容赦無く投石を始める。灯台内からも射出機による連続射撃を行わせる。時を同じくしてシュトレゼマンから見て左側にある灯台からも狼煙が上がり、水柱を生じさせ始めた。銃や大砲がないこの世界で主力となる遠距離兵器は投石機やバリスタ、何より弓矢だ。これらの武器は高所の優位を取れば恐ろしい質量兵器に代わり、大型のガレー船にすら穴を開ける。貫通防止用の鉄板なども無意味と化すのだ。
投石を受けながらも帝国の船は前進を続ける。投石と言ってもそれほど命中精度がいいわけではない。まったく見当違いの方向に飛んでいくことも多々ある。それならばより沢山打ち込めばいいだけの話だ。
元より水辺の要塞を落とそうと思えば上陸は必至だ。ならば敵を遠ざけさせればいい、というシンプルで頭の悪い回答、しかし威力は絶大だ。
「なんだが、なぁ?んー、なんかおかしくないか?」
灯台へ向かってくる帝国船は艦首を向けて侵攻してくる。それ自体は別におかしなことではないし、船尾を前に出しひて進む船がいたらそれはそれでおかしいことなのだが、問題はその速度だ。帆をめいいっぱい広げ、風を掴み、出しうる最高速度で船は灯台を目指していた。マストの周辺には調整をする人員こそいるが、甲板上には一切の人員はおろか、攻城兵器の類も見えない。
嫌な予感を覚えた。即座にシュトレゼマンはマストに向かって攻撃を集中するように指示を出す。狼煙を上げ、もう片方の灯台にもそうするように促した。
「ですが、風を掴んでいるだけであの速度が出せますか?なんか、おかしくありませんか、あの船!」
副官に言われ、灯台から身を乗り出す形でシュトレゼマンもその速度に目を向けた。確かにおかしい。まるでサメやシャチのようにぐんぐんと近づいてくる船の速度にシュトレゼマンも眉を顰めた。
シュトレゼマン自身は別に優れた船大工でも水兵でもない。だが何度か乗ったことがあるヤシュニナの軽級に近い速度であることは確かだ。重級よりも大きな船でそれだけの速度、からくりを疑うのは当然で、彼らがそれに気がついた時、船はもう眼下にまで迫っていた。
「そうか、キール、ぉおお!!」
直後、強烈な振動が灯台を、いや岬を襲った。それが爆発によるものであることを理解した時、なるほどな、とシュトレゼマンは冷静に分析を終わらせていた。こうやってアル=ヴァレアの双子灯台を突破したのか、と。
船に爆薬を大量に仕込み、超速度で突撃させるという非常にシンプルな質量攻撃、ヤシュニナが重バリスタを用いて特殊弾頭を飛ばす戦い方をスケールアップさせたということだ。大型のガレー船の速度を上げる方法は追い風をつかむこと、そしてキールを一部破壊して船のバランスを崩すことだ。
キール、つまり船の船首から船尾に伸びるバランスパーツである。船を安定させるための水圧を発生させるパーツを意図的に損傷させ、前のめりにさせることで船の速度をわずかにではあるが、上昇させたのだ。例えるなら、海面という平面的な世界に擬似的な坂道を作るに等しい。
「ぁあ。船を船と思っちゃいない。これが魔女か!」
「軍令シュトレゼマン、大丈夫ですか!」
ああ、と副官の問いに答えつつ、シュトレゼマンは眼下を除く。さしもの灯台も二隻の大質量体を食らったせいか、悲鳴を上げていた。しかし崩れるほどではない。ほくそ笑んだのも束の間、遅れて上下に揺れる衝撃が灯台を襲った。
「ぁ。なんだ。何が起きた!」
「確認します」
副官が階下へと走っていく。そしてものの数分で戻ってきた時、彼の顔には恐怖が滲んでいた。階下から受けた報告が原因だろう、とシュトレゼマンは理解し、その報告の内容を漠然とではあるが察した。
「鎖が!」
「でしょうね。クソ、狼煙を上げろ。入ってくるぞ」
岬同士の相対距離は十キロ、その両端を支える灯台が少しでも損傷すればどこかはたゆむ。常に張り続けられる糸などないのだから。
帝国軍は悠々自適に湾内に入ろうと残りの船を出撃させる。わずか数十分の攻防でヤシュニナは危機的状態に陥った。
*
現在首都外にいる氏令達の動向
・才氏
※氷艝の才氏レグリエナ)ヤシュニナ氏令国第一州 (禁足地)にいる。
※羊飼いの才氏ジバルナ)ミルヘイズ王国で色々頑張っている。
※鋼の才氏グンダー)ロサ公国にいる。
※占の才氏ダグリア)ヤシュニナ氏令国第四州で農業事業の監督。
・議氏
※悠血の議氏セナ・シエラ)メトギス王国で新港湾都市建設事業の交渉中。
※橋歩きの議氏アルヴィース)エイギル協商連合で帝国への禁輸政策について交渉中。
※王鷹の議氏ファム・ファレル)現場視察のため、クターノ王国へ移動中。
※聖空の議氏シュタイナー)チルノ王国で戦後の貿易について交渉中。
※金の議氏ガラン)クターノ王国にて国王を苦しめている。
※海鳴の議氏エイラノ)ミュネル王国にて戦後の関税について交渉中。
・軍令
※王炎の軍令リドル)アスハンドラ剣定国でCELFA狩り。
※埋伏の軍令シオン)ポリス・カリアス攻略戦に参加中。
※煙興しの軍令イルカイ)ポリス・カリアス攻略戦に参加中。
※鉄腕の軍令アルガ・レゾーニャ)ポリス・カリアス攻略戦に参加中。
※剣の軍令ギーヴ)チルノ王国に滞在中。シュタイナーの護衛。
※兵の軍令フーマン)ポリス・カリアス攻略戦に参加中。
※蜘蛛の軍令ヴィーカ)遠洋航海中。
・刃令
※天秤の刃令ノタ・クルセリオス)ミルヘイズ王国国境で遊んでいる。
※弓絞りの刃令アドウェナ)クターノ王国でガランとグルになって国王をいじめている。
※発破の刃令ヒルデ)ロサ公国で今後の貿易条件について交渉中。
※界令
・墓無しの界令セガヌ・アヌビス)レグリエナに同道して禁足地に出向いている。
こうしてみると結構な数が国外にいたり、首都の外にいたりしますね。ちなみにロデッカは第二州にあって、アル=ヴァレアは第三州にあります。第一、第二はそれぞれが離島で、外海に面しています。




