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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
181/310

大戦佳境・海邏打破

 ヤシュニナ・ガラムタ・ムンゾの連合艦隊の第一攻勢は横一列に並べられた重バリスタの一斉掃射から始まった。無数の特殊弾頭が飛び、それは着弾と同時に爆ぜて波止場の重要区画を次々と破壊していく。瞬く間に港湾区は燃え上がり、人の焼ける匂いが木材や麝香が燃える匂いと共に港湾区に広がった。


 かつての地球において、艦船が主軸に使われていた時のような単縦陣から繰り出される圧倒的な面による制圧射撃は第二射、第三射と続き、多大な労力によって血と汗が染み込んだ埠頭を、防波堤を、灯台を爆音を奏でて破壊していき、その音が止んだ時、ポリス・カリアスの人々の自由の象徴であった港湾区は見るも無惨な瓦礫の山と化していた。


 砕けた埠頭の瓦礫を押し寄せてきた波がさらい、海が白に染まっていく。崩れた灯台が打ち付けられた衝撃で一際大きな水柱が上がり、飛沫が迸る。瓦礫が落ちていく音が聞こえ、支えていた木組みが折れて防波堤が大きく横向きになって海の中に沈んでいった。


 悲鳴を上げ、人々は逃げ惑う。なぜなら、こんな光景はありえないから。自由の証であった大海原から、燃える炎の鏃を飛ばしてくる悪い魔物が姿を現すなんて夢に思っていなかったから。


 「——総員、上陸準備初め」


 逃げ惑う市民達の声が風にのってフーマンの耳にまで聞こえてきた。大抵は雑多で意味のわからない乱雑なだけの音だが、中には助けてくれ、とか、死にたくない、といった言葉と判別できる音も混ざっていた。彼らの嘆きと憤りにフーマンは心底同乗した。きっと彼らと同じ立場に立たされたら自分もそう叫んでいたことだろう。しかし、無情にもフーマンは彼らを追う側だ。逃げる彼らの背中を刺す側だ。同情も憐憫も哀悼も、全ては虚しく、意味がない。


 フーマンの指示により、次々と上陸船が降ろされていく。制圧射撃によって埠頭はガラ空きになったが、万が一ということもある。鉱山のカナリヤのごとく、数百の兵士が先遣隊として、本命の艦隊が上陸する前の露払い役として出撃した。


 次々と小舟から降りていく彼らが安全を知らせる青い狼煙を上げたことを確認して、フーマンは続く主力艦隊に前進を指示した。崩れた埠頭に船を停泊させるには多少の労苦があったが、どうにか彼の指揮する大小三十を超えるヤシュニナ艦隊のすべてが錨を下ろした。


 「——すみやかに市内庁舎を制圧してね。これで戦いは終わる」


 兵の軍令(トロイト・ジェルガ)の二つ名の通り、埠頭に足を下ろしたフーマンは整列した兵士達に的確に指示を出していく。走り出した兵士達はカトラスを取り出して、市壁に向かって走り出した。


 港湾区と一言で言っても、そこには港と市街の二つの区画が存在している。内陸部の市街区とは一線を画する煌びやかな街だ。商業区と呼んでもいいかもしれない。ポリス・カリアスにおいて最も熱気を放っている場所だ。市街区を海棲モンスターと津波から市街区を守る対策として港と市街区の間には高さ10メートルの市壁がある。


 市壁を攻めるヤシュニナ兵は竜馬には騎乗してはいない。代わりに彼らは梯子を抱えて市壁を目指していた。数にして一万以上、雪崩を打って押し寄せる蛮族の群れを庁舎へと続く坂道から見た市民達は青ざめた。そして呪った。


 ポリス・カリアスは帝国繁栄の象徴だった。煌びやかな都市風景、熱気と活気入り混じる渾然一体の楽園のような都市の景観が、住民達の誇りだった。この街で商売をして、それが帝国のさらなる躍進につながるものと信じていた商人達は今の光景に憤りすら覚えた。


