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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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船上会議

 船室に降りたバヌヌイバがワインで喉を湿せていると、ガヤガヤという話し声が廊下から聞こえてきた。一際甲高い声の正体をバヌヌイバはすぐに察したが、それ以外の声は判別できなかった。それほどに雑多な声、(エヌム)である自分を差し置いて話し込むなどバヌヌイバのプライドを逆撫でするのに十分すぎた。まして相手が誰かを察すればその我慢は限界になる。


 扉が開き、すらりとした青みがかった黒髪長駆の男が中に入ってくる。アメジスト色の瞳、白洲のような混ざりけのない肌、紫の衣服に身を包んだ死神のような男、埋伏の軍令(マイラ・ジェルガ)シオンはゆっくりと丁寧かつ気品のある所作でバヌヌイバの前に膝を折り、王に対しての敬意を表した。


 続く彼の部下達、そして彼らをこの部屋まで案内してきた自分の息子であるレイザをそれぞれ見ながら、バヌヌイバは鼻を鳴らした。口をへの字に曲げ、唇の裏を噛み切りたい気分を我慢して、王としての威厳を保つため、寛大さを見せるためバヌヌイバは席に座るように促した。


 立ち上がり、一礼をしてシオンと彼の部下達、そしてレイザは着席する。ずらりと並んだのはシオンを含めた4人の軍令(ジェルガ)、4名の将軍(シャーオ)、バヌヌイバ、レイザをはじめとしたガラムタ王国の重臣達の総勢15人。彼らが席に着いたことを確認し、進行役であるレイザが立ち上がった。


 「では事態も差し迫っていますので会議を始めさせていただきます。まずはお手元の資料の2ページ目をご覧ください」


 まさしく十人十色、レイザに目の前にあらかじめ用意されたA4紙サイズの紙の資料をめくるようにうながされても、人によって読み方はまるで違う。律儀に指定されたページを開いている人間、全く別のページをめくっている人間、裏表逆に読み始めている人間、他人にページを開かせる人間もいる。それらを無視してレイザは自分の持っている資料の、開いているページに視線を落とした。


 2ページ目に書いてあるのはアンダウルウェル海域の正確な海図だ。予測される帝国軍の進路が描いてある。向かい合わせの3ページにはその際の戦力予想が事細かに連綿と5ページまで続いていた。


 「アンダウルウェル海域を帝国が利用すると予測した場合、帝国軍の大規模な艦隊が侵入するために適した進路は限られます。まず第一として大型の海棲生物の棲家ではないこと。もう一つは海流が緩やかであることです。海図をご覧くださ」


 海図には帝国軍の侵攻進路予測以外にも海棲生物の棲家と思しき地点が黄色のインクでマークされている。アンダウルウェル海域はグリムファレゴン島に向かうにあたって必ずと言っていいほど通らなくてはならない海域だ。その広さから大小を問わず海棲生物が生息している。冬場の流氷のおかげである程度は深海に潜っていくが、それでもいつ何時、船を鼻先に乗せるような大型海棲生物が浮上してこないともわからない。


 最も、大陸部に面しているということもあって海棲生物の強さは大したことはない。ヤシュニナがあるグリムファレゴン東岸部や真実の海(ラグナ・アセルス)側と比べれば大きさだけの生物がほとんどだ。


 「海図を見る限り、進路予想は二つありますが」


 声を上げたのは白い髭を生やしたガラムタの老将だ。老将の言葉の通り、海図には二つのルートが描いてある。一つはグリムファレゴン島西岸部、ガラムタの領内に上陸するルート、もう一つはアンダウルウェル海域を抜け、イェスタ近海に現れるルートの二つだ。どちらが大陸本土からグリムファレゴン島に近いかと聞かれれば、直線距離では後者だ。


 この二つのルートはいずれもアンダウルウェル海域内の海棲生物の巣を回避するルートである。しかし後者はアンダウルウェル海域を抜け、ダザニック海域に足を踏み入れることになる。ダザニック海域はグリムファレゴン島東岸部の海域に属している。つまり大型の海棲生物も跋扈している海域だ。ヤシュニナでさえ海岸線沿いに船を進めなければまともな航海ができない悪所、そんなルートを帝国が通る可能性は限りなく低い。


 「あくまで通れる、というだけでこの進路を帝国軍が通る可能性は少ないよね。でも万が一ってこともある。警戒をしておくに越したことはないでしょ?」


 受け答えをしたのはレイザではなく、老将の向かい側に座っていた兵の軍令(トロイト・ジェルガ)フーマンだ。この部屋で唯一の亜人種である。


 「軍令フーマン。万全と言えば聞こえは良いですが、実際は万全の準備をする余地などほとんどの戦いでないでしょう。これが圧倒的な戦力差による包囲戦であれば話は変わるでしょうが」


