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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
146/310

決着

 千を超える武装貴族達は今や半減している。その周りの帝国軍兵士もすでに満身創痍で、無事な人間など誰一人としていない。対照的にイルカイの配下はまだピンピンしている。


 「まだ抗うのか?」


 イルカイの隣にシオンは立つ。油断はなく、しっかりと帯剣したシオンは冷たい瞳を未だに反抗的な目を向ける武装貴族達に向けた。


 彼らはイルカイらにさんざんに痛めつけられ、あるいは陵辱され、肩で息をしていた。呼吸など満足にできない彼らを憐れむように、あるいは嘲笑するように、淡々とシオンは言葉をつむぐ。


 「理解しろ。お前達では私に勝つことはできんと。ここでお前達は死ぬのだとな」


 ちょうどその時、(エヌム)バヌヌイバの率いる中央艦隊が包囲を突破したのか、はるか彼方から空気を劈くような叫声が響いた。爆炎とそれに伴う黒色の煙が立ち上り、同じく無数の残骸が噴き上がった。


 すでに帝国艦隊は壊滅状態と言っても良い。勝利が確実だった状況を逃し、あまつさえ艦隊の一つを容易く打ち破られた状態で、未だに将も兵も健在であるヤシュニナ軍に勝てるわけがない。少なくともシオンはそう判断した。そう判断したから彼は実質的な連合艦隊の指揮官であるにも関わらず、敵の前にその身をさらした。


 「王バヌヌイバも危機を脱した。軍令(ジェルガ)フーマンであればすぐに反転し、攻勢に出るだろう。指揮系統が寸断されている貴様らはもはや蜂起した群衆に過ぎないと知れ」


 「何が言いたい?ここで我らにどうしろ、と言うのだ」

 「単純だ。お前達は負けた。敗北した将であるならば、私に降れ。必死に命乞いをして私の慈悲にすがれ。さすれば命だけは助けてやろう」


 「ふざ、ふざけるな!」


 激昂したユーゴは握っていた戦斧を振り上げようとするが、即座に間に割って入ってきたイルカイがその手の大鉈で、ユーゴの武器を打ち砕いた。まるで針を折るようにあっさりきらりと打ち砕いた。


 蹴り飛ばされ、尻餅をつくユーゴを見下ろし、シオンは続けた。


 「ふざけるな?それは何による憤りだ。私の言葉がお前達の誇りを傷つけたからか?あるいは君主に対する忠節を嘲笑ったからか?もしくは戦人に対する礼節を欠いたからか?まったく、お前達が憤るべきは私ではないと言うのに随分と声を荒げるものだ。


 はっきり言おう。お前達は捨て石にされたのだ。その力を疎んだ皇帝の意思によってな」


 「ありえるものか!」


 「そうか?いや、そうだろうな。盲信してしまった方が考えずに済むだろうからな。だが考えてみろ。お前達はどうしてここにいる?前回の侵攻ではついぞ呼ばれることがなかったお前達が今になってなぜ呼ばれる。戦力を欲していたからか?前回以上の戦力を帝国正規軍だけで賄えるのに、たかだか数千人の武装貴族(シュバリエ)などどうして欲するというのだ」


 弩級戦艦400隻だとすれば一つの戦艦に乗れる人間は500人を超える。それが400隻だとすれば単純計算で二十万人を超える。だが帝国正規軍にそれだけの兵を動かす余力などはない。この戦場にいる帝国軍の総数は良くて10万人前後だろう。前回の侵攻、つまり90年前の侵攻の際と同数だ。あるいはもうちょっと数を増やして15万人といったところか。


 15万人。それだけで現在のグリムファレゴン島の諸勢力を上回る数だ。上陸した暁には島が焦土と化すのは想像に難くない。嗚呼、と誰も彼もが嘆くほどの圧巻の蹂躙劇が繰り広げられたことだろう。


