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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
189/310

大戦佳境・転変蠢動

 アル=ヴァレア陥落の一報を受け、参集された司令会議では早速その話題が上がった。


 曰く、同市を襲撃したのは帝国海軍であること。曰く、その軍を指揮しているのは帝国北方方面軍総司令官リオメイラ・エル・プロヴァンスであること。曰く、彼女はロデッカに向けて進軍中であること。


 報告を受け、多くの氏令が目を泳がせた。バカな、とか、ありえない、荒唐無稽だ、といった的外れな愚痴や感想が漏れる中、議長である水師の界令(セレナーデ・レンガ)ディスコのガベルを叩く音が議場に響き渡った。静けさを取り戻した議場内で、それまで沈黙を貫いていたシドが立ち上がり、壇上に上がった。古株の氏令の登壇に議場内の全員の視線が釘付けになった。


 「すでにご存知の通り、帝国海軍は一路、このロデッカに向かって進軍中であります。我々は慌てふためくよりも早く、これに対する防衛策を講じなければなりません。その点を踏まえ、まずは我らの防衛戦力の精査から初めていきたいと思います」


 シドに合図を出され、待機していた官吏達が手に持っていた資料を手渡していく。約数分間、流し読みではあるが、提示された資料に目を通した氏令達の表情は決して穏やかとは言い難かった。彼らは信じられない、といった表情で壇上に立つシドを見つめた。


 それは仕方のないことだ、とシドも納得していた。彼が資料として提出したのは現在のロデッカ防衛軍の配備状況に関するものだ。ロデッカはアル=ヴァレアと違って「不鎮の(エアレンディル)(の光)」という海棲モンスターの侵入を防ぐシールドがない、という都合上、常に一万人の部隊によって護られている。精兵と呼んで差し支えなく、騎馬の扱いはもちろん、軍団技巧(レギオン・アーツ)を用いた集団戦術にも長けた、名実共にヤシュニナ最強の軍隊という表現が適切な彼らではあるが、今はその従軍率は七割五分程度、つまり七千人強しかいない。防衛戦力としてみた場合、これは明らかに少なすぎる。


 なぜ4分の3程度しか人員がいないのか、と聞かれれば、にべもなく「十軍の戦い」のせい、と彼らは言うだろう。即時反乱鎮圧のため、首都の防衛軍を基幹部隊として総出動させてしまった皺寄せが今になってヤシュニナを苦しめていた。自己責任、自業自得と言えばその通りだが、いざ目の前に自分の負債がポンと置かれると冷や汗ひとつ、愚痴の一つはこぼしたくなるものだ。


 「才氏(アイゼット)シド、この戦力でどうやって防衛作戦などできると言うのですか!これではあっさりと敵軍に湾内に侵入されてしまいます」


 発言した大橋の議氏(トールス・エルゼット)チェルショコイが敢えて湾内と表したのは、ロデッカが置かれている島の地形があまり上陸に適さないいわゆるリアス海岸だからだ。断崖絶壁と形容する方がわかりやすいかもしれない。とにかく砂浜と呼べる部分が首都周辺にはなく、唯一上陸できる場所はロデッカの港湾区以外に存在しない。


 必然的に上陸ポイントも絞られるが、しかしそれがわかったからと言って防衛部隊が足りなければ話にならない。降伏した方がいいのでは、という空気が蔓延し始めた時、シドは待ったをかけた。


 「確かに議氏(エルゼット)チェルショコイのおっしゃる通り、防衛軍のみでは十全な防衛政策が取れるとは言えません。ですが、兵士に頼らずとも我々はまだ武装勢力を有しています」


 「才氏シド、それはまさか」


 「はい、察しの通り、警察機構です。首都全域の警邏全てを集めれば一万を超す規模になるでしょう」


 羽飾りの軍令(アミナリア・ジェルガ)シュトレゼマンはその答えに絶句する。人道的理由ではなく、より実践的検知に立った上で考えた時、警察官を使うというアイディアは軍人である彼には理解できないものだった。


 ロデッカ全域の警察機構、つまり各区画の警察支部は元より駐在所、交番勤務、警察本部の部隊全てを動員すれば一万二千人の大きな戦力になる。しかし彼らがちゃんと槍を握り、防具を着て一分の隙間もなく整列できるかについては甚だ疑問符が付き纏った。