 「リューンズ将軍の意見は大変ごもっとも!海岸に監視を付けるだけで十分だ。本命はガラムタ上陸を目論む仮装敵船団に備えればいいのだから」


 「軍令フーマン。予定している停泊海域からでは、イェスタ近海へ帝国軍が侵入してくると考えた場合、丸一日はかかりますが?狼煙で追いつきますか?」


 フーマンが太鼓腹をポンと叩いた矢先、今度はシオンが口を開いた。投げかけられた問いにフーマンは一瞬、真顔になるが、次の瞬間には笑顔を取り戻していた。


 「帝国軍の船舶をすべて収容できる港はムンゾにはないって話だったから、向かうとすればヤシュニナだろうね。数百隻規模の艦隊であれば!ちんけな港町、漁村を襲ったところで得るものより、減るものの方が多い。となるとこちらは相手の尻を追いかければいいわけだ。相手がヤシュニナの領海に入れば、それはそれで大型の海棲生物と戦わなくちゃならないからね」


 「そううまくいくものかよ」


 「いかせるんだよ、軍令イルカイ。場合によっては本土に残っている船舶で足止めをする、くらいの脳みそは働かせてほしいものだね」


 苦言をこぼす煙興しの(モーヤ・フレンツェ・)軍令(ジェルガ)イルカイをフーマンは睨め付ける。


 「それで、だ。結局どの航路を帝国は取る?話を聞く限り、我が国に上陸する航路をとる、ということだったが?」

 「はい、偉大なる王(オー・エヌム)バヌヌイバ。帝国の海軍力を考えればそれが妥当とかと」


 「ならば、軍令シオンに聞く。帝国の船舶は400隻以上だそうだが、それを分けるということはないか?」


 バヌヌイバの問いにシオンは瞑目する。確かにルートが二つあり、戦力がこちらを上回っていると仮定すれば、二手に分かれることもあり得る。いわゆる包囲殲滅だ。しかし今回に限ればそれはないと断言できる。


 「こちらの船舶は武装商船を含めて200隻を超えています。帝国側もその情報は得ているはず。分散は愚行でしょう。まして勝手知っている近海ではなく敵方の領海であるわけですから、不用意に分艦隊は作らないと思います」


 「そ、そうか?そうなのか。じゃあ、このままの戦力でぶつかって勝算はあるのか?戦は数、と言うではないか」

 「まともにぶつかれば。ですから我々は作戦を練らねばなりません。風を読み、海流を制す。こちらの庭で戦うのですから、数に劣るからと言って負けることはできませんから」


 精神論をぶちまけるシオンにフーマンの冷淡な瞳が向けられる。すかさずシオンも睨み返した。両者の間にただならぬ空気が流れる中、レイザは進行役として話を戻すとした。


 「では、仮にガラムタ王国の海岸に帝国軍が上陸すると仮定して、どのように迎え撃つべきでしょうか。帝国は総船舶数400隻以上、兵数にして10万を超すと言われています。これに打ち勝つため、事前に軍令シオンより大型船に火をかけ、特攻させるという案が届いております。軍令シオン、詳しい説明をお願いできますか?」


 「もちろん」


 レイザの着席とほぼ同時にシオンが立ち上がる。部屋中の視線が一気にシオンに集まった。


 「私があらかじめ提案させて頂いたのは火薬を積んだ大型船を用いて密集している敵船に対して火刑を仕掛ける、というものです。造船技術がいくら発達したとて船は木製、ならば容易く火によって焼かれるでしょう」


 「いくつつぎ込むつもり?」


 「試算ではおよそ20隻ほどで大炎上すると思われます。無論、この作戦のために必要不可欠である火薬も相当量を持ち込んでおります」


 「船種は?軍令シオンの口ぶりからして、貴国の重級(ゴールレーテ)を用いるのか」


 リューンズ将軍が投げかけた質問にシオンは首肯した。


 「万が一、撃ち漏らした敵はどうするの?当日の気象次第では相当数を撃ち漏らす結果になるかもしれないよ?予備案は?」


 「大雨もしくはそれに類する気象となった場合、敵方は一層の動揺を見せるでしょう。間違いなく晴天に動きます」


 「つまり予備案はないか。それに船をぶつける火攻めは帝国だって警戒しているでしょ?」


 「ならば、軍令フーマンはもっと良い策がある、と?」


 「いや?あくまで僕は予備案があるかないかを聞いただけさ。ないならないで立てなくちゃなって話さ」


 ピクリと一瞬だがシオンの表情が歪んだ。すぐに真顔に戻るが、室内の誰もがシオンの変化を目にし、それまではシオンとフーマンを右往左往していた視線は彼に集中していた。


 「だから僕は代替案を提出したい。そのためにも王子(ウトエヌム)レイザ。我が軍の船舶数を船種に分けて、教えていただくことはできますか?」


 無論です、とレイザは頷き、ページをめくった。


 「まず重級が50隻。次に同規模の船舶である弩級(エファンレーデ)と我がガラムタの「王者の凱旋(グランデ・エヌム)」を合わせて100隻。軽級(スタングレーテ)が30隻、ガラムタの「群青の鯨(フルート・アゴラス)」が10隻、ムンゾの「獅子の瞳(アイ・ヒルドラ)」が10隻。あとはムンゾの補給船が30隻ですね」


