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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
143/310

アンダウルウェルの海戦Ⅳ

 戦争!戦争!戦争だ!


 叩き伏せられるは時代遅れの遺物、たたき伏せるは時代の最先端の産物。戦争とは畢竟、最も未来を見通し、万全を期したものが勝利する世界だ。命の奪い合いというこの上なくシンプルなルールながら、しかして奥が深い。一対一でも読み合い、探り合いが発生するのだから、況んや多体多ならばその密度は計り知れない。


 純粋な知略によって盤上の動きを読み切るも良し。当初の作戦を遂行するためにあらゆる障害を取り除くも良し。あるいは大目標だけを設定し、戦局の流れに応じて臨機応変かつ柔軟に対応するも良し。生存能力と思考力、認知力という人間の固有能力を最も活かせるもの、それが戦争だ。戦争という遊戯だ。


 ルールなどない無法の遊び場。ゆえに個の力が色濃く勝ち負けに影響する。中でも最も勝ち負けに影響するのは指揮官の個の力だ。指揮官が凡庸なら凡庸な結果しか生まないし、優秀なら鮮烈な結果を生む。盆に満ちた透明な水面に垂らした溶液が滲むように、戦場を彩るのはやはり指揮官だ。それが万の規模の戦争ともなればより多くの異色の溶液が垂れ、極彩色の輝きすら放つ。


 ——ゆえに突飛な行動、突飛な指揮、突飛な言動が指揮官の口から飛び出した日には覆水だって盆に帰る。そして戻った覆水の濁り切った形容し難い色が戦場という盆に氾濫を巻き起こすのだ。


 宝石の王(イスキエリ・エヌム)バヌヌイバの出した指示はまさしくそれだ。兵法書に一切記されていない行動は敵も味方もカオスの水底へと沈める。


 「了解(ヤー)!!」


 まず動いたのはバヌヌイバの座乗する連合艦隊の旗艦「黄金の鉞(ルゴーン・アストン)」号だ。旗艦と呼ぶだけあり、一際巨大なその船が前進を始めた時、周りの艦船も呼応して「黄金の鉞」号に続く。彼らは一路、前方で炎上している帝国艦隊の残骸へと向かっていた。


 それは狂気の沙汰とは思えない行動だった。前方で燃えている帝国船は10から20。全体の一割に満たない数だが、その巨体と巨体をとりまく業火は並の森林を炎上させてあまりあるほどの大きさだ。少しでも寄ろうものなら炎の手が伸び、船舶を炎上させるのには十分な大きさの火柱、いわんや人間など瞬く間に烈火に包まれるだろう火柱めがけてバヌヌイバは進む。それに従うことが当然とばかりにガラムタ兵らも火柱を目指した。


 狂気、まさしく狂気だ。


 バヌヌイバのあまりにも常識はずれな行動に味方であるはずのヤシュニナ兵ら、そして帝国艦隊の将兵達ですら唖然としてしまった。死中に活を求めるという戦術理論は彼らにもある。だがそれはあくまで勝利することが前提であるからして、自殺願望を叶えるための方便ではない。


 つまり、バヌヌイバの行動は彼らの目には自殺行動のように見えたのだ。王自らが臣下とともに死の行軍をするという字面だけを見れば涙で瞳を潤す美談だが、現実は狂王と狂臣らの壮大かつ滑稽な自裁劇でしかない。


 ゆえに誰もバヌヌイバの次手を計れなかった。正面の火柱めがけてバヌヌイバが重(バリスタ)の切先を向けた時、一部の人間だけがその果断な行動の理由を知った。


 「吹き飛ばせ!」


 バヌヌイバの号令と共に彼の座上する「黄金の鉞」号、そして左右の「王者の凱旋(グランデ・エヌム)」が重弩を放つ。特殊弾頭は風切り声を上げ、放物線を描いて正面の火柱、()()()()()()()()()()()()


 直後、爆発が水面の内側から起こった。その上にあった帝国艦の残骸を宙へと巻き上げ、間髪入れずにガラムタ艦隊は再び特殊弾頭を放つ。爆発、爆発、爆発が続き、正面の瓦礫をことごとく吹き飛ばしていく。その圧巻の光景はまさしく王道、自らの障害をことごとく力でねじ伏せていく覇王の所業そのものだった。


 「なんだい、あれは」


 背後の光景に呆気にとられたフーマンは素っ頓狂な声をあげた。(エヌム)自らが先頭に立って戦うなど、ムンゾやミュネルではあるまいし。よもやガラムタの文王までも先頭に立って戦う日が来ようとは思ってもみなかった。


 四邦国の諸王らは元来、我が強い。金銭を求めるものは貪欲に、戦を求めるものは凶悪に、平静を望むものは無感情になるように、何かの分野に特化しすぎていて、それ以外のことを極端に嫌うきらいがある。我の強さがそのものの才覚の表れと言えなくもないが、極端すぎる性格は災いを呼ぶ。


 そうして赤獅子は滅び、また蜻蛉は地に落ちたのだ。ならば宝石が砕けると考えるのは至極当然のことだと言える。だというのに、だというのに。


 「まったくどうして」


 ああなるのか。


 「いや、しかし」


 フーマンは歴戦の戦術家だ。戦いの流れを読むことにはもちろん長けている。そのフーマンの目から見て、バヌヌイバの突撃は十分に戦いの流れを変える行動だった。


 帝国の艦船は現在、帆をたたみオールを用いた操舵で包囲を狭めようとしている。細かい方向調整を考えればそれは妥当と言える。ヤシュニナ、ガラムタの両艦船もまた帆とオールの二つを交互に用いて操舵を行なっている。しかしその比率は明らかに異なる。ヤシュニナ、ガラムタの艦船が戦闘時はオールを用いた機敏な行動をとるのに対し、帝国艦は平時と変わらず帆を用いて進む。


 両者の違いは船体の重量にある。船全体の重量が帝国艦は明らかに重く、船を漕ぐというさながら人足で野山を削るが如き重労働をさせられているのと同じだ。重い船をオールで動かそうとすれば相当の人数を必要とするし、必然的に漕ぎ手を守るための戦闘員、乗組員を食わせるための糧食、糧食を置くためのスペースが次々に必要となる負のスパイラルを生む。


 もし大砲がこの世界にあればまた戦の仕方も変わったのだろうが、決定打が敵船に乗り移っての白兵戦であるこの世界においてはたらればの話ですらない、無知蒙昧な妄言、繰り言の類に他ならない。


 このような鈍重な船の操舵となれば細かい方向転換は容易にはできない。まして鮨詰めのような状態だ。どこかに一つでも穴ができればその包囲は容易に崩される。


 帝国艦隊にとってのその穴とは言うまでもなく、数十の炎上している艦船だ。近づけば飛び火して炎上してしまう以上、付近の帝国艦はゼロに等しい。彼らもまさか自分から火に入る虫がいるとは思ってもいなかっただろう。その予想外の行動は波紋を呼び、攻勢に緩みが生じた。


 「全艦、(エヌム)に続いて!この機を逃すと圧殺されるよ!」


 「王バヌヌイバを守護せよ!この包囲を抜き、逆転するぞ!」


 左右の連合艦隊の指揮官がそれぞれ檄を飛ばす。さながら群魚のごとく、連合艦隊が動き出す。その動きに帝国艦隊は追いつくことができない。


 開け放たれたただ一つの穴を目指して百を越える連合艦隊の軍船が進む。状況を打破するために。


✳︎

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