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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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残敵処理

 武装解除が済んだ帝国の戦艦にヤシュニナ軍、ガラムタ軍、そしてムンゾ軍の将兵が乗り込んでいく。将兵の種類は参謀級はもちろん、熟練の水夫、操舵士達だ。帝国の船が航海に耐えうるかを確認するため、乗り込んだ彼らに追随してシオンやトーカストといった指揮官級も乗船した。


 デュートラストの死、武装貴族(シュバリエ)の投降により大勢は決した。デュートラストが指揮していた艦隊の兵士はなおも抵抗を見せたが、東側に位置していた艦隊はそもそもデュートラストの死すら知らず、なす術なく撃滅され、多くが捕虜となった。


 丸腰になった帝国兵を鎖で繋ぎ、彼らは狭い船底の押し込められる。まさか自分達が虜囚になるとは思っていなかったのだろう、鎖を付けられた時の彼らは絶望に満ちた表情、陰鬱な様子でこれから自分達に起こるだろう未来を想像し、悲嘆に暮れているようにシオンには見えた。


 残る脅威となった帝国残存艦隊は東側の艦隊の残敵を回収し、北へ向かって漕ぎ出した。それでも数にして100隻を超える。依然としてヤシュニナにとって大いなる脅威だ。言わずもがな、シオンはイルカイに命令して追撃部隊を出撃させた。残数の少ない重バリスタの特殊弾頭の使用を控えていたため、そこまでの成果は出なかったが、それでも6隻以上の損害を与えた。


 「——それで?グリムファレゴン島の水夫は動かせるのか、この船を」


 イルカイからの第一報を聴き終え、トーカストにその処理を一任したシオンはくるりと思考を切り替えて操舵長に向き直る。単眼鬼(サイクロプス)である彼はゆっくりと頷き、船体を撫でる。


 「構造は私達のものとは変わりません。ただ大人数で使うことを前提としていますので、少々水夫が足りないと思われます」


 人口大国である帝国ならではの設計と言えますな、と操舵長は乾いた声で笑った。


 彼の説明を受け、シオンは別の得心がいった。操舵手を多く必要とする船ならば正確な命令の伝達も一苦労のはずだ。ヤシュニナやガラムタに代表されるガレー船のように指揮官の声が直接、操舵手に伝わるような設計ではなく、何人かを仲介する形で伝達されるほどに大きいこの船では、なるほどスペック以上に動きが緩慢になるというものだ。


 「だがこれほどの巨船だ。捕虜の移送のために使わない手はない」


 「はい、ですので重級(ゴールレーテ)で曳航するか、もしくは破損の激しい我が方の船を自沈させ操舵手を回す、くらいしか解決策はありませんな」


 だろうな、とシオンは操舵長の言葉に頷く。ムンゾ王国の補給船に捕虜を乗せることも考えたが、熟練の職業戦士と実践経験のない兵士とでは力の差が大きく、反乱など起こされたら対処できないという判断でその案は却下された。


 結果として帝国の大型戦艦を用いる、という話になったのだが、改めて間近で見てみるとやはり大きい。動きは鈍重なのだろうが、ずっしりとしたその船体は多少の海流による揺さぶり程度ではビクともしないほどの頑強さを有している。その技術をより詳しく解析できればヤシュニナの工業技術の向上に繋がるはずだ。捕虜の移送以外にもヤシュニナ国内に持ち帰りたい理由はあるのだ。


 「仕方ない。損傷のひどい重級、弩級(エファンレーテ)を沈め、必要な操舵士を船に乗せろ。自沈させる理由は、言うまでもないな?」


 シオンの問いに操舵長は深く頷いた。特に国旗や船に備え付けの装備類は綿密に処分しなくてはならない。万が一にでも海賊や帝国に回収されたらヤシュニナの信頼を落とす結果になりかねない。


 「聞き忘れたが、何隻ほど必要になる?捕虜とした帝国兵は一万人を超えるが?」


 「船底の貨物室に無理矢理押し込めば、10隻から15隻程度になりますね」


 「操舵手は、大体一隻につき、40人程度か?」


 大体は、と操舵長は頷く。一般的なヤシュニナの戦艦が20人の漕ぎ手を必要することを考えれば、その倍に匹敵する人数で一隻を動かすなど、人的資源の無駄遣いのようにシオンには感じられた。それだけ人が余っているということなのか、あるいは別の理由があって敢えて大型化したせいなのか。


 ヤシュニナやガラムタの視点で見た場合、敢えて船を大きくする必要はない。貨物船として使うならばわからないでもないが、敢えて戦闘用の船を大型化する理由がシオンには意味がわからなかった。それは操舵長も同じだったようで、まったくふざけた船です、と苦笑して見せた。


 「では、すぐに操舵手達を集めて船が動かせるようにしてくれ。いつでも発進できるようにな」


 操舵長に軽く会釈し、シオンは甲板へと上がる。甲板は血の匂い、磯の芳雅、肉のただれる匂いで溢れかえっていた。思わず鼻をつまみたくなるほどのもやっとした匂いの塊を顔面に受け、柄にもなくシオンは咳き込んだ。すでに太陽は西の空の淵へと傾き、橙色の炎穹が大空にアーチをかけていた。


