アンダウルウェルの海戦
「SoleiU Project」世界における海戦の基本は近接戦である。いわゆるガレー船の時代を彷彿とさせる水夫同士の白兵戦は単純な力勝負では決さず、操舵士の技量、波の動向、予期せぬマンウェイの息吹によって決する。
ゆえに船の強度はもちろん、いかにして素早く敵船に乗り移るか、敵船を近づけないかは重要な要素となる。時にはオールやマストすら武器にして徹底的に敵船を近づけず、自らの射程に止めようとするその様はさながら海上を盤に見立てたビリヤードのようでもあった。
船員がまず考えるべきこと、それは間合いの確保である。相手が乗り移ってくることを阻止するためであることはもちろん、船の衝角が船底に突き刺さり、ぱっくりと乗船している軍艦が二つに割れてしまっては海に投げ出され、待ってましたとばかりに海棲生物の餌食になるだろう。海上で人間同士が不毛な争いをするということは、彼らにとっては絶好の漁夫の利を得る機会なのだ。
もし「SoleiU Project」内に大砲があればまた話は変わっていたかもしれない。大砲の登場により、ガレー船が衰退し、ガレオン船が戦場の主役になり代わり、以後の船舶がそれまでの固定観念を打ち砕く進化を遂げたように、帝国艦隊で用いられている巨大戦艦があるいは今日の海を席巻した未来もあったかもしれない。しかし大砲はなく、あるのはバリスタだ。それも投石機としてではなく、単なる弩としてのバリスタ。船に与える損傷は少なく、用意に接近できると帝国の将兵も考えていた。
その慢心を打ち砕くかの様にヤシュニナは重バリスタと呼ばれる兵器を導入した。門外不出、普段は滅多に使用しないこの兵器から何十、何百と無数の特製の鉄矢が打ち出され、帝国艦を炎上させた。彼らの装備しているバリスタが届かない距離から、無数の鏃が飛び、次々と敵船は業火に包まれる。その光景は絵画に刻めばさぞかし豪快だったことだろう。金の額縁に収められ「アンダウルウェルの海戦」というタイトルが付けられたかもしれない。さながら現実世界におけるレパントの海戦のように。
ああ、慢心。慢心である。業火の中に帝国艦隊が沈むという妄想はまさしく慢心の象徴と言えよう。
炎の影から帝国艦の船首が顔を出す。砕け、ひしゃげ、つぶれた、しかしその巨体の頑強さ、安定感が象徴するかのような歪な選手が顔を出す。十、二十と増えていき、船列をつくり、今まさに陣形を整えようとしたグリムファレゴン連合艦隊に向かって突撃が敢行された。
帝国艦は一律に船首から船尾までの長さ40メートル、幅18メートル、総積載量は実に700トンを超える。根本的にヤシュニナを初めとしたグリムファレゴン島の海洋国家とは異なる巨体を持つこの軍艦とまともにぶつかれば重級以外の艦船は転覆してしまう。
「避けろ!全艦旋回!」
重バリスタの威力の余韻に浸る間も無く繰り出された帝国艦隊の突撃に対し、前列の船長達は慌てて回避を命令する。なんで臆さない、という疑問というべきか悪態というべきか、とにかく彼らが理解できない哲学が働いただろう帝国艦の突撃を一刻も早く回避するべく、各船が一律に、右翼の艦隊は右舷の方向へ、左翼の艦隊は左舷の方向へと舵を切る。
重バリスタを載せているとはいえ、元来は速度に重きを置いているグリムファレゴン島の軍艦だ。虚を突かれた程度で轢き殺される戦艦は一つもいない。左右どちらも一艦も損なうことなく、回避してのけた。それは彼らの類稀なる操舵技術ゆえだ。
帝国の虚を突いた突撃は失敗し、大量の艦船が右舷と左舷、そして中央の艦隊の間を縫うように走っていく。その瞬間、誰よりも早く兵の軍令フーマンが動いた。
「違う!そうじゃない!今すぐにあの燃えている敵艦の残骸目掛けて走るべきです!」
「なにを言っている、軍令フーマン、気でも触れたか!」
「偉大なる王よ!すぐに中央の本陣を動かさねばなりません!」
なにを、と鬼気迫る表情のフーマンに食ってかかろうとするバヌヌイバの声を遮る様に左右で轟音が轟いた。両者はそれぞれ別々の方向を望む。そして目に入ったのは彼らの本陣の外郭に位置していた船が宙を舞っている姿だった。
それは左右の海が突如として分たれたかの様な水飛沫が起こる。巨大な船体が船を小石かのように吹き飛ばし、乗っていた人間すべてを海へと叩き落とすという荒技。しかし、それは相手からすればただ体当たりしているだけで何の抵抗もなくこちらが曲芸を見せているかの様に映ったことだろう。
気がつけば両舷合わせて200を裕に超える船数の軍艦が左右から迫ってきていた。その艦を守る様にさらに同数の艦船が左右に散った連合艦隊と帝国艦の間に入る。こちらが右翼と左翼を回避させたばかりになだれこんできた帝国艦が連合艦隊を圧殺しにかかっていた。
「このままだと押し潰されます!」
「バリスタだ。バリスタを撃て!相手は動かぬ的と同じだ!外すことなどあるまい!」
バヌヌイバの怒声を聞き、フーマンが異見する間も無く、ガラムタの将軍が射撃の指示を出す。
「だめだ、それは悪手だ!」
フーマンの声は届かない。いや、届いていたとしてもガラムタの将軍が彼の話を聞く道理はない。彼はフーマンの部下ではなく、バヌヌイバの臣下なのだから。
左右の船から先ほどと同じバリスタで、同じ鉄矢が放たれる。バヌヌイバの言葉通り、バリスタの弾ははずれ雨rこともなく、全弾が命中した。左右から迫っていた敵船のいくらかが焼き払われた。
——だが、それをものともしないのか、はたまた炎を恐れていないのか。
前衛の艦船をさながら炎の盾として帝国船は再び体当たりを始めた。今度は燃えている艦船のせいでただ弾き飛ばされるだけではなく、無数の火の粉が、燃える木材が飛び、飛び火する。瞬く間に炎上し、左右の連合艦隊の戦艦が次々の焼失していった。
「ばかな。ばかなぁ!!!」
「王よ。私はこれより右舷に往き指揮に回ろうと考えております。よろしいでしょうか」
「ぐ、やってくれるのだな。よし往け!だが左舷はどうする?」
「そちらは私の副官を向かわしたく」
副官、と言われバヌヌイバは一瞬だが眉を顰めた。しかしフーマンにあのエルフです、と言われ顔を思い出したのか、ポンと槌を打った。
「では私はこれで」
フーマンが右舷に向かって消え、左舷には彼の副官が飛んだ。その最中、バヌヌイバはと言うと、左右から聞こえてくる声に恐れをなし、船の中にこもってしまった。
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