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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
155/310

大戦有情

 ヤシュニナ、そして四邦国のある大地、グリムファレゴン島の面積は実に250平方キロメートルをほこる。大部分は平野であり、北側に行くにつれて丘陵をはじめとした起伏の多い大地が目立ち始め、霧の大連山まで至ると、見渡す限りが草木ひとつ見当たらない岩山ばかりとなる。


 グリムファレゴン島はその広大さゆえに多様な生物が住んでいる。それは地底を這うジャイアントワームやはるかな大連山から来襲する(ワイバーン)悪狼(ワーグ)すら裸足で逃げる神狼(レグリエナ)の末子達を筆頭に、人馬を喰らう嬲り狼(クルースニク)、枝喰らいの大鹿であるエルク、土地喰らいの獣ロックイーターなどなど、いずれも鋭い牙と雄々しい体躯を持ち、無慈悲にして狡猾なる捕食者達が島の大地を我が物顔で席巻していた。ヤシュニナが建国される以前、まだ少数の民族、部族による小さなコミュニティしかなかった頃、峻厳なるグリムファレゴン島の環境は「人」にとって過酷と言わざるを得ない環境だった。


 「人」の体は矮小で、短小で、脆弱で、虚弱だ。人であれば牙がなく、ゴブリンであれば背丈がなく、オークであれば無頼がなく、エルフであれば思慮がない。彼らが捕食者よりも上回るのは唯一、数であるが、その数すらも覆す圧倒的な個を前にしてはもう逃げることしかできない。


 その時に「人」の多くが頼ったのが竜馬だ。雪中、泥中問わず、俊足によって人々を乗せて大地を駆ける竜の顎と馬の脚力を持ったグリムファレゴン島の固有種。馬よりも気性が荒く、快速性に優れ、寿命も長く、何よりその口腔に隠した鋭い牙は武器にもなる。


 グリムファレゴン島の過酷な環境を生き延びるため、「人」は竜馬の飼育に全力を注ぎ、またそれを自在に操る乗馬術を獲得するに至った。平和となった今でもその広大な大地を疾走するため、竜狩り(ドラグ・イェーガン)のためにまとまった数を飼育しているのはそういった歴史的背景ゆえだ。


 つまり何が言いたいのかと言うと、ヤシュニナ及び四邦国が建国されるはるか以前のグリムファレゴン島は竜馬を駆る人間達であふれていたということだ。彼らはその乗馬術を用いて全力で捕食者から逃げ、ある時は巧みな罠に嵌めて勲しを立てた。都市部に定住する「人」が増えた今でも郊外では自前で飼育した竜馬を駆る人間がいるほどに、竜馬とはこの国、この土地に根付いた隣人なのである。


 ——クターノ王国とアスカラ=オルト帝国の国境線に設けられた要塞都市シュガ。その郊外に同国のものとは衣装が異なる異国の軍隊が布陣していた。


 長槍を天高く構える歩兵とその前列で騎馬を宥める騎兵。前者が2万、後者が1万5千の計3万5千というクターノ王国の歴史上、なかなかお目にかかったことのない大群勢を前にして、都市の壁上からその光景を見つめるクターノ王国の将兵達は緊張から唾を飲んだ。


 平原に居並ぶ彼らが掲げているのはヤシュニナの国旗「神狼と蹄鉄そして剣と槍」だ。まさしくヤシュニナという国家を象徴するにふさわしく雄々しいシンボルマークだ。


 彼ら、ヤシュニナ軍の精鋭とも言うべき騎兵と歩兵のさらに前列には黒髪の美丈夫が、その左右に鹿人と刺々しい仮面を被った男がそれぞれ竜馬に騎乗して地平線上を睨んでいた。さらに各所へ意識を向ければヤシの葉に似た奇抜な頭髪で、大鉈を背負った大男とそれに追従する小柄な少年の姿が、鉄の義手をつけた狐人とその左右に同じ仮面を被った珍妙な格好の二人が見える。


