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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
162/310

断章——リリウスは笑わないⅡ

 あらすじ。


 時代は本編より175年前、まだプレイヤーという存在がずっと身近だった頃、大手レギオン「七咎雑技団」に所属しているプレイヤー、トーチロッド・イクエイターはパーティー・メンバーのキース、焞一郎、マダム・フィッツジェラルド、コーギー、四蒼と共に日々を謳歌していた。


 これは一人のプレイヤーの自分語り。武勇伝とは名ばかりの人生最高の幸福の時間の物語である。

 レギオンホームを出て大体3日で、俺のパーティーはファンゴルンの大樹海に到着した。道中、悪性レギオン(ノーマ)の残党による襲撃を受けたりしたが、所詮は5年前の残党、リストにも載っていない雑魚でしかない。曲がりなりにも「七咎雑技団」に属している俺達6人の敵ではなかった。


 悪性レギオンというのは有体に言えば、プレイヤー以外にも手を出した、言い換えればこの世の秩序を破壊しようとしたプレイヤー集団だ。まるでこの世界の支配者かのように勘違いした奴らは大陸の東南部にあるとある小国を陥落させ、「七咎雑技団」をはじめとする一般的なレギオンに危機感を抱かせた。


 俺の冒険譚の本筋には関係ないから、別に詳しくは説明はしないが、まぁとにかく碌でもない集団だったってことは言っておこう。プレイヤー史に深く名前を刻むくらいには有名で、悪辣な集団だったんだ。


 そんな奴らの襲撃を退けて、いざ入ってみたファンゴルンの大樹海は無数の大樹が延々と生えている巨大な巨大なフィールドだ。フィールドは大きく三つのエリアに分かれていて、外側から順に零域、愁域、冠域と呼ばれている。言うまでもないが、樹海の中心部に近づくに連れて、フィールドの難易度は上がっていく。俺のパーティーでも愁域までならどうにか行けるだろうが、冠域は無理だ。あそこは本当の意味で地獄だ。


 そもそも、一番難易度が低いはずの零域でもバカみたいに広い。聞いた話では零域の広さは日本(ジャパン)と同じくらいなのだとか。いや、ジャパンがどれくらいの大きさなのかは知らないが。


 広さはもちろんだが、難易度最低ランクとはいえ、出現するモンスターのレベルは80から120と振れ幅が大きい。俺ら6人のいずれもレベル120に到達していないのだから、きっと一人だったら零域ですらおっかなびっくりなことだろう。


 さて、それはさておき。今回の俺達のクエストは「キノコ採取」だ。薬効があるキノコで、ファンゴルンの大樹海にしか群生していない特別なキノコなのだとか。形状が特殊だから一目でわかる、と依頼書には挿絵付きで書いてあった。挿絵を見ると、なるほど特徴的なキノコだ。カサ部分は頭頂から下部にかけて赤と白の波打ったしましま模様が広がっていて、茎の部分が刺々しい。冬虫夏草のようなもので、樹海内の小型から中型の生物に寄生しているらしく、大抵は死骸とセットで見つかる、とも書いてある。いや、普通に嫌なのだが。


 「おーい、トーチ。どうだぁー?」


 ちょっと離れた場所にある倒れた大木の上からキースが聞いてくる。探索能力がないからキースの役割は周囲を警戒することくらいしかない。要するに暇なのだろう。なので、まーだだよ、と返すと、ちぇー、と返しやがった。こっちだってちぇーさ。何が悲しくてうさぎだのネズミだの、イノシシだのの死骸を探さなくてはならんのだ。クエストだから?はい、そうですね。


 鉈を使って樹海を切り進んでいくわけだが、こうも鬱蒼と茂った森の中を進んでいると、自分がいかに矮小な存在かが突きつけられてなんだかムカムカする。樹木ひとつをとっても、俺の手の何倍もある苔の大群に覆われていて、太陽の明かりがわずかにしか通らないこの場所はさながら緑の檻のようで、この上なく抑圧されたような気分にさせられた。


 さらに追い討ちをかけるようにフィトンチッドの匂いが俺の鼻を刺す。種族が種族なだけに、それによる弊害なのだろうが、かつては楽しめた森林浴が今は不快になるだなんて、つくづくこのゲームはリアルに作られてすぎやしないか。おかげさまで俺もコーギーも自慢の嗅覚がまるで使えない。樹木の香りが濃すぎるというのも問題だ。