 「軍令(ジェルガ)シュトレゼマンの懸念も理解できます。しかしこれは防衛戦であって、平地での戦いではありません。練度不足の兵士でも不足はないかと」


 「いや、不足大アリさ。おい、シド。オメェの案だとまともな経験積んだ兵士と同じ列にケツ丸出しの素人を並べるってことだろ?おめぇよぉ、そりゃ連携が取りずらいってレベルじゃぁねぇぞ?」


 声を上げたのは凶気の刃令(イヌカ・キェーガ)ジルファだ。眉間に皺を寄せ、不快感を露わにしてこうも苦言をこぼすのは、彼が首都防衛軍の副司令官であるからに他ならない。兵士の職人感情を抜きにして考えても、玄人と素人がくつわを並べることにジルファは反対だった。


 「正面戦力が少ないのですから、これ以上の良策は出ないでしょう。もっとも、彼らを合算しても二万人に満たないのですけど」


 「ぁあ。だからよぉ。俺からってわけじゃないが、戦力増強の案を出してもいいか?」

 「え、ああ。もちろんですよ」


 シドがきょとんとした様子で壇上を降り、代わってジルファが登壇した。普段は会議中も寝ているか、そもそも欠席しているかのどちらかだったジルファの登壇に居合わせた氏令達はややざわめいた。明日は季節外れのタイフーンでも来るのか、と。


 登壇したジルファは得意顔で自分の副官に指を弾いて合図を送る。彼の副官、盲目の警督(ダナル・ゼイルゥ)トビアは頷くと部下を使って手元の資料を配らせた。資料が配り終えられると、先に配られた席の氏令達から驚きの声が上がった。


 「さてさてお歴々、すでに内容を把握した方々もいらっしゃるようなんで、手短にかつ手際よくいかせてもらうぜ?ま、俺が提案する戦力増強案ってなぁ、まぁつまりそういうことだ。——十軍に参加した奴ら、つまり受刑者を使う」


 まじかよ、と驚きつつシドは頭の中で計算を始める。ジルファの言う十軍に参加した奴ら、とは数万規模の亜人達のことだ。捕虜となった彼らの内、何割かはロデッカ内の牢獄に移送され、ロデッカ内のインフラ整備や建築業務などを警務作業として行なっている。数にして五千以上、一度は反乱軍に加わったこともある屈強な亜人達だ。戦力としては申し分ない。


 「ふざけるな!そんなことまかり通ってなるものか!」


 しかし理性と感情の問題がまだ残っている。過去、受刑者部隊というのはどの国にもあったが、それはあくまでも攻撃側が手駒を増やすため、言い換えれば自国外の土地を踏み荒らすために用いたのであって、決して自国内の警備や守護を任せるためではない。


 非難の声を上げた氏令の言い分もわかる。枷を解いた受刑者が自分達に牙を剥くんじゃないか、と恐れているのだ。なにより、首都を防衛するという仕事の見返りはただ懲役年数を縮めるだけでは済まないだろう。最低でも即時釈放、功績を上げた者には十分な報奨金を支払い、仕事を斡旋してもいいくらいだ。


 「つってもなぁ。だったら義勇兵でも募るか?この四方八方はちゃめちゃな状態でよぉ。どんだけかき集めようとしたってここらが限界さ。帝国の連中の兵力がどんなもんかは知らねぇが、アル=ヴァレアからの一報が『陥落』だけってことは数万規模、船の漕ぎ手なんかも考慮すりゃあ、まざっと五、六万ってとこだろうなぁ」


 「そうだ、そう言えばなぜ帝国はアル=ヴァレアを強襲できたんでしょうか。一応、アンダウルウェル海域やダザニック海域、トーリンの海周辺は巡視船が航行しているはずですが」


 「それについてですが、一つ思い当たる節が」


 チェルショコイの問いに答える形でシドが立ち上がる。壇上には上がらず、自席で彼は答弁した。


 「実は王鷹の(エヌム・ファーラーン)議氏(・エルゼット)ファム・ファレルを通じて、とあるメモの中身について調査を行なっていたのですが、それの中身がつい先日判明しました。端的に申し上げると、それはグリムファレゴン島南部海域の水深に関する調査結果でした」


 「水深?それは、どういうことなんです?」


 「ここからは私の推論が多分に混じりますので、ご容赦ください。おそらく、帝国艦隊は我々でも普段は航行しない浅瀬を進んだのだと思います。船は通れなくはない、しかし危険極まりなく座礁の危険がある、そんな航路をです。巡視船に警戒させていたのは水深が深く、流れが緩やかな海域でしたので、間隙を縫うということなのではないでしょうか?」


