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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
十軍の戦い
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十軍の集い

 勝利。それは甘露である。


 こと大勝利となれば集った戦士達の喜びもまた一入(ひとしお)だ。槍の穂先に討ち取った兵士、住民の首を刺し、凱歌と共に拠点へと長蛇の列をなして勝利の凱旋を数万の亜人種の軍が行う姿はまさしく、勝者のそれと言ってよい。


 圧政からの解放を謳う亜人達にとってその列はまさに聖者の軍隊だ。各々の部族に伝わる聖歌を口ずさんで、行進する彼らの左右から無数の歓声、嬌声、トランペットの音が奏でられ、花吹雪と紙吹雪が所狭しと舞う。そしてそれらは軍隊の後に続く一段を見るとガラリと変わった。怒号と罵声、そして石が投げつけられたのは捕虜となったオードアウンの住民とヤシュニナ兵達だ。


 素足の雪中行軍を終え、ようやく地面が見える場所へ辿り着いたかと思えば今度は体に容赦なく石ころや吐瀉物、残飯などがかけられる。時には刃物が飛んでくることさえあった。居並ぶ亜人達は親の仇でも見るかのような目で無抵抗の国民達への暴力を辞める気配はなく、行進する兵士達もそのリンチに参加する有様だ。


 「良き光景だ。我が部族の怨嗟、存分に味わえ」


 行軍を停止させてまでリンチにふける亜人達を見て、白色のオークがそうつぶやいた。無数の傷跡が身体中に走ったたくましい肉体の持ち主で平均的なオークよりも身長は高く、背筋を真っ直ぐに張っている。オークの始祖の一人であるアゾグの系譜に連なる者の特徴だ。父祖に似て眼光は鋭く、金色の瞳が窓から差してくる光に照らされて輝いていた。


 「左様、左様。我らを蔑んだものへふさわしき罰でしょう」


 オーク族の族長ダナイに反応してサテュロス族の族長サンザールが口を開いた。半人半山羊の彼は下卑た笑みを浮かべ、自らの下腹部のあたりを弄ってみせる。それが何を指しているのか理解しているダナイが軽く咳払いをすると、サンザールは失敬と言いつつに左手を舐めた。


 その行動に不快感を表すようにオーガ族の族長ディンバーとケンタウロス族の族長ゲーヌゥクが眉間に皺を寄せた。ディンバーは赤い体色のトカゲがツノを生やした人面をくっつけたような外見の持ち主であり、この世界におけるオーガらしさを色濃く受け継いでいた。ゲーヌゥクは白馬の下半身を持つアルビノ個体であり、雪原において雪の中ですら映える真っ白な美しい毛並みの持ち主だ。


 両者は武人としての矜持と確たる実力を併せ持ち、先のオードアウンの戦いでもヤシュニナの士官を多数屠った実績を持つ。そんな生粋に武人肌である二人にはサンザールの行動は下衆の所業と捉えられてもおかしくはなかった。しかしサンザールは当てつけとばかりに右手をなめた。


 「まぁ落ち着かれよ。ダナイ殿、サンザール殿もこちらへ座られよ。今我らは重大な閣議を開こうとする時ではないか」


 今にもサンザールに飛びかかりそうだった二人を制したのはスノーエイプ族の族長ウラムミャーだ。真っ白なオラウータンそのままの外見に怪しげな瞳孔から眼光を輝かせる彼の異質さに制され、ディンバーとゲーヌゥクは上げかけた腰をおろした。


 「ではでは閣議を始めようではないか。この『十軍の集い(ディム:ビトラーチェ)』の」


 ウラムミャーは両の手のひらをすり合わせ、楽しげに喉奥から笑い声を発する。それは先の戦いの勝利への高揚かあるいはこの場に十の亜人種族が集まったことに対する賞賛からか。とにかく彼が喜びのままに発した笑い声はこの場に集まった亜人の族長にとって快にも不快にもならず、ただ普通なものとして受け取られた。


 オーク、オーガ、ケンタウロス、スノーエイプ、サテュロスの他にゴブリン、ワーグ、トロル、ジャイアント、人狼の族長達が集い、その場の空気は異様なものと化していた。体格差が決定的に違い、さらには姿形まで違う種族が十も集まり連合を結成していたからだ。


 そんな彼らを代表してまず口を開いたのはダナイだ。


 「今回の勝利はヤシュニナに対する牽制となるだろう。なにせ氏令の一角が討たれたのだ。少なからぬ動揺が走るに相違ない。我らはこの機会にさらなる勢力拡大を目指すべきではないか?」