 「ん?おい、トーチ!あれって、それじゃねぇか?」


 木々の芳雅に辟易し始めた頃、突然焞一郎(ジュンイチロー)が声を上げた。振り返ると彼がとある方向を指差していた。忙しく首をその方向に向けてみると、赤と白が混じった丸っこい物体が見えた。急いで駆け寄ってみると、確かに依頼書の挿絵に描かれていたものと同じキノコだった。熊に似た生物の背中を食い破る形で複数のキノコがさながらしめじの様に生えていた。


 初見だとうぇへぇとなるかなりグロテスクな外見だ。熊は、いやゴア・ベアーは瞳孔が近くの毛皮が裂けて、筋肉が見えるほどに開かれ、白色の体液がだらだらとこぼれ落ちていた。抜け毛が多く、爪は年老いた老人のようにボロボロにひび割れている。しかし個体の大きさからして人間の年齢で言うなら20代くらいだから、その以上に老化した外見は間違いなく背骨を突き破って生えているキノコが原因だろう。


 「採取には気をつけろよ?」


 警告をしてくれる焞一郎にわかっている、と返すとアイテムバッグから防菌手袋とマスク、万が一のための解毒剤を取り出してそれぞれを装備した。すでに手に持っていた鉈を使って茎に向かって刃を走らせると、思いの外簡単にキノコはゴア・ベアーの背中から取れた。取れる時にまるで空気砲のようにポンと跳ねた。それを掴み取って、用意しておいた麻袋の中へと放り込む。依頼内容はこの麻袋満タンになるくらいのキノコの採取だから、今、ようやく底が薄灰色から赤と白に変わったくらいだろうか。


 このキノコ、ナミギワザシュの群生地でもあれば良かったのだが、あいにくと死骸にしか生えない性質上、そう易々とは見つけられない。ましてここはファンゴルンの大樹海だ。採取作業や探索を行うだけでも神経をすり減らすほど過酷なフィールドだ。俺達のような死んでも死なないプレイヤーに採取依頼を任せるのは至極当然の話だが、それはそれとしてやっぱり、だるい。疲れる。飽きる。


 ——いや、この話はよそう。多分だが、愚痴をこぼし始めたら、延々と探索中の嫌な話題が出てきそうだ。閑話休題。


 探索が3日目に入ると、麻袋も大分パンパンになってきて、もう少しで満タンかな、というところまできた。長い間のキャンプ生活で全員かなり疲れが溜まっているのか、3日目にもなると、見張り役のキースと四蒼(スーラン)はあくびまじりになっていた。かく言う俺もちょっとだけ気が緩んでいたのだと思う。ファンゴルンの大樹海にいるとはいえ、敵性モンスターはなるべく避けて行動していたから、戦闘らしい戦闘は起こっていない。たまに食料確保のため、ファング・ボアやキゥイを狩ることがあるくらいだ。


 その日も樹海の中をアテもなく、散策していた。鉈で障害になる枝木を断ち、見晴らしを良くするために高い枝に登ったりなんかだ。森の中は驚くほどに静かで、まるで自分達以外には何者も存在しないかのような薄気味悪さを感じた。日々、都会の雑踏に揉まれている人からすれば信じられないかもしれないが、木々の間を伝う音が風ばかりのあの静寂は群衆の中に放り込まれるよりも一層の不気味さと耐え難い心痛を覚えるのだ。


 なぜなら静寂の中にあって常にこちらを見つめている、監視しているような感覚を覚えたからだ。2日目くらいになってその感覚が来る所以を俺は知った。なんということはない。文字通り、本当に俺達は監視されていたのだ。他ならぬ敵性モンスター達に。


 野生のヒグマやライオン、チンパンジーが人間を見ても警戒してなかなか襲ってこない現象と同じだ。彼らにすれば俺達はよくわからないもので、きっと怖いものなのだろう。こちらに干渉しないのならそれで良し。絶えず付かず離れずの距離を保って俺達を見定めているのだ。樹葉の中から、あるいは遠く離れた大樹のうろから、倒れた大木の真上から、はるか上空の彼方から、彼らは俺らを見つめていた。


 その均衡が破られたのが3日目だ。きっかけはほんの些細なことで、焞一郎の「あ」という声だった。別に大きな声でもなく、なんだろう、と俺は彼が指差した方向に目を向けた。


 よく目を凝らすと、二本の樹木の間に誰かが倒れていた。距離にして二百メートルくらいだろうか。すぐにパーティーメンバー全員に臨戦体制を取らせた上で俺は倒れている人物に近づいた。


