エッサーラ平原の戦いⅡ
「では僕から陣容について説明するよー」
そう言ってフーマンは戦場として設定したエッサーラ平原の地図を広げた。これといった特徴のない閑散とした平原、ところどころになだらかな丘があるが、それも決定的な要地とは言えない高さだ。まさに軍の自力が試されるシンプルな地形と言える。
攻めるにしても守るにしても数がなければ始まらない。だが慣れた手つきでフーマンが置いていく駒の数を見て、本陣に集められた各武官の顔色は悪くなっていった。
「軍令フーマン。大変申し上げにくいのですが、勝ち目があるのでしょうか?」
現在並べられた反乱鎮圧軍の数は途中で通った州から兵を接収して約4万2000。その内二万をフーマンは本陣に配置し、残った二万二千を右翼一万五千、左翼七千に分けた。明らかに左翼が手薄な配置になっているが、声をあげた武官の懸念はそこではなかった。
彼の視線は敵、亜人連合軍側へと向いていた。軍を中央、右翼、左翼の三つにわけず横陣を形成し、鎮座する形で布陣していた。その数は目算で10万。種族的特徴、体格は個々様々だがただ全身するだけで目の前のヤシュニナ軍を圧殺できてしまう圧倒的な数だ。
「まともに戦えば兵の練度で勝っていても勝てないだろうね。そもそも戦っていうのは少数でやるもんじゃないからねぇ。最低でも相手と同数の兵を用意しなきゃ勝てないよ」
この世界では明確にレベルという形で強さの基準が示されているが、それを補うにあまりある数はやはり偉大だ。現在のヤシュニナ軍の平均レベルは27。対して亜人連合軍の平均レベルは21だ。たった6のレベル差など10万という数は圧倒することは疑いない。
「だから僕らは戦わない。全力で足止め、というか時間稼ぎをする」
「持久戦を行われる、と?確かに我々よりも数で勝る以上向こう側の方がよく食べ、よく排便しますが、こちらは圧倒的に数で劣っていて、2日耐えられるかもわからんのですよ?」
「ま、そうだね。だから奇策に走るんだよ」
ニカっと犬歯を剥き出しにして笑い、フーマンは左翼の駒をまず動かした。そして他方の駒を動かしていく。
「——これって俺のところの損耗が洒落になりませんが?」
「だから騎馬を優先して軍令イルカイのとこに置いてるでしょ?対してリドル君と僕のところは騎兵は一千ずつしかいない。つまり最初っから君のところ以外は守りの姿勢に入るってわけ」
「あからさまに守りが弱ぇって気づいた時から嫌な予感してましたよ。こりゃ過労死待ったなしだ」
「頑張ってくれよ、軍令イルカイ。僕らの明日は君の頑張りにかかっているんだ」
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「たった四万ぽっちの兵で俺らを止める気か?」
ヤシュニナ軍の向かい側、平原の中で一際小高い丘の上でオーク族の族長、ダナイはおままごとのような隊列を眺めていた。十万の暴力がぶつかれば飛んでいってしまうかのようなちっぽけな戦力、城か砦があれば話は別だったがあいにくとここは平原だ。
数こそ物を言う。
「ダナイ、ここにいたか」
彼の背後から声がし、目を向けてみると巨大な銀狼が立っていた。ワーグ族の族長、ディンだ。金色の瞳を照り輝かせ、ディンもまた布陣していくヤシュニナ軍を眺めていた。
「あの程度の数、オーク狼兵団で一撃のもと粉砕できよう。連中、騎兵はさほど連れてきていないようだしな」
ディンの言葉にダナイが頷いた。だがすぐに彼は首を振った。
「あいにくと先鋒はデヤン、ディンバー、ウーグに譲ってしまっただろう?俺らは第二陣。まずはヤシュニナのクズどもと第一陣を潰し合わせる」
「仲間だろう?」
「利害関係の付き合いってやつだよ」
すでに名前を挙げた三人の族長は自分達の部族軍に入ってしまったためダナイは人目もはばからずそれなりの大声でそう言った。冷たいかもしれないが、ヤシュニナを仮に潰したとて全ての部族が楽園を手に入れる保証はない。必ずどこかで話し合いが決裂する。その時にどれだけ多くの兵を残せるかが肝だ。
「第一陣の数は全体の四割、四万の大軍だ。そいつを一気にぶつけ連中の力量を測らせてもらうとしよう」
「——ダナイ様、ゴブリン族族長デヤン、オーガ族族長ディンバー、トロル族族長ウーグの三名より、攻撃体勢が整った、と報告が上がりました」
「ではすぐに攻撃させろ。雪崩を打って、ヤシュニナの雑魚共を飲み干せ、と」
彼の命令が下ると同時に本陣に設けられたドラが鳴る。大地のいななきとも形容されるそのドラがなると同時に前線で怒号が生じ、四万の亜人軍、否十軍が我先にと隊列も組まず一斉にヤシュニナ軍へと迫った。だが、
「「光盾!」」
突撃した亜人のことごとくを謎の光の壁が弾き返した。
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