 「うーむ、賛成だのう。ダナイ殿がおっしゃる通りに勝利を有効活用しようではないか。さすれば軍の損耗はすくなくなるだろうからの」


 「た、たし、か、に?」


 ダナイに同意を示したウラムミャーとトロル族の族長ウーグに残った七人の視線が向く。特にウーグが発言したことに驚いている面々が多数をしめた。ウーグはよく想像されるトロルという種の外見を色濃く受け継ぎ、数メートルの巨躯を有している。ただ集まった面々の中ではさほど頭は回らない。そんな彼が自分の意思で口を開いたことに他の面々が驚くのはある意味自然だった。


 ダナイに対抗して次に発言したのはゴブリン族の族長デヤン・ダムアラーだ。灰色の肌、潰れた鼻、醜悪を絵に描いたような外見の彼は唾を飛ばす勢いでまくしたてた。


 「じゃ、じゃけどそいは危険じゃ!うちらの食いもんは少ないじゃ!」

 「それはある。大食らいの種族もいるしのぉ」


 デヤンに同意をしめしたのは人狼族の族長ヴィア・ルーだ。灰色狼にも例えられる美しい毛並み、わずかに突出した狼と人の中間地点にある人面、異常に巨大化した犬歯を剥き出しにした人のなり損ないのような存在だ。そして彼の発言に眉を潜めた族長が二人いた。ウーグとフロストジャイアント族の族長ジーグ・マハルだ。どちらも大食らいで有名な種族だ。特にジーグをはじめとしたジャイアントは時として人間、オーク、ゴブリン、近縁種であるトロルすら食らうとされている。


 「ヴィア殿。対立を煽るような真似は関心せぬな。我らは同志。いがみ合っては勝てる戦も勝てませぬぞ」


 ゲーヌゥクにたしなめられ、ヴィアは肩をすくめる。幾分かギスギスとした空気が軟化したところで、それまで十人の族長の輪から外れ、静観し続けてきた一人が口を開いた。


 「食料については心配なされるな。すでに輜重隊がムンゾ王国との国境線付近に到着しております。あとは野盗の振りをして奪えばよろしい。食料の他新たな武器、衣類、薬品を揃えておりますゆえ」


 それは白い女だ。白い女と言わざるを得なかった。瞑目した白い女が居並ぶ亜人達へお告げをそらんじるかのように声を発していた。


 白磁を思わせる滑らかな肌、100年の永きにわたり海底に沈んでいた大真珠とみまごうほどの輝きをみせるプラチナの長髪、白いフードを身に纏い、傍らには十字の長剣を携えている。聖女、あるいは戰乙女とさえ思われる清純さと犯しがたい雰囲気を漂わせ、なおも白い女は話を続けた。


 「この戦は聖戦。永きにわたりヤシュニナ氏令国によって苦しめられた貴方がたへ大いなる父がお与えになられた好奇なのです。その証拠に『十軍の集い(ディム・ビトラーチェ)』は第12州の州長であるジグメンテの軍を屠り正義を成したではありませぬか」


 銀色の瞳を開き、白い女は窓の向こうを指し示す。槍の穂先に掲げられたジグメンテの首を、その副官の首を、部隊長達の首を。


 「ジグメンテを討ち取ったイグリフィース様のお力あってこそです。貴方がいらっしゃらなければジグメンテのみを討ち漏らすこととなりました」


 「結果的にそうなっただけのこと。ダナイ殿、この軍は精強です。剛健です。ジグメンテの軍がカカシ同然であるほどに」


 ダナイの賞賛に対し、イグリフィースことシリア・イグリフィースは謙遜と相手への賞賛で返す。事実と虚構が織り交ぜられ、相手の力をこそ重要だ、と明言した彼女の言葉に居並ぶ族長達は胸の高揚を覚えた。


 「前進しましょう。前進を続けましょう。我々にはそのための力があり、行使せねばなりません。力とはそのためのもの、我々は責務を果たすべきなのです。父祖から脈々と受け継ぎしこの赤い血に産声を上げた時に誓ったのですから」


 それはまさしく天啓だった。神聖にしてこの世ならなざる美麗な存在から、虐げられた者達への啓示だった。これまで否定されてきた十軍の亜人種達の力を認め、理解し、鼓舞する彼女の言葉は心地よいオペラのごとく十軍の族長達の心を多幸感で満たしていった。


 ダナイは彼女の前に膝を屈し、他の族長達も各々の種族で最上とされる敬意の表し方でシリアの前に整列した。その光景はまさしく聖女と聖騎士の契りの場を想起させるほどに犯しがたいものだった。


 「『十軍の集い(ディム・ビトラーチェ)』をお導きください。我らに勝利を」

 「勝利を。聖戦(ジラー)を始めましょう。この腐りきった国へ鉄槌を、祖霊の、大いなる父の鉄槌を!」


✳︎


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