 出立も異国風ならば、種族もてんでバラバラだ。居並ぶ騎兵、歩兵も体格はさまざまで三メートルを超える体躯の兵士もいれば、そもそも二足歩行ではないものもいる。まさしく十人十色。百景とも形容すべき多種多様な種族による混成軍隊であるヤシュニナ軍は、クターノ王国の将兵達から見れば奇抜で、不気味、奇怪なもののけの百鬼夜行のように見えたことだろう。


 緊張と恐怖で落ち着いていられない彼らを代表し、城壁の中から荘厳な鎧を纏った男が一騎、城門を開け放って黒髪の美丈夫の前へと走っていった。シュガの防衛責任者であるラン・ラザロフ将軍だ。


 「ラン・ラザロフである。貴殿がヤシュニナ軍遠征軍第一陣総指揮官である埋伏の軍令(マイラ・ジェルガ)シオンに相違ないか!」


 下馬するランに倣って、黒髪の美丈夫もといシオンとその副官二人も下馬する。ランの問いにシオンはいかにも、と低く、しかし透き通った声で応えた。


 「王陛下よりの書状の内容は承った!貴殿らの王都での活躍、まことに大義。無血にして暴動を収めたる手腕は見事と言わざるを得ず!」


 「歴戦の将たるラン・ラザロフ将軍よりのお言葉、このシオン、まこと心が震えんばかりの感激でございます」


 「であるからして、貴殿らの補給を担う任、謹んでお受けしよう。我らが貴殿らの後衛となり、その前進を支えようではないか!」


 「まことにありがとうございます。して、敵状は如何に?」


 シオンの問いにランは顎をしゃくる。その方向には無人の草原が地平線の彼方まで広がっていた。


 「物見の報告では彼奴らは城砦に閉じこもり、籠城の姿勢を見せたという。村落すべてを巻き込んでの行動だそうだ」


 「なるほど、持久戦の構えですな」


 無人の草原、無人の民家、食糧の徴発をしたければ城を落とせ、というなんともわかりやすい構図だ。どれほどの軍隊であろうと食糧なしでは勝利しえない。そして敵はこう考えているのだ。ヤシュニナ軍は城攻めが苦手だ、と。


 「貴国に補給を依頼して正解でした。考えなしに飛び込めば我が軍は補給ができぬまま野垂れ死んでいたことでしょう」


 「貴殿らの一助になれたのならばそれでいい。——さて、ここからは私ごとなのだが」


 「はい、お聞きしましょう」


 「帝国と戦を熾し、おめおめと逃げ帰ってくる、などと言うことはないのだろうな?」


 先ほどまでの張りのある声と裏返って、低く、細い声で剛毛の将軍はひそやかにシオンに語りかける。クターノ王国と帝国の最前線を担う将軍ならではの懸念に、シオンは安堵を覚え、返答代わりに微笑を浮かべた。


 「ご安心を。絶対の策がございます」

 「ならば、よい。背後のことはお気に召されるな。存分に戦ってくだされ」


 シュガへと帰っていくランの背中を見送り、シオンら三人は竜馬の手綱を引いいて自軍の元へと戻る。そして準備万端と言わんばかりの自軍兵士達に彼らが待ち望んだ下知を下した。


 「これより、我らは帝国本土へと侵攻する。有史以来、初めてとなる試みだ。しかして安心せよ!我らは勝利する!勝利し、凱旋するのだ!」


 轟く歓声、大地が鳴動するほどの衝撃を背負い、シオンは前進を指示した。


 「全軍、出撃!」


 その日、ヤシュニナ歴154年、帝国歴532年5月20日、埋伏の軍令シオンが率いるヤシュニナ軍3万5千の軍勢が帝国領土アスカラ地方へと侵攻した。大陸東岸部の趨勢を決める戦いが始まったのだ。


✳︎

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