 東の空からはすでに月が顔を出し、夕日に照られて赤く燃えているように見えた。陽光を浴び、真っ赤になったシオンは甲板上の腐臭から逃れようと、手すりの近くまで歩き、携帯水タバコの蓋を開ける。そんな至福の一服を楽しもうとした矢先、背後からぺったんぺったんという特徴的な足音が聞こえてきた。振り向くと、頭に包帯を巻いた恰幅のいい獣人が立っていた。それだけで瞬時に誰かがわかった。


 「軍令(ジェルガ)フーマンでしたか。どうしたのですか?」


 「いや、なに。ようやく落ち着いたかな、と思ってね」


 戦の最中にどこかしらに頭を打ったのだろう、白い包帯で頭を覆っているフーマンはふっふ、と小気味よくわらった。彼の背後には懐刀であるキキの姿もあるが、こちらはフーマン以上に重傷で、左腕を吊るしていたり、右手が包帯でぐるぐる巻きになっていた。その他にも無数の切り傷、裂傷、火傷の跡が見えるが、五体満足なのは彼がシドやリドルと同じプレイヤーだからだろう、と納得してシオンは体ごとフーマンに向き直った。


 「この度は、ご助力いただきありがとうございます」

 「いや、なぁに。ちょっとイレギュラーはあったけど、幸いと言うべきか勝ててよかったよ」


 「ええ、それはもちろん。当初の予想以上の成果も手に入れましたから、全体で見ればプラスかと」


 「デュートラスト大将軍の死と武装貴族(シュバリエ)の離反かい?」


 そうです、とシオンは頷く。


 帝国海軍の総司令官にして、帝国六大将軍が第五将、デュートラスト・ディオネーの死は二重の意味で帝国に打撃を与えた。一つは海戦の名手の喪失、もう一つは帝国における武の象徴の喪失だ。前者は今後のグリムファレゴン島侵攻を難しくし、後者はヤシュニナには帝国最強の個人に匹敵する猛者がいるぞ、という内外へのいい喧伝になった。


 また武装貴族の離反も大きい。捕虜となった彼らの話を聞く限り、この戦場に送られた武装貴族は全体の三分の一程度らしい。無論、これは配下の騎士を除いた数字で武装貴族が数千人いた、というわけではない。


 「武装貴族は今後の我々の戦略の中で決して無視できない要素でした。それがただ帝国から喪失しただけではなく、離反した、ということは人数以上の効果を我々にもたらすことでしょう」


 「確か、乗船していた武装貴族は皇帝の要請に従った者達だったね」


 「その通りです。逆を言えば残る三分の二の武装貴族は皇帝の要請を蹴った、ということです。勘がいいのか、忠義がないのかはわからないところですが」


 勘がいい武装貴族はグリムファレゴン島侵攻は無謀だと考え、皇帝の要請を蹴った。忠義がない武装貴族は言うまでもなく、従いたくないから皇帝の要請を蹴った。現在の帝国の権威が凋落していることがまざまざと見せつけられ、敵ながら同情を禁じ得ない。いっそ国柱(イルフェン)のような民族統合の象徴であれば良かったろうに、とシオンは考えずにはいられなかった。


 この残った武装貴族はどう動くか、それを注視する必要がある。皇帝に絶対の忠誠を誓った正規軍と異なり、武装貴族とは言わば傭兵、用心棒の類だ。今回の海戦の勝敗が帝国内に知らされ、あまつさえ武装貴族(同族)が離反したと知れば、どう動くか。


 「そこまで浅慮ではないでしょうが、場合によっては最悪の内部分裂を起こしますね」

 「だろうね。当初、君が大会(グリムファレゴン・)(アサイラ)で熱弁した帝国の形が大きく揺らぐんだ。はてさて、いったいいくらの金貨がドブに捨てられるのやら」


 「——それはそうと、将軍(シャーオ)キキ、デュートラスト大将軍の討伐、お見事でした。さすがは以遠の射手と言うべきでしょうか」


 「おや、まぁ。シオンちゃんもこそばゆいこと言ってくれるねぇ。ま、代償として俺の剣はこんな感じになっちまったがなぁ」


 やれやれだぜ、とキキは腰の剣を抜く。だが、そこにあったのは刀身がほとんど削られた、もはや短剣とすら言えない代物だった。刃渡り数センチのロープを切ることくらいにしか使えないだろうその折れた剣をくるくるとペン回しのように回しながらもキキはからからと笑う。


 キキの剣の筆舌につくしがたい姿にシオンは押し黙る。キキの剣、轍剣ティアリストは強力な武器ではあるが、その能力を完全に解放すると、代償として縛っていた魂が消え去り、粗悪品の剣以下の性能にまで落ち込んでしまう。能力を取り戻すにはまた一から魂を取り込まなければならないため、扱いが非常に難しいのだ。


 「デュートラストの野郎で補填しようと思ったんだが、野郎は自殺しちまったからなぁ」

 「残念でした」


 「ほんとになぁ。お前にしたって、そっちの方が都合が良かったもんなぁ」

 「口外はできませんが、そうですね」


 たらればの話をしてもしょうがない、とシオンは思考を切り替える。


 「そういえば、王バヌヌイバが随分なご活躍だったとか。珍しいこともあるものですな」

 「そうなんだよねぇ。何があったのかなぁ?」


 珍しいことも重なる者だ、と三人の将は一時の平静を分かち合った。


✳︎

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