 海の向こうから現れた蛮族達は自分達のこれまでの労苦を、血と汗と涙の結晶を蟻の巣をほじくり返す童がごとく、無慈悲に無遠慮に無調法に踏みにじったのだ。それも奇襲という卑劣極まりないやり方で。


 「もうすぐ梯子がかかりますなぁ、フーマンのおじき」

 「そうだねぇ、将軍(シャーオ)ケンスレイ。あと、おじきというのはやめてよね。僕よりも年上の君におじきと言われるとむず痒くて敵わない」


 ぐひひひ、と結晶(エレ・ミム・)龍の(イスカロン・)将軍(シャーオ)ケンスレイは恍惚とした笑い声を漏らした。身長3メートルを超える巨漢にして、無数の結晶がハリネズミのように背中から突き出しているケンスレイはどっしりとフーマンの後ろに構え、仕切りに右足をゆすっていた。いらぬ足踏みをしているケンスレイを見て、あーなるほど、とフーマンは彼の言動の意図を察した。


 「飛び込んで行きたいかい?」

 「そりゃ、もちろん。ていうか、俺ならあんな壁の一枚や二枚、簡単に吹き飛ばせるんですがねぇ」


 「だめだよ?君が暴れて勝ったんじゃ意味がない。そうでしょ、将軍キキ」


 「はい。シドからはお前らはなるだけ暴れんな、と言われていますので。私共はあくまでも軍令(ジェルガ)フーマンの護衛でしかありませんから」


 フーマンの問いにエルフの青年、天弓の将軍(キュウト・シャーオ)キキが頷いた。普段とは異なる丁寧な言葉遣いにケンスレイは鼻で笑った。共にフーマンの副官を務める二人は戦闘能力だけで言えば軍令であるイルカイに勝る。戦場に放り込めば場をかき乱すことは疑いようがない。それが使えないことを口惜しく思いながら、フーマンは突撃していくヤシュニナ軍の背中を見守った。


 ——刹那、突如として無数の矢が大きく山なりの弧を描いて市壁の内側から放たれた。降り注ぐ矢の雨がヤシュニナ軍に降り注ぎ、彼らは前から順にバタバタと倒れていった。


 「ぁあ?」

 「おや、まぁ」


 「おい、キキ。お前見えてただろ?」

 「エルフだかんなぁ」


 二人の副官の会話を他所にフーマンの意識は市壁の上に向けられた。ヤシュニナ軍が倒れたのを皮切りに弓矢を構えた帝国兵が胸壁の内側から姿を現し、ずらりと縦一列に並んだ。市壁と港の間に障害物はなく、身を隠すことはできない。


 「へぇ?伏せていたわけか」


 第二射がヤシュニナ軍に降り注ぐ。今度は第一射よりも数が多い。


 「光盾(ヒュッケン・シルト)!!」


 それに対してフーマンは全部隊にチアして防御耐性を取るように指示を出す。光の壁がヤシュニナ軍の前に現れ、それは迫り来る矢の雨を弾き、地面に突き刺した。


 これが現実世界であれば、今の掃射で多くが死んでいた。しかしここは違う。魔法が、技巧(アーツ)が、スキルが存在する世界だ。ならばただの弓矢ごときで迎撃できるほど甘くはない。


 「全軍、光鱗(ヒュッケン・レベーア)を以て、進軍!光盾の使用は部隊長各位に任せる!」


 一万人規模で軍団技巧(レギオン・アーツ):光鱗が発動する。その効果は大幅な防御能力の向上と引き換えに鈍化するというものだ。主に戦列歩兵が前進する際に用いられる軍団技巧で、似通った効果を持つ光盾と違ってこちらは止まる必要がない。


 バックラーを構え、進撃するヤシュニナ軍に対してなおも帝国軍は矢を放つ。じりじりと近寄ってくるヤシュニナ軍に対して何度も何度も。


 そしてその努力は報われず、梯子がかかった。

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