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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
177/310

大戦佳境・二幕開演

 ヤシュニナ歴7月15日、シドは港湾区に来ていた。港には大型のガレー船が停泊しており、出航のための積荷をしている真っ最中だった。


 周りが忙しそうに荷運びに精を出している中、シドは深くボロを纏った女性、ファム・ファレルと呑気に机まで並べてティータイムに興じていた。もっとも、席に座っているのは彼ら二人だけではなくもう一人おり、そちらは脇に控えている執事にあれやこれやと注文している真っ最中だった。


 「えーっと、このクリームがたっぷり乗っているお菓子をもらえませんか?あと砂糖をたっぷりコーヒーに入れてください」


 およそ船着場には似つかわしくない艶やかな衣装と7月の晴天にはそぐわない厚手のコートを羽織っている彼女はひとしきり注文を終えたところで、コーヒーを無糖で飲んでいる二人の肩をちょんとつついた。


 なんですか、とシドが首を傾けると、彼女はシドに色々と質問を投げかけた。あの船に付いている衝角の形状はなんでああなっているのか、とか、ヤシュニナはあったかいですね、といった他愛のない質問だったり、感想だったりが彼女の口から湯水のようにあふれてくる。そうですねー、とか、それはですねー、とシドが適当に返していると、彼女が待っていた料理が運ばれてきて、彼女はその思わず吐き気を覚えるくらいに甘味がたっぷりと乗ったパンケーキにフォークを突き刺して食べ始めた。


 「懐かれているわね」

 「光栄なことにね。おかげで仕事がひとつ増えた」


 「あら、ご不満?ロイヤルファミリーのエスコート兼ガイド役なんて名誉なことじゃない。イギリス王室とかだったら叙勲ものよ?」

 「ここイギリスじゃないんだよねぇ。ていうか、ロサの王室に叙勲制度なんてあんの?」


 「——叙勲ですか?父に頼めば山のように勲章を送ってきますよ?」


 声がした方に視線を移すと、ものの十数秒で彼女はたっぷりとクリームとかメレンゲが乗っかった糖分爆弾を平らげていた。その上、砂糖がバカみたいに入ったコーヒーを一息で飲んでしまうのだ。絶対に頭がおかしい。


 呆れてものも言えないシドに彼女はやんわりほんわかとした人懐っこい笑顔を浮かべた。それに対してシドではなくファムがくすりと声を漏らした。


 「シド、もらえるものはもらっておいたらどう?」

 「勲章なんて馬車賃代わりにしかならんよ。あぁ、自国で威張る道具には使えるか」


 「才氏(アイゼット)シド。それは著しい偏見というものです。我が国において叙勲とは名誉はもちろんありますが、国家に尽くす臣という証明でもあります。きっと威張る必要もなく、周りはちやほやしてくれますよ」


 こともなげに言っているが、つまりロサ公国で叙勲されるということは「国家の奴隷にしますよ☆」ということではないか。それを隠すつもりもなく他国に誇示する彼女の豪胆さに舌を巻くのと同時に、呆れてもした。


 久方ぶりの他国の人間との付き合いに頭痛を覚えたようにシドはうずくまった。大丈夫、と気遣ってくるファムに対してもあー、とか、うー、とかしか返さない。


 「議氏(エルゼット)ファム、才氏シドはどうしてしまったんですか?」

 「久方ぶりに毒を吐く人間に会って頭が痛いそうです。あと、ああも甘味をむさぼる方を見るのが……初めてだったのでしょうね」


 「我が国は凍土の国ですから。こういった甘味を国本にもって行けば、皆食いつくと思いますよ?」

 「でしたら、次の外交船には保存が効きやすい甘味の類も積みましょう。他に何か欲しいものはおありで?」


 「童話などを少々、我が国は娯楽が少ないもので」


 少女の言葉の端々に感じる嫌な言葉選びにファムはもとより、シドも盛大なため息を吐いた、つまり彼女が言いたいのはこういうことだ。「情報いっぱい欲しいなぁ」だ。


 こうも厚顔無恥に同盟国相手に情報の無心をしてくる人間も珍しい。花でも愛でていそうな朗らかな少女の口から漏れていたのは萌芽ではなく、ラフレシアのごとき激臭だったわけだ。


 「さて、と。それでは皇太女殿下。そろそろ船に乗らねばなりません。お話、とても楽しかったです」


 席を立ち船に乗船する前、ファムはローブの中から一枚の折り畳んだ紙をシドに手渡した。それを見て、シドは首をかしげ、畳んで自分のポケットの中に入れた。


 ファムが乗船した船が港を離れると、すぐにシドは踵を返して港湾区の入り口に待たせてあるソリに乗り込んだ。もちろんだが、彼が連れている麗しい皇太女殿下も同乗している。


