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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
134/310

侵略者達

 時期は春だが、まだ早朝ならば空気は涼しい。まだ朝霧が晴れず、払暁に至っていない頃合いから乗船準備は始まっていた。


 霧がかかっていてよく見えないが影だけでもわかる巨大な船に何人もの水夫達が、人が二人くらい入りそうな大きさの木箱を運び込んでいき、それは無言のままに行われていた。まるで発声すれば斬首されるような極度の緊張感、その中にあって普通に会話することが許されている人間はごくわずかだ。


 例えばそれはこのハスカット軍港の司令官である帝国海軍中将ヴェスカ・ロイターであったり、400隻を超える帝国艦隊の総指揮を皇帝の代理人として務めている帝国大将軍が第五将デュートラスト・ディオネーであったりする。


 「大将軍殿、時間はあるか?」


 ハスカット軍港に在る大将軍専用の執務室。執務室と呼ぶには大きい仕事部屋と宿舎を兼ねた二部屋で一部屋のその部屋にズカズカと入れる人間はそう多くはない。歴戦の海の男と呼ぶにふさわしい、日焼けし潮風で剥がれた肌の美髯の大男、デュートラストがいるならばなおさらだ。


 その荒々しい風態とはかけ離れた細い瞳を窓から入り口のドアへとデュートラストが向けると、案の定と言うべきか彼が予想していた通りの面々が海には似合わない甲冑を纏って立っていた。白鎧を纏った金髪の男、黒鎧を纏った青みがかった黒髪の男、そして彼らよりも老齢に見える、緑色の鎧を纏った長い赤鼻の男の計三人は部屋の主人の許可も取らず、ズカズカと上がり込んでくる。その横柄な態度にため息をつきつつ、デュートラストは自分の席に着いた。


 「いかが致しましたか。メグリニ伯、ギレム伯、ヴォルシュヴィッツ子爵」


 「いかが致しましたか、だと?まるで死にに行くような悲痛な声で何を言うのか。此度の戦で我々は武功を立てんとしているのに、肝心な総指揮官がその様子ではいけないな。まぁ、それはいい。大将軍殿、貴殿に頼みたいことがある」


 「軍馬の話でしたら軍船に乗せることはできませんよ?そのような無駄な大飯食らいを乗せる余剰空間はあの軍船にはない」


 三人の武装貴族(シュバリエ)の中でも一際若いユーゴ・ド・メグリニがその言葉に片眉を上げ、身を乗り出した。デュートラストの机を彼が叩くと小さなくぼみができた。


 「我ら武装貴族の誇りは騎乗してこそありだ。我らにただの一兵卒を演じろ、と?」


 「あいにくと平民の私といたしましては誇りなどというものは持ち合わせていないので理解し難いですな。それとも貴方がたが自ら大枚をはたいて別の船でヤシュニナを目指す、とおっしゃるならば私の感知するところではありませんが、同道するとおっしゃるならばこちらの指示し従っていただきたい」


 「我らは皇帝陛下の勅命により従軍しているのだぞ?」


 「それはこちらも同じことです。海の専門家としてはヤシュニナとの海戦も想定される今航海では不確定要素はできるだけ多く排除したい」


 激昂するユーゴを他所にデュートラストは淡々と主張する。その感情を排し、メリットだけに焦点を置いた態度にユーゴはさらに怒りに駆られ、デュートラストの胸ぐらを掴もうとするが、隣で話を聞いていた黒鎧の武装貴族、アスラン・ド・ギレムがそれを制した。


 視線で、退がれ、と指示するアスランにユーゴは怒りと悔しさが混じったような表情を見せるが、最終的に彼は諦めたように一歩下がった。もっともそれはデュートラストへの不満がなくなったわけではなく、下がってもなおユーゴは彼を睨んでいた。代わりに前に出たアスランはユーゴとは裏腹に柔和な笑みを浮かべてデュートラストの前に立った。


 「——大将軍殿、まず前提ではありますが、海上ならばいざ知らず、地に足がつく戦場で騎馬に乗らぬは武装貴族の誇りが許さない」


 「ギレム伯。何度も言っていますが、騎馬を持ち込む余力は我々にはありません」


 「もちろん、存じています。ですので上陸後、補給物資を届ける輸送船に我らの騎馬を同乗させていただきたい。上陸後であれば補給路の確保はされたもの、と考えてもよろしいな?」


 「騎馬の輸送にはコストがかかります。補給路を圧迫しますし、何より馬に食わせる干草などを運ぼうとすると余分な……」


 「であれば、我らからも金を出しましょう。船の手配もしましょう。そういった話し合いにヴォルシュヴィッツ子爵は長けておりますので」


 アスランに促され、それまで黙って入り口の前に立っていた緑鎧を纏った老齢の男が歩み出た。アスランやユーゴよりも二回り以上は年を重ねた寝ぼけ眼の老騎士は頭を掻きつつ、デュートラストの前に躍り出る。


 「ボイマン・ド・ヴォルシュヴィッツ子爵であります。この度は兵馬の輸送に関しての計画についてお話しいたしたく、馳せ参じました」


 低身低頭。武装貴族と呼ぶにはあまりにも威厳のない老騎士はおずおずと肩にかけていたバッグの中から分厚い資料を取り出した。ドサリと机の上の埃が舞い上がる重量感を持つそれが落とされた時、デュートラストは盛大なため息を吐いた。


 彼の心境を有体に表現すればこうだ。うわぁ、これ今から読むのかよ、だ。


 すでに物資の積み込みが始まっていて、正午にも出港というにも関わらず、ページ数にして400ページは超えていそうな計画書を完読する、というのは現実的ではない。だが今回のグリムファレゴン島侵攻作戦の海軍における総指揮を任されている以上、補給に関する資料は読み込んでおかなければならない。その責任がデュートラストにはある。


 「了解しました。すぐに補給の責任者と相談しましょう。計画書は拝読させて頂きますが、すぐには結論を出すことはできません。軍とは規律、規則の上に成り立っています。それを軽んじるようなことがあっては風紀の緩みに繋がりますから」


 「それは承知していますとも。じっくりと時間をかけるがよろしい。ですが、最終的に我々の希望を叶えてくれることを期待していますよ」


 去っていく三人の武装貴族の背中を見送りつつ、デュートラストは机の上に置かれた分厚い計画書をめくり、その細かい内容に舌を巻きながら読み始めた。


✳︎

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