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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
169/310

大戦佳境・序幕開演

 シオンの号令に呼応して、第一陣の煙熾しの(モーヤ・フレンツェ・)軍令(ジェルガ)イルカイの軍が前進を開始した。騎馬五千、歩兵八千の占めて一万二千の軍団がゆっくりと前進を開始すると、途端に大地が地鳴りを始め、軍靴の響きが周囲へと響き渡った。


 イルカイの軍は歩兵を前列に置き、その背後を騎兵が固めている極めてオーソドックスな布陣のまま、前進を続け、壁上からの射程距離ギリギリの地点で兵達は停止する。前列の歩兵達が手に握るのは槍、そして梯子だ。長さにして20メートルほど、とても城壁に届くような高さではない。


 城壁の高さは40メートル、大陸東岸部を見渡しても、これ以上の高さの城壁は聖都にすら存在しない。過剰なまでの外敵に対する恐怖が、帝国にここまでの高さの城壁を築き上げさせた。それをさらに奥に二つも作り上げるなど、およそ病的とも言える夷狄に対するアレルギー気質と言える。


 白亜の城壁の頂上を眺めながら、イルカイは彼らのあまりの潔癖症振りを鼻で笑った。ポリス・カリアスが築かれて早50年、聖都以上の城壁を築き上げるほどこの地を重視している証左とも言える城壁は、今や彼らを閉じ込めるだけの牢獄と成り果てた。


 跳ね橋はすべて上げられ、夜は深い水堀が底なしの峡谷のように見え、それが自分達を囲んでいるように見えるだろう。篝火などなんの気休めにもならないほど深い闇なのだから、牢獄とはかくあるべし、という証左に他ならない。夜はすべてを大い隠し、醜悪な本性を露呈させないのだ。


 そんな牢獄の壁破りを外からやるのだ。単純なやり方では壁越えなどできはしない。


 「梯子の用意を始めろ。騎兵隊は攻撃の準備にかかれ」

 「はいさー、ほいさー。って、おい軍令(ジェルガ)!あんたも出る気?」

 「なぁーんだ、ミルハ。心配してんのか?」


 「たりめぇだろ、ダボが。あんたはこの軍のトップなんだぞ?それが矢面にたつんじゃぁねぇよ!」


 副官である白月面の(カーナ・ハルナ・)将軍(シャーオ)ミルハを軽くあしらい、イルカイは笑顔のままに大鉈を担いで騎馬の列に加わった。不承不承といった様子でミルハはその跡に続き、歩兵の盾の影に隠れる形でちゃくちゃくと行われている準備を見守った。


 梯子などなんたる詭弁か。それに当てはまる言葉がなかっただけだろうに。はるか頭上の帝国兵はヤシュニナの兵士が何をしているかわからない。まるで土木工事をしているかのように見えたのだろう。


 準備の終わりの報告を部下から受け、イルカイは鷹揚に頷いた。


 「——やろぉども、いよいよだぁ、いよいよだぞ!笑え、おら、笑え!」

 「ぉおおおおおおおお!!!!!!!」


 「笑えよ、ほら、笑え!山越えだ、壁越えだ、谷越えだぁ!」

 「ぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 「それ」目掛けてイルカイを先頭に騎馬達は走り出す。竜馬の腹を蹴り、手綱を握って数千の騎馬が駆け出した。


 彼らが目指す先にあるのは「カタパルト」と呼ばれる滑り台のような置き物だ。ポリス・カリアス側から郊外にかけて傾斜があり、それはただの傾斜ではなく、滑り止め用の置き板がある鋼の傾斜板だ。彼らはカタパルトの上を疾駆し、そして勢いよく飛び上がった。


 巨大な竜馬は白亜の城壁目掛けて駆け、そして飛んだのだ。それも一体や二体ではない。二十、三十、百、二百、そして千とさながらよく絞り、よく引かれた弓矢のごとく無数の騎馬が飛び、彼らの駆る竜馬はその鋭い爪を白亜の城壁に突き立て、着地と同時にもう駆け始めていた。


