エサーラ平原の戦いⅣ
「煙熾しの軍令イルカイの騎兵1,000、横撃に成功しました!」
「よし、よし」
駆けつけた伝令の報告に満足げな笑みを浮かべ、フーマンは盤上の駒を動かした。奇襲成功の知らせに彼の周りの上級武官もまた諸手を挙げて喜びを口にする。
「正面に対して注意を払っていた分それ以外への注意がなくなっていたからね。そりゃ成功するだろうさ。なにより軍令イルカイが先頭に立っている。成功以外はありえないよね」
フーマンの目線のその先ではまさにイルカイが縦横無尽、獅子奮迅の活躍を見せていた。彼の振るう大鉈が戦場で銀閃が煌めくと同時に血潮が舞う。亜人の首が宙を舞う。獰猛な笑みを浮かべ、騎兵を率いるその姿はさながら首狩り妖精のようだ。
「じゃんじゃん殺せぇ!全員殺せぇ!俺らの勝ちのために竜馬の腹を蹴れ!足を掴もうとする亜人は首を蹴飛ばせ、そんだけで相手の首が飛ぶぞ!」
「おおおおおおおお!!!」
ヤシュニナの最高権力者の一人の発言とは思えない発言だったが、戦場においてはそれが士気の高揚につながる。彼がレベルの高い亜人の首を刈り取れば刈り取るほど、彼の後ろに続く兵士はさらに獰猛な声を上げ、より野蛮な叫声と共に槍を、剣を振るう。そして竜馬はさらにいななき、荒々しい声をあげて蹄でより強く大地を蹴った。
イルカイがまず突撃したのは彼の担当する左翼へ攻めかかったゴブリン軍だ。亜人軍の一割以上を占めるオーク、ワーグと連なる最大勢力が、その実態は寄せ集めと言ってもいい。まずレベルが低い。多少は訓練を積んでいてもレベルは30より少し上程度。しかも体躯は小さく、竜馬がぶつかった程度でその体は宙を舞う。
それが横腹を開けたまま正面ばかり見ているのだからドミノ倒しよりも容易く、イルカイの率いる3000の騎兵はゴブリン軍を蹂躙した。瞬く間にゴブリン達は大混乱に陥った。ゴブリン族の族長デヤンもその一人だ。自分達が攻め手と考えていたゴブリン達はそもそも本陣周りの防御などしているはずもない。防御する人間を回していたとしても止められるわけではないが。
迎撃体制に移行する暇すら与えられず、デヤンの元に敵襲の報告がもたらされたとほぼ時を同じくして彼の目の前に狂気めいた笑みを浮かべたイルカイが千騎の騎兵と共に現れた。名乗りを上げる間すら与えられず、容赦のない兜割がデヤンの頭蓋へと命中し、そのまま彼の体を真っ二つに切り裂いた。
「おいおい、この程度かよ!次だ、次!」
そしてそのままイルカイの騎兵はゴブリン軍の中を横切り、オーガ軍の陣地に突撃した。予期せぬ強襲にオーガ軍はたちまち力の行き場を失い、それまで正面にいたヤシュニナ軍が前進をはじめたせいで更なる混乱の渦に飲まれた。元より指揮統制が曖昧であった寄り合い所帯であったことが裏目にで、強烈な一打、オーガ軍勇将の死により混乱は加速する。それは指揮所に全く情報が入らなくなることを示していた。
オーガ族族長ディンバーの首が宙を舞ったのはその点で言えば自明だった。彼の首を高らかに掲げ、イルカイは血を浴びた化け物のごとき派手な笑い声と共に自分の名前を戦場中に知らしめる。ディンバーに絶大な信頼を抱いていたもの、彼の強さを知るもの、いやいや参加したもの、それらすべてが掲げられたディンバーの首を見て様々な感情を抱いた。
憎しみ、恐怖、畏怖。呼び方はどうあれディンバーという支柱の喪失は全体に伝わると同時に軍全体の動きを止めた。数で優っているにも関わらず、動きが止まった。
「鏖殺しろ」
まだ降伏していないから、何をしても許される。そう言わんばかりにリドルは動きが止まった亜人軍へ総攻撃を開始した。それまで守りに徹してヤシュニナ軍がレギオンアーツ「赤槍」を用い、荒武者さながらの突撃を突如として開始した。
完全に無防備を突かれた亜人軍はヤシュニナ軍の槍に突かれ、傷を負っていく。対応しようと一部の部隊がヤシュニナ軍に立ち向かうが、そういった部隊を狙ってイルカイが背後から仕掛けた。
——その間、亜人軍六万は全く動かなかった。ただ目の前で自分達の同胞が蹂躙されていくのを黙って見ていた。
「邪魔者狩りか」
気分のいいものではない。とどのつまりはゴミ掃除、いずれ叛意を抱きそうな種族をとりあえずぶつけ、こちらの戦力を計ろうという一石二鳥の後味が悪い戦いだ。
「そしてそいつを助けるために聖女様の登場。まったくここは三流喜劇の劇場か?」
はるか前方で白い竜馬に乗り現れた白衣の女を見てリドルは嘆息した。そして自らも打って出るため、自分の竜馬を連れてこさせた。
✳︎
・竜馬。馬に似た何か。竜ではない。馬でもない。馬と竜のハイブリット。




