表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
178/310

大戦佳境・蠢動

 ヤシュニナ歴154年7月18日、帝国歴532年同月同日、帝国領アスカラ地方の大都市ポリス・カリアスをめぐる戦いは未だにこう着状態から脱せずにいた。


 数上にわたる小規模の突撃はことごとくが失敗し、未だにヤシュニナ軍は第三防壁に近づけずにいた。ただ敵対している帝国軍の反撃が手強いからだけではない。無数の無人の家屋から漂う敵の気配がヤシュニナ軍の疑心を煽り、彼らの足を弛緩させていた。


 言うなればゲリラ戦。守り手にとっての絶対優位が確保された偶発的戦闘を前にして、完全にヤシュニナ側は手詰まりになっていた。


 死者・負傷者の数は言うに及ばず増え続け、ヤシュニナ兵に偽装した捕虜を囮に出してみても、すぐに四方から弓矢を浴びせられ、あっさりとやられてしまった。第二防壁を攻めた際の捕虜の扱いが帝国側の激情を買い、彼らの思考から容赦というものを消し去ったのだ。


 容赦のない敵ほど恐ろしいものはない。持ちうる全ての戦力を迎撃に向けてきたのだから、並大抵のやり方では突破は困難だ。


 「いや、やろうと思えばできなくはないんです。でも、今ここで全力を出すと第三防壁を超える際の戦力が残らないんです!」


 軍議で場で大角の将軍(ガルルカ・シャーオ)トーカスト・アルコストの悲痛な声が響く。集まっているのは埋伏の軍令(マイラ・ジェルガ)シオンを初めとした軍令(ジェルガ)ら、そしてその副官たる将軍(シャーオ)達だ。中には何度とない突撃によって負った負傷で手足に包帯を巻いている人間もいる。有体に言えば満身創痍の状況だ。


 目下、彼らの課題は第三防壁の前に敷かれた帝国軍の防衛戦の突破にある。市街区を巧みに用いたその配置には脱帽せざるを得ない。大通りは無数の拒馬によって侵攻を妨げられ、小路にも随所に拒馬が置かれている。無人の家屋のどこかには必ず弓兵が潜んでいて、いつ後ろから討たれるのか、とビクビクしながら進軍しなくてはならない最悪の状況だ。


 兵士の損害は言うに及ばず、軽いパラノイアを発症してしまった人間もいる。出征時と比べて兵力も三万ほどにまで数を減らした。それも負傷兵や傷病者も合わせての三万人だ。実数値はさらに少ない。


 「即言します。今のままではポリス・カリアスを攻め落とすのは不可能です。彼らの戦いをご覧ください。あれは騎馬の優位を打ち消し、その機動力を封殺するための戦い方です」


 「そいつぁわかってるよ。それをどうするかって話だろ?」


 「手っ取り早いのは従来の集団戦術から小隊規模の散開戦術になりますね。もっとも、それをするための小隊長の数が足りてないんですけどね」


 人員問題はどの組織にも起こりうる問題で、それはヤシュニナも例外ではない。兵力の減衰以上に指揮能力を持っている将校の損失は大きい。先の第一、第二防壁の戦いで相当数の指揮官級が損なわれたのはヤシュニナ軍にとって大きな痛手となった。現在のヤシュニナ軍はかろうじて均衡を保っているが、それは薄氷の上にいるのと同義で、少しでも重荷を背負おうとすると、簡単に崩壊してしまう有様だ。


 白月面の(カーナ・ハルシャ・)将軍(シャーオ)ミルハの口にした策はまさしくその重荷だった。散開戦術、ゲリラに対抗するための各個撃破戦術と言えば聞こえはいいが、こちらも兵を細分化すれば連携に支障が出る。統括する司令部の機能も危うい中、逐一状況判断ができる小隊長が一体どれだけ残っているのだろうか。


 「唯一の救いは敵さんが出てこないことねぇ。ま、出てくるわきゃないんだけど!」


 ケラケラと笑う鉄腕の(アル・カイナ・)軍令(ジェルガ)アルガ・レゾーニャにシオン以外の全員の冷たい視線が向く。失礼、とアルガは口元を抑えるが、彼の言っていることは真実その通りだ。


 ヤシュニナが得意とする騎馬戦に対して帝国が馬鹿正直に正面から立ち向かう理由がない。負けるとわかっていて槍を前に突き出すバカはいない。それが必死の抵抗でもない限り。


 「現状維持だ。小規模の攻撃は続けろ。とにかく、連中の目をこちらに向けさせ続けろ。鉄球以外のあらゆる武装を用いてな」


 話がまとまらない中、シオンが盛大なため息と共にそう命令した。いいんですかい、と煙熾しの(モーヤ・フレンツェ・)軍令(ジェルガ)イルカイが確認を取ると、ああ、とシオンは短く答えた。その途端にイルカイの表情が変わった。鬱屈とつまらないを掛け合わせたような縛鎖の飼い猫から、獲物を見つけた野獣へと変貌したような、凶笑を浮かべた。


 「夢はもう十分に見ただろう。そろそろ現実に叩き戻してやれ」


 「わっかりました。おっしゃ、ミルハ!早速明日から取り掛かるぞ。いやー楽しみだ!」

 「ちょ、待ってください、軍令シオン!本当によろしいのですか?まだ早すぎるのでは?」


 席を立とうとするシオンをトーカストが引き止めようとする。しかしシオンは振り返らず、背を向けたままただ一言「構わん」とだけ言い残した。


 明くる7月19日、ヤシュニナ軍の猛反撃が始まった。それまでの消極的な戦闘ではない。大規模な反抗作戦だ。弄っていた老犬が急に牙を剥いたことに驚くがごとく、帝国軍はよもやの大反撃に混乱し、その日の戦いはヤシュニナの勝利に終わった。


 ——そして翌日の7月20日、両者の戦いに転機が訪れた。


※ヤシュニナにおける騎兵。


 ヤシュニナにはいわゆる陸軍と呼ばれるものはありません。便宜上、作中では陸軍と書いたかもしれませんが、とりあえず陸軍はありません。


 陸地で活動する軍隊は大別して二種類あり、一つは北部治安維持軍、もう一つは都市防衛軍です。後者は第一章で出た「周囲の都市から招集した軍隊」です。主に都市内の治安維持が目的です。前者は竜狩りの際に駆り出される軍隊で、騎馬兵力を有しています。いわゆる精鋭です。


 今回、シオンが帝国侵攻に際し用いたのはこの二軍です。二軍を合わせると、予備役も含めて大体四万人くらいになります。つまり三万五千人を侵攻軍にした、ということは残りの五千人で業務を回さなくてはいけないわけですから、うん、大変ですね(笑)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