 倒れている人物に近づくに連れて、森の匂いとは異なる、錆びた鉄の匂いと腐臭が鼻腔をすり抜けた。それはかつて嗅いだことのある匂いだ。死体そのものから放たれる非常に不愉快な匂いだ。嫌な予感がして、足早にその人物に俺は近づいた。


 そいつは、肌がとても白かった。それは色白だったとかいうわけではなく、肌から色素が抜けているという意味で白かった。アルビノ、だなんて現実世界じゃそいつみたいな肌色のやつを言ったかもしれない。この世界だとアービノンという。ただ肌が白いだけではなく、瞳が赤く濁り、体構造は徐々に徐々に脆くなっていくという厄介な先天性の病だ。


 見た目は多分10代前半ぐらいの少年だ。筋肉の衰えもそれほど顕著ではない年頃だ。体を見る限り無数の傷が目立つ。何よりも目を引いたのが彼の足首に付けられた足枷だ。普通の人間がファッションで付けているにしてはあまりにも無骨すぎるし、趣味が悪すぎる代物だ。


 「おーい、トーチ。どうしたんだー」


 反応がない俺を心配してか、興味本位かパーティーメンバーがぞろぞろと集まってくる。彼らは少年の周りに集まると、それぞれがそれぞれなりに不快感を覚えたようで、眉を寄せたり、目を背けたりした。


 「どうする?」

 「いやどうするって言われても。保護は必要、ですよね?」


 「そうねぇ。まぁ、ありっちゃありかしらねぇ」


 思い思いの意見を吐露していく中、少年はゴホゴホと咳き込み始めた。気管が裂けたのか、喀血もした。俺とかキースが驚いている中、焞一郎がおずおずと前に出てアイテムバッグから回復アイテムを取り出し、少年の喉付近に指に付けた軟膏を塗った。


 それで多少はマシになったのか、少年は息を吹き返したように落ち着きを取り戻し、きょろきょろと周りを見始めた。彼はしばらく、俺達の顔を見ていたが、やがて何が怖かったのか、大粒の涙を流して泣き始めてしまった。


 「おい、なんで泣くんだ!?」

 「焞一郎の顔が怖かったんだろ?」

 「ばっかやろう、それならマダムの方が、がががががが」


 「おい、殺すぞ、クソ犬」

 「先輩落ち着いてください!」


 おろおろとした様子で互いに罪をなすりつける様は今に思えばかなり情けなかったと思う。それくらいの良心は殺戮(アンチ・エコロジック)集団(・テロリスト)にもあったのだろう。


 その様子の俺達を見て、次第に少年は泣き止み、そのことに俺達も安堵した。そのが多くて済まない。「その」なんてあやふやな指示語は使うべきではなかったのだろうし、連呼するべきでもないのだろうが、ここは使った方がわかりやすいから、敢えて使わせてもらう。


 どうにかして少年を泣き止ませた俺達は改めて彼の体を改めた。頬にやや深い傷があって、先ほど喀血したからか、喉は若干腫れていた。二の腕、大腿部には歪んだアザが見え、前腕部には足首と同じように足枷が付けられていたのだろう、手首の部分が他とくらべて細かった。。衣服はさながら旧時代の手術衣のようなワンピース、一応確かめたが、パンツは履いていたし、皮も被っていた。使われた痕跡もなかった。


 察するに成長していく長い時間、体を拘束されていたはずだ。筋肉の付き具合からしてもそれが同年代の子供と比べて明らかに少ないことは俺にもわかった。兎角色々と駄弁と多弁を雄弁に語ってきたわけだが、要するにこんな少年がどうしてファンゴルンの大樹海なんていう鬱蒼とした死地をさまよっていたのか、それが謎なのだった。


 彼の様子から察するに、今までの人生で一度として全力で走る、舗装されていない道を裸足で走る、下痢で肛門が腫れる、なんてことは味わったことなどないのだろう。肛門には僅かにだが赤痢の兆候も見られた。


 「うん、やっぱり見捨てるのは気が引けるな」


 焞一郎がそんなことを言った。直前に俺のことを見ていたから、俺の顔色からそう言ったのかもしれない。他のメンバーもしゃーなしとばかりに同意してくれた。唯一、キースだけが若干不服そうだったが、渋々首肯してくれた。


 幸い、採取依頼を受けたキノコはもうほぼほぼ集めきっている。帰還しても問題はないだろう。そう判断して、キャンプ地に戻るとした。


 ——まさしくその時だった。


 赤色のダートのようなものが俺達を背後から襲った。


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