 「信じられん」「いや、そう考えれば説明はつく」「であれば相当数の船を犠牲にしたとも考えられるのでは」「奇襲としては完璧か」


 氏令達から返ってくる反応はまちまちだ。ただ一つ共通しているのは彼らの中で、シドの語った推論が共通認識として受け入れられたということだ。再び議場がざわめきだす中、ディスコがガベルを叩いて彼らを黙らせる。そしてシドとジルファ双方の提案の是非について迫った。


 結果として賛成多数で彼ら二人の案は可決された。次いで議論されたのはこの防衛作戦の指揮官達に関する人事だ。


 指揮官達、と表現したからには防衛ポイントがいくつもあるということだ。まず大事なのはロデッカの湾の入り口に当たる防波堤の指揮官だ。最大距離で十数キロの距離があるため、最低でも二人の指揮官を2点に置くことが決められた。この役割を請け負ったのはシュトレゼマンと鏡の軍令(アーハン・ジェルガ)マルウェーだ。同じ派閥に属している二人は勝手知ったる仲だ。


 次いで大事になったのが各港湾区画の指揮官達だ。一口に港湾区と言っても、ロデッカには五つの港湾区がある。その中でも一際大きいのが「どらんぽりん港」だ。かつてカシウス事件があった際、天塵蟲キュホイガトスから街を守ったドワーフの英雄の名を借りたこの港はシドにとっても縁が深い場所だ。そのせいか、真っ先にシドが名乗りを上げたが、シュトレゼマンをはじめとした軍令達に却下され、結局その場所の指揮官は今も絶賛爆睡中の寝坊助の刃令(ダナラー・キェーガ)なのはなさんが担当することになった。


 最終的な布陣として、最前衛をシュトレゼマンとマルウェーの2名が、各港湾区それぞれの指揮官をなのはなさん、ジルファ、苦悶の刃令(サーファス・キェーガ)ツェトラノ、緑糸の(デラ・イトナ・)刃令(キェーガ)ジャマル、雪原の(ソリ・ウィールト・)刃令(キェーガ)カイロンの5名が担当することになり、総指揮にシド、ディスコ、杖の界令(ロド・アン・レンガ)イーガルの3名が選ばれた。彼ら以外の氏令は全員、都市区画の市民の非難を誘導する仕事を任された。


 かくして夜通し行われた会議の果て、迎え撃つ準備は整った。ヤシュニナと帝国、思わぬ形で始まった両者の第三ラウンドが第二ラウンドと並行して始まった。


今回登場した各氏令及びその副官について


・シュトレゼマン)軍令。種族、ハイ・エレ・アルカン。レベル139。シド、シオンに次ぐ第三派閥のリーダー。事なかれ主義者。


・マルウェー)軍令。種族、鏡鼠シルフ。レベル100。シュトレゼマンの派閥に属する軍令。怒りっぽい。彼の種族はケンスレイの種族、ストーンイーターの近縁種。


・チェルショコイ)議氏。種族、鹿人ディアーマン。レベル8。シュトレゼマンの派閥に属している。心配性。


・なのはなさん)刃令。種族、ユグド(木人系種族の最上位種)。レベル150。シドの派閥に属しているプレイヤー。首都防衛部隊隊長。サボっている。


・ジルファ)刃令。種族、鬼。レベル、148。シドの派閥に属しているプレイヤー。首都防衛部隊副隊長。戦闘狂。


・ツェトラノ)刃令。種族、パラサイト・イーター。レベル54。シオンの派閥に属している刃令。そのあまりにも気持ち悪い外見のせいで、普段から深々とローブをかぶっている。拷問器具マニア。


・ジャマル)刃令。種族、オーク。レベル34。シュトレゼマンの派閥に属している刃令。裁判所勤務。普段は第二級犯罪容疑者の審議を行なっている。


・カイロン)刃令。種族、海豹人シールマン。レベル22。シドの派閥に属している刃令。登場2回目。海棲獣人種。


・ディスコ)界令。種族、サイクロプス。レベル89。いずれの派閥にも属していない。界令達のまとめ役。司令会議進行役。数少ないシドを真顔でぶん殴れる人物。


・イーガル)界令。種族、エレ・アルカン。レベル10。元才氏リオールの派閥に属していた界令。彼の実家は杖作りをしている。


・トビア)警督。種族、ハイ・イースト。レベル134。ジルファの副官。カシウス事変の際に悪性レギオンの一つ、蚩尤の幹部、レイによって視力を奪われた。

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