 ——しかしそれは起きなかった。なぜなら帝国艦隊は一隻も逃すことなく、この場で沈むからだ。


 「帝国皇帝アサムゥルオルトⅪ世の治世はその堅固堅牢なまでの正規軍という強大な武力によって成り立っている。彼らの忠節、忠君、忠勤の志による権威と権力こそが皇帝の懐剣たる所以だ。対してお前達はどうだ?皇帝にその武を認められた武装貴族、誇りある騎士、そう煽てられただけの他所の畑から拾ってきた刃こぼれした剣ではないか。かつての戦士の血族、末裔などと誇っても所詮、お前達はよそ者。帝国にとって毒にも薬にもならないのだよ。


 そしてよそ者は所詮よそ者。権威の象徴が権力を失った時、果たしてよそ者はどう動く?自分達に牙を剥くのでは、と考えてもおかしくはないだろう。ゆえに皇帝はお前達を侵攻軍に加えた。万が一、帝国軍が敗北した際に獅子身中の虫が体を喰まないようにな」


 しんとあたりが静まり返る。怒号が消え、誰も彼もが複雑な表情を浮かべ、今や戦闘の怒号も金音も残響と化した。


 「——ふざけるな!」


 その静寂を、あるいは平静を打ち破るようにユーゴが立ち上がり、吠えた。


 「貴様の言っていることはただの憶測、いや憶測などですらない我らの心をかき乱すための戯言、妄言、虚言の類ではないか!はっきりとした証拠もなく、我らの皇帝陛下を侮辱するなど、その舌の根引き摺り出してやろうか!」


 「ほぅ。——ほぉ?」


 冷徹に、あるいは皮肉たっぷりにシオンは応える。駄駄を捏ねる幼児を宥める大人のような、頂上からの声。それはさながら熱量に対して冷や水をかけるようなものなのかもしれない。


 「たかが、そう。たかが戯言、妄言、虚言の類でお前の心はかき乱されるのか?大した忠節だな」


 「貴様!貴様!私を、私の忠節を愚弄するのか!いや、私達の祖すら嘲笑し、あまつさえ陛下は我らを信じていないだと?そんなわけがない!陛下は私達一人一人の手をとりこうおっしゃった、『今こそ、そなたらの忠義に報いる時だ』と。我らに戦いの機会をお与えくださった皇帝陛下をそのような、そのような、小賢しき輩と一緒にするな!陛下は大陸東岸部の覇者にして西の覇者(デューン)の末裔であらせられるのだぞ!?


 ない、ない、ない!ありえない!貴様の言っていることはすべて出任せだ!私達を貴様の麾下に加えようという邪悪な算段に過ぎない!」


 「想像力が豊かなことだ。いや、自尊心が高過ぎるとそうなるのか?」


 ユーゴの怒号をシオンはばっさりと切り捨てる。まるで雑草のように根っこから切り捨てる。


 「——イルカイにすら防戦一方のお前達を私が麾下に加えたいと思う、本当にそう考えているのか?お前達程度の武の持ち主はザラにいる。超人級(アース)ですらない、これといった優れた才能の持ち主でもないお前達を私が求めるわけがないのだよ。


 わかるか?私はただ無駄な流血を抑えるために降伏しろ、と言っているに過ぎない。身の程をわきまえろ。ただただひたすらに私の慈悲にすがれ。誇りを、名誉を、忠義を私に差し出せ、ただ命一つだけをもって我が前にひれ伏せ。それがお前達に今、唯一残された道を歩むがいい。私の手を取るがいい」


 戦人が聞けば激昂するような、己の全てを差し出して命を拾えという恥辱の人生を歩むことを強制する一言。戦いに生きる武人を軽んじ、嘲笑し、あまつさえ愚弄するシオンの言葉にたまらずユーゴは怒りを露わにする。


 口からはいくらでもいくらでも罵詈雑言、シオンを糾弾する言葉がユーゴの口から吐き出される。それをシオンはやはり変わらず、ばさりと切り捨てる。駄駄を捏ねる子供に駄駄を捏ねるなとあやす親のように。空想に思いを馳せる子供に現実を突きつける無情な大人のように。


