エッサーラ平原の戦いⅢ
「綺麗なものだな」
光り輝く壁に弾き返された亜人軍を見て、ぽつりとリドルがつぶやいた。攻め込んできた亜人軍を木の葉のように散らし、その進行速度は一瞬で停滞した。
「光盾、極めて初歩的な軍団技巧だが、使える奴とそうでない奴を比べれば差は一目瞭然か」
レギオンアーツはこの世界において弱者の集団が単一の強者に打ち勝つべく考案された合体技だ。アーツと呼ばれる戦士特有の必殺技を集団で行うことで発生し、例え大きくレベル差で劣っていてもこれを用いることで勝利することが可能だ。
魔法使いが魔法を使うために魔力を消費するように、アーツは気力を消費する。レギオンアーツもまたアーツである以上気力を消費して使うことができる。だがその消費量は一般的な戦士が使うアーツと比べてあまりに少ない。複数人で消費する気力を平均化し、使用しているからだ。
このレギオンアーツの存在ゆえにレベルの概念があるとはいえ戦場の趨勢が量より質とはなりえない。より多くの人間がレギオンアーツを使えればそれだけ効果は増大する。レベル40以上の兵士が一万人も集まり、レギオンアーツを用いればそれは金剛石以上の強度となる。
「そしてなんの訓練も受けていない亜人軍が軍団技巧を使えるわけはない、か」
今、ヤシュニナ軍が行なっている「光盾」は代表的なレギオンアーツだ。主な効果は防御力強化と対衝撃耐性付与。中央軍は前衛一万、右翼軍前衛一万、左翼軍前衛四千の計二万四千人からなる超防御陣を前にして亜人軍は成す術なく吹き飛ばされた。
二万人規模で行われているため突破は容易ではない。亜人が振るう刃も矛もすべてヤシュニナ軍の「光盾」は弾き飛ばす。
「——そしてその間に」
リドルの視線が左翼へ向く。同時に攻撃開始を告げるドラが鳴った。
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「ディンバー様!突破できません!こちらの攻撃がことごとく弾かれちまいますよ!」
「なんだ、ありゃ?光の壁?どうして俺らの刃が通らねぇんだ?」
どよめく同族のオーガの中でディンバーは自分の目の前の光景が信じられずにいた。荒波と化してヤシュニナ軍へ襲いかかったはずの亜人軍四万がすべて一部の例外もなく謎の光の壁に弾かれるなど現実にあっていい光景ではない。
「狼狽えるな!攻撃を続けろ!私達の攻撃が通用していないわけがない。それに永遠にあの壁があるわけでもないだろう!」
戸惑う自分を律する気持ちで不安から突撃に尻凄む同族をディンバーは鼓舞した。彼自身もわけがわからない状態だったが、戦いの中でそんなことはいくらでもあった。指揮官であり族長でもあるディンバーに戦えと言われればオーガ達は立ち向かうしかない。一気呵成に突撃していくオーガらに触発されゴブリン、トロールもまた執拗にヤシュニナ軍の光の壁に挑んだ。
その間にディンバーは必死に目の前の壁の正体を考えた。そもそもジグメンテを攻めたとき、ヤシュニナ軍はあの光の壁を使わなかった。ジグメンテの軍は街の住民を守る形で殿を務め、ジグメンテもろとも玉砕した。あの光の壁があればもう少し耐えれたかもしれないのに。
つまりあの壁はヤシュニナの軍隊でも一部の軍隊しか使えない秘技ということだ。あるいは魔法使いによる広範囲防御魔法の類だ。ヤシュニナの最精鋭を誘き出すことに成功した、と密かな笑みを浮かべるが、それで状況が好転するわけでもない。
今自分達がヤシュニナの最精鋭と戦っているとするならば、手元の四万では心許ない。恐らくはいるであろう軍令の力も加味すればせめてあと二万は欲しい。ちらりと背後に控える六万を見るが、すぐにディンバーは首を横に振った。
それでは意味がないではないか。この初戦で勲を挙げ、十軍の盟主を気取っているダナイの鼻を明かすためにわざわざ先鋒を志願したというのに、援軍を頼っては鼻で笑われる。
元来オーガはオークが嫌いだ。中でもオークの始祖アゾグの血を継ぐ白いオークは大嫌いだ。理由はしごく単純で元々オーガの始祖オルクスをアゾグが殺したからだ。アゾグはオルクスが泥中から見つけた「ただ一つなる指輪」が冥王バウグリアに献上され、オルクスの評価が上がることを恐れ、背後から巨石でその頭蓋を打ち砕いた。しかもオルクスが冥王に捧げようとしていた指輪を奪おうとした、という嘘までついて。
激怒した冥王は元々は精悍な魔の戦士だったオーガを狼とも蛙とも似つかない醜い獣へと変えてしまった。以来オーガはオークを嫌い、オークはオーガを嘲笑の対象とした。
そんな過去の因縁もありディンバーはダナイが盟主気取りの「十軍の集い」に参加することに消極的だった。少なくともジグメンテの首をシリア・イグリフィースが切り飛ばすまではそうだった。
「全軍進め進め進めぇ!我々は今名誉の中にいる!武人としての栄誉のなかにあるぞ!オーガの戦士としての矜持を見せよ!冥王様の御前に勝利を捧げよ、大いなる血よ!」
「はいはいオーブルートオーブルート。で、それで一体いくら神様から栄誉とやらを貰えるんだ?」
直後、銀線がディンバーの目の前を通った。少なくとも彼にはそう見えた。それが彼の最後の光景だった。
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