 彼女は興味津々な様子でシドがファムから受け取った紙の中身を精査している姿を見つめていた。ほーといった感嘆符が時折、彼女の口から漏れていた。それはまるで物心がつき始めた童のようで、なんでもスポンジのように吸収していた。


 他国の人間に自分の仕事姿を見られてシドとしては嬉しいわけもない。思考を打ち切ってポケットの中に紙をしまうと、少女は心底残念そうに口をへの字に曲げた。


 「グリームヴィルゲット皇太女殿下。あまり見られても困ります。それに殿下が見られても面白くない内容ですよ?」


 「それは決めるのは私では?それとも才氏シドは私の趣味嗜好をご存知なのでしょうか?」


 「失礼しました。ですが、どうかご容赦ください。こちらにも守秘義務がございますので」

 「あら、同盟国の王女が信じられませんの?」


 「ええ、もちろん」


 間を置かずにシドは断言した。それが無礼であることは重々承知で彼は言い切った。さすがにその切り返しは予想外だったのか、それまでいたずらっ子のような甘い表情を浮かべていたグリームヴィルゲットも一千年の恋が冷めたような真顔を浮かべた。


 「同盟国とはいえ、所詮は他国です。主権を有する独立国にそうずけずけと注文を付けるものではありません。もちろん、計算した上でならば別ですが、意味もなく直上的に行動するべきではないでしょう。——時に皇太女殿下、人間の集団の最小単位をご存知でしょうか?」


 「え?ああ、家族でしょうか。最小単位とおっしゃるなら、親と自分だけの一親等でしょうか。兄弟や親戚を含めない形の」


 不意の質問にグリームヴィルゲットはやや面食らった様子で、これまでの饒舌な彼女とは打って変わってたどたどしく、シドの質問に答えた。そうですね、とシドは瞑目して彼女の答えに対して反応を示す。


 「まさしく、社会心理学においては最小単位は3と説明されました。殿下が今おっしゃったように父親、母親、そして子供です。これは自分と置き換えてもいいですが。——ですが、私としてはそれは個人をないがしろにした考えだ」


 「個人?つまり、才氏シドは集団の最小単位は個人であると?ですが集団とは複数の個人の集合体では?」


 「なぜ、個人をただ個人と定義するのか、甚だ疑問なのですがね。我々の頭の中には様々な欲求や思考が渦巻いている。仮にそっれらに人格を付与するなら、もうそれは人間と言って差し支えないのでは?」


 「極論ですよ。それは。確かに色々な欲望や思考が人間の中にあるのは認めますが、できることはひとつでしょう?一人に一度にできるのはひとつだけ。並行作業なんて言葉もありますが、あれだって基本はひとつのことに注力して、その余剰を他に向けているだけじゃないですか。100%を80%、20%に分けているだけですよ」


 グリームヴィルゲットの反論にシドはない顎髭をさする。自分の言ったことが極論であるというのは彼も認めるところだ。思考のひとつひとつに人格を付与など多重人格もいいところだ。


 それでも、やはり集団の最小単位は個人なのだ。なぜなら国家の最小単位が国民であるように、究極的には国家とは人口分の小国家たる個人の集まりなのだから。


 「——まぁ、冗談ですよ。おっしゃる通り、馬鹿げた話です。皇太女殿下がお暇なようでしたので、議論の種を提供しようと思ったのですが、どうも口下手でして。お耳汚しをしてしまいましたら、謝罪させてください」


 「いえ、才氏シド。とても有意義なお話でした。ところで、話は変わるのですが、議氏ファムが乗られていた船はどちらへ?」


 「あれ、言ってませんでしたか。彼女はこれから帝国に向かうんですよ。現地の行政機関とのすり合わせや、捕虜の扱いに関する業務を解決するには文官の氏令が一人は必要ですから」


 「なるほど。ちょっと残念です。いい話し相手になってくださると思ったのに」


 多分ファム自身は肩の荷が降りたとか思ってんだろうなー、とは絶対に口にしない。その分の皺寄せが自分にきたとかも思っちゃいけない。だってそうでもしないとこの皇太女と付き合える自身がシドにはないのだから。


 「滞在中は高級宿ですか?よろしければ私の屋敷に招待しましょうか?」

 「よろしいのですか?ではぜひにお願いします」


 よろしいわけはないのだが、手元に置いておかないと色々と面倒なことになる予感がした。そういう経験が昔、あった。心の中で盛大にため息をつき、シドは陰鬱そうに蒼穹をただよう雲を眺めていた。


 「では、いろいろとご教授お願いしますね、先生(ユッチェル)!」

 「……まーじかー」



 大層な呼び名のせいでさらに陰鬱レベルが上昇した。


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