 城壁の壁面を傷つけ、疾風のごとく駆け上がる騎兵達めがけて、やや遅れて壁上の弓兵達が矢の掃射を開始した。彼らの意識が璧下へ向けられると、その頭蓋を鏃が射抜いた。壁下に並べられた弓兵達による援護射撃だ。壁上の帝国兵達がヤシュニナ騎兵の予想外の跳躍に驚いている中、射程内に移動していたのだ。


 「はぁ!!」


 援護射撃を受け、イルカイ達は前進した。落ちていく味方には目もくれず、彼らはひたすらに前進した。打ち込まれる弓矢を盾で防ぎ、手綱を離さずに人間には決して不可能な垂直疾駆を可能にする。何より、竜馬のその硬質な鱗は鏃を弾き、そもそも人ではない種族の兵士は鎧に頼らない固い皮膚を有していることもあるので、弓矢を通さない。


 種族的優位。それこそがヤシュニナ軍における最大の長所と言える。例えば獣人種は一般的な人間種をはるかに凌駕する身体能力を有している。筋力、脚力は言うに及ばず、獣人特有の生物的特徴から来る固有能力の類などは、牙も爪も尾も鱗も持たない人間にはできない芸当を可能にする。獣人種の他にも生来、硬質な皮膚を有している種族は多く存在している。それが鎧を纏い、武器を持ち、統率されて動いている、というのは守り手側からすれば悪夢に違いない。


 ぐんぐんと登ってくるヤシュニナ軍にあびせられる矢は時に折れ、時に刺さり、時に掠め、時に掴み取られた。刺さる、掠めると言っても用意していた盾に刺さる、盾を掠めるといったことがほとんどで、竜馬の強靭な四脚は長弓から放たれた矢を受けた時の衝撃を物ともせずににガッガッと城壁を崩しながら進み続けた。


 壁上の弓兵らが必死の形相で人差し指と中指を痛めている原因はヤシュニナ軍以外にもある。彼らの真下、つまるところの足場の下にある鼠返し、それがある種の遮蔽物となって近づかれると矢を正面から射ることができず、側面から射つしかない。落下による運動エネルギーの乗算もない矢など硬質な皮膚を持つ亜人には通用しない。


 よしんば亜人でなくとも40メートル程度の遮蔽物もない白亜の城壁という断崖竜馬を用いれば登り切ることは容易い。彼らが城壁を登り切り、壁上に躍り出るまで、さしたる時間はかからなかった。20メートルの滑走路から飛び上がり、40メートルの城壁を数千の騎兵が走破したのだ。


 壁上に着地した騎兵達は弓兵を蹂躙し、陣形も整っていない槍兵達を容赦無く、踏み潰した。上に乗っている兵士だけではなく、竜馬もまた帝国兵には脅威となっていた。彼らの爪と牙が容赦無く帝国兵の脇腹を裂き、首元に噛みついた。


 元より狭い空間だ。それを埋め尽くさんばかりだった兵士達の中に唐突に放り投げられた巨大な質量体が彼らを踏み潰し、そして喰らい尽くした。逃げ場などなく、階段を登って救援に駆けつけてきた帝国兵は逆走してくる味方の兵士に押しつぶされ、さらに彼らの背後から迫っていたヤシュニナ騎兵の追撃を受け、ことごとくが凄惨な末路を辿った。


 「ぎゃははははははあはっはははははは!!!!!!!いいぜ、いいね、いいじゃねぇか!さいっこうだぜ、おい!」


 大鉈を振るい、次々と帝国兵の首を刈っていくイルカイは凶笑を浮かべていた。彼の背後で弓構え、矢をつがえるミルハが盛大にため息をついていることを他所に、大きな塊を見つけると、その中に勇んで突撃していった。


 壁上にいた帝国兵は実に五千人。壁の下にいた予備兵も合わせれば一万の大軍だ。しかし彼らはまともな戦闘らしい戦闘もできぬまま、半刻とたたずに敗走した。多くは壁上から落とされ、あるいは竜馬に踏みつけられて絶命した。総司令官であるシオンが命令した通りに、白亜の城壁は鮮血で染められたのだ。


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