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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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大戦佳境・海衛破綻

 その日、7月20日は夏場にふさわしい暑い日だった。さんさんと照りつける太陽は容赦なく肌を焼き、とぼとぼと歩く市民の背中だったり、顔だったりを容赦なく焼いた。日焼けの跡をピリピリと破きながら、痛い痛い暑い暑いと連呼する彼らは急斜面からその白々とした街の景色に想いを馳せた。


 ポリス・カリアスの正面玄関たる港湾区、そこは同市の根幹であり、絶対の聖域である。華やかで明るい港湾区は広く、どれほどの巨船であろうとも入港できる波止場があり、錨を下ろした船がゆったりと鎮座する姿を飽きるほど見ることができる。


 港湾区には活気があり、帝国という極端抑圧社会の中とは思えない自由があった。それは蒼穹を飛翔するカモメのごとく、文字通りの自由だ。


 帝国において商売をする際、必要となるものが二つある。一つが商務省から発行される「国内商業許可証」、もう一つが個別の省庁から発行される「個別物品取り扱い証書」というものだ。


 前者は単純明快、国内における商売の許可を出す書類だ。暗に商売許可証とも読んだりする。許可証自体は申請し、帝国商務省が発行許可を出せば簡単に入手することができる。ただ、発行のために相当の身辺調査を行われるため、許可が降りるまでは数年近くかかることもあるため、入手したいからと言って誰もが入手できるものでもない。


 そも、帝国の政策からして国内商業許可証を発行すること、すなわち商人という存在を作ることに消極的なのだ。理由を端的に説明すれば、帝国という国家は中央集権体制を確立して以降、その権力が他人の手にわたることを極度に恐れるようになった。彼らが恐れる権力の喪失のシナリオを上げれば両手の指では足りないほどだ。そして、そんな無数にあるシナリオの中に商人の存在があった。


 商人の役割とは商売をして富を増やすことだ。彼らは市場を活性化させ、土地に秘められた経済的価値を何倍、何十倍に乗算する錬金術師だ。彼らがより精力的に活動することで、富が増え商圏が拡大する。雇用が創出され、皆が皆、その利益を享受できる。


 帝国の上層部が恐れているのはまさしくそれだ。中央の経済圏が活性化するならばいざ知らず、地方経済が活性化し、富が潤沢になることで個々人の生活が豊かになることを恐れているのだ。やがてその富が武器を入手する資金になるかもしれない、自立した経済圏を作ってしまうかもしれない、という疑心暗鬼が帝国の商業消極化につながったのだ。よしんば、そういった帝国のお眼鏡にかなって商人になったとしても、次に立ちはだかるのが二つ目の「個別物品取り扱い証書」である。


 この証書を有体に言えば、商人Aはaとbとcという物品を商品として取り扱ってもよい、というもので、個別の商人が扱える商品を制限しているのだ。扱える商品の種類も厳密に定めてあり、最大数ももちろん決めてある。つまり商人であるために必要不可欠な商品を得るために国に申請を出さなくてはならず、商業活動を妨げる要因となっているのだ。


 物品取り扱い数の制限のほかにも悪因はある。この証書を発行しているのは帝国内の省庁の個別の部署だ。どの省庁にも発行を担当する部署があり、そこで認可を受けるという仕組みだ。例えば木材を扱いたい、と言えば帝国土木省の管轄なので、土木省の担当部署が木材の種類、生産地、輸送手段などを細かく把握した上で認可を受ける。この認可を受けるにあたって必要とする日数はおおよそ数ヶ月であり、一度に一つの省庁に対して行える認可申請は最大で十品まで可能だ。


 ——そうたった十品だ。商売人がたった十品までしか一度に仕入れることができないのと同義だ。近現代的な自由な商売・取引ではなく、封建社会的な専売制にも状況は商人という存在を生きづらくすることこの上なかった。


 だが、このポリス・カリアスにおいてその制限はない。完全なる商売の自由が認められているのだ。つまり、市内に限れば、どこでどのような商売を行おうとなんら咎められることはない。もちろん、詐欺まがいの商売をやっていれば逮捕され、抜舌の刑だが、まっとうな商売をやっている限りは問題はない。


 ポリス・カリアスが経済特区とされている所以はただ海外との貿易が認められている唯一の都市だからだけではない。この商業の自由が認められた都市だからこそ、巨万の富を生み、帝国という巨大な国を支える資金源となりうるのだ。


 豊かさにおいてポリス・カリアスを上回る都市は帝国には存在しない。帝都のような荘厳さこそないが、華やかさにおいては比類なく、住むものにとっての楽園足り得た。ゆえに都市に住む人々は戦争が自分達の真後ろで起こっているにも関わらず、日々の日常のままに海原を見つめていた。


 どこまでも続く大海原、閉ざす敷居や囲いはなく、自由である自分達を大きく手を広げて歓迎してくれる母のような心地よさすら感じる大海原を見つめれば、夏の暑さなど吹き飛んでしまう。日々の仕事に対する達成感と充実感、それは帝国という国家では貴重とすら言える大切な資源と言えた。大切な精神的資源だ。これなくして、日々の労働に勤しむことなどできはしないのだから。


 ——そんな海原を見つめる彼らの前にそれは現れた。水平線上の彼方から黒い影が現れ、なんだろう、と埠頭に立つ水夫が前屈みになった瞬間、突如として影からさらに小さな影が飛び出し、それは目にも止まらぬ速さで波止場に達し、そして爆ぜた。


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