 「は、はははは。もはや、もはや言葉は不要だ!」


 痺れを切らし、ユーゴは腰の剣を抜く。彼が普段、振るう戦斧とは違うただの剣で、特別な力などなく強いて言うならばとてもよく手入れされている、というだけの安物だ。出せる限りの最高速度でユーゴはシオンの首元に迫ろうとする。


 突発的な行動だった。けれどイルカイはすでに動いていた。肩に担いでいた大鉈を振おうとしていた。明らかに自分よりも身体能力が優れた相手がすでに構えている状態で回避ができるわけもない。ユーゴはそのまま大鉈の中へと走っていく。


 後ろからはいくつもの甲冑の音が聞こえる。そして隣には彼の親友であり、良き好敵手であるアスランが立っていた。どれほどにイルカイが身体能力で優れていようと二方向からの攻撃に対応することは不可能だ。どちらかの刃は必ずシオンに当たる。


 「ぉおおおおおお!!!」


 喉が張り裂けんばかりに叫び、ユーゴはイルカイの攻撃を受けようと剣を振りかぶった。大鉈が当たれば剣ごと自分の体は真っ二つになるだろう。それでいい。その犠牲によってシオンという悪逆非道にして人の心を失った悪魔に一矢報いることができるならそれでいい。


 ズス。


 「は?」

 「ぁあ?」


 一瞬、時間が静止した。誰も彼もが動きを止めた。彼らの視線は一点に釘付けになった。


 「どうして?」


 ユーゴはゆっくりと視線を真横へ向ける。先刻まで自分の隣を並走していた黒騎士に動揺を隠せない潤んだ瞳を向けた。


 黒騎士の槍は無防備だったユーゴの脇腹を刺し貫いていた。深く貫かれた槍を引き抜かれたユーゴはがくりと崩れ落ち、胡乱げな目で黒騎士を見つめる。どうして、どうして、と疑問を隠せない様子の彼は黒騎士に唇を振るわせて問いただす。


 「お前は、お前は帝国最強の武装貴族だろ?」


 「ユーゴ、今から帝国最強の座はお前のものだ」


 黒騎士は兜の裏側でそう返した。状況が理解できないユーゴはそのつっけんどんな態度に激昂する。


 「なぜだ、アスラン。お前も陛下への」


 「俺はな、初めから帝国に対する忠節やら忠義やらなんざはどうでも良かったんだよ。俺はただ俺の武力を高く買ってくれるからあそこにいたってだけなんだ。そんな俺からすればな、ユーゴ。お前は眩し過ぎたんだ。お前ほど美しく、気高く、誇らしげに生きることは俺にはできない」


 すでに満身創痍のユーゴを黒騎士はその槍を使って吹き飛ばす。甲板の手すりまで吹き飛んだユーゴはなおも黒騎士に向かって何か言葉を吐こうとするが、それは言語化できない意味不明のうめきの羅列にしか聞こえなかった。身を翻し、黒騎士はその手に持っていた槍をシオンの足元へ放り捨てた。


 「俺達を捨て石にし、あまつさえ勝利すら叶わない斜陽の帝国にいることになんの意味がある?——軍令シオン。私、アスラン・ド・ギレムの麾下にある武装貴族三十余名、この場にて降伏いたしましょう」


 「私も、お願いします!」「我が配下もまたあなた様へ忠誠を誓いましょう」「どうか私も」


 黒騎士に追従するように他の武装貴族達も一斉に武器を捨てる。彼らが握っていた武器はすべてが甲板の上に落ち、そして一様にシオンに対して膝を屈した。


 「——いいだろう。貴殿らの降伏を受け入れよう」


 そして同時刻、包囲を突破したバヌヌイバの艦隊は即座にデュートラストの艦隊を発見し、これに向かって攻撃を開始した。

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