 「ありがとうございます。まず、注目するべきは我が国の弩級と貴国の『王者の凱旋』の総数が100隻であるという点です。言うなれば主力。僕はここで一つ、新しい戦い方を提案したい。従来の船舶同士の体当たりではなく、船の快速性と射程を利用した新たな戦法を」


 「軍令フーマン。それはなんですか?」


 「船による戦列だよ。超射程を利用した敵の射程外からの一方的な虐殺さ」


 従来の戦い方、それは主戦力を重級などの大型で頑丈な船に乗せて、船の体当たりと共に一気に突貫させてなし崩し的に敵船を落とす、というものだった。こちらが数の優位を取れていたり、兵の練度でまさっていれば突入したもの勝ちだったが、敵船の方がはるかに多い、歩兵としての練度もどっこいどっこいとなれば別の作戦を立てざるをえない。


 シオンの火船を用いる策もその一つだ。密集している船にはその作戦は有用であることはフーマンも認めるところだ。しかし成功させるには条件は甘く見積もって二つある。


 一つは敵船が密集状態を維持してくれること。平たく言えば逃げないでくれていること。いくら帝国軍が海は不慣れだとはいえ、グリムファレゴン島への航海をするならばある程度の練度には仕上げてくる。そうでなければそもそもアンダウルウェル海域にすら入れない。二つ目は奇襲性だ。火船が一定の距離、この場合は敵が気付いても回避できない距離まで近づける必要がある。船に火を点けるのだから、操舵なんて不可能だ。火を点ける前までにどうにか船を近づけるにしても、集団に向かってあからさまに孤立して突っ込んでくる船なんて怪しすぎる。逃げられるに決まっている。逃げられないためには火を点けるギリギリまで相手がこちらに気がつかない状況にいる必要がある。つまり夜だ。その夜も光源を消して近づかないと奇襲の意味がなくなるから、万が一の事故が起きかねない。


 他にも理由はいくつか思いつくが、とりあえずは二つの理由でフーマン的には美味しくない作戦だった。最悪、近づく前に沈められて重級を何の成果もなく失う結果になりかねない。


 「軍令フーマン。つまり我々の『王者の凱旋』に貴国の重バリスタを取り付けろ、と?」

 「元来、重バリスタは大型の海棲生物を相手することを想定した造りだからね。同じ設計思想の貴国と規格の差異はほとんどないと思うよ?」


 リューンズの問いにフーマンは満面の笑顔で答える。彼の言っていることは間違いではない。そもそもガラムタは元々ヤシュニナの一部だったところから独立した国だ。文化、文明のルーツは同じところにあり、環境が同じならば自然と船の設計も似通ってくる。


 ヤシュニナの軽級以外の船舶に取り付けられている重バリスタを設置することはガラムタの船舶にもできる。現在、取り付けているバリスタを取り外せばの話だが。さらに重バリスタは少々重量が嵩むので船の速力はやや落ちる。リューンズが危惧しているのはそこだろうな、と理解したフーマンは付け加えるように口を開いた。


 「速力が落ちることを危惧しているのなら、安心してくれ。弩級と同じ速度になるだけだから」


 「工事にはどれほどの時を必要としますか?」

 「そーだねー。全船を対象にするなら一週間だね。本当は艤装を装着している時に提案したかったんだけど、どうやら行き違いになったみたいでね」


 不幸な話ですな、とリューンズは人差し指で眉間をかいた。


 「——というわけです、偉大なる王バヌヌイバ。いかが致しましょうか?」


 「レイザ。つまりは、どういうことだ?軍令フーマンの案に賛成する形で良い、ということか?」

 「リューンズ将軍は賛成の意を示されました。他の将軍はどうでしょうか?」


 レイザに促され、リューンズ以外の将軍もおずおずと手を挙げ始めた。100%乗り気ではないが、兵の犠牲を少なくできるならば賛成する、といったところだろうか。


 「ではガラムタ側としては全面的に同意いたします。ヤシュニナ側はどうでしょうか?」


 「……こちらも特には。ただ艤装の換装作業に一週間はかかる、と軍令フーマンはおっしゃったが、敵軍と早ければ三日後には会敵することをお忘れか?今から作業を始めたとして、ガラムタ王国側の船舶すべてに重バリスタを取り付けることはできませんが?」


 「折衷案として正面戦力とこの『黄金の鉞(ルゴーン・アストン)』号にのみ重バリスタを装備させましょう。予定していたよりも数は少ないですが、攻撃力は担保しましょう」


 「ならばすぐにとりかかってくれ。我が『黄金の鉞』号がより強くなるなど、この上ない栄誉ではないか」


 バヌヌイバの号令と共にガラムタ側の将軍達が一斉に動く。先ほどまでののっそりとしていた様子が嘘のように、部屋を出ていく彼らの背中をフーマンは苦笑しながら見送った。


 「時に、軍令フーマン」


 「は、偉大なる王バヌヌイバ。いかがいたしましたか?」


 「貴様には私の船にこのまま残ってもらう。指揮の代行をまかせる」


 「なんですって!?」


 その日一番の衝撃に襲われ、普段は滅多に笑顔を崩さないフーマンもこの時ばかりは目をかっぴらき、アゴがストンと落ちた。


✳︎

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