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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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ロサ公国についての顛末報告

 ヤシュニナの首都ロデッカ。冬季の雪がまだ解けぬ白藻の都市は平時の通り、活気に満ちていた。東方航路の中継地点に位置するこの都市は世界の富の半分が巡る、と言われるほどの貿易港を有し、グリムファレゴン島本島にある各都市への物資の流通を可能にする、まさにヤシュニナにとって物流の要とも言える都市である。


 ヤシュニナの主な取引相手は東方大陸の西岸部諸国や南西部諸国の他にもエイギル、アスハンドラのようなアインスエフ大陸の東岸部諸国があるが、それとは別にアスハンドラを経由する形でさらに南方の亜人国家とも貿易をしている。現実世界であれば北アメリカ南部や中央アメリカなどに位置する国家郡の特産品や何の変哲もない日用品は北国であるヤシュニナはもちろん、東方大陸の諸国家にとっても珍しいことこのうえない。逆もまたしかりだ。


 物資の中継ぎ地点にあることこそが、この国が商業国家として発展した理由だ。その利益を考えればヤシュニナの特産品である氷晶によって起こる利益は微々たる物だ。この中継ぎ貿易が成功している理由は二つある。一つは大陸東岸部が帝国という排他的な国家によって支配されているため、ライバルが少ないから。もう一つは東方航路を開拓した国家がヤシュニナの他にエイギルしかいないから。そのエイギルも規模で言えばヤシュニナよりは小さい。


 「——つまり、そのヤシュニナの貿易によって出来上がった経済力を利用し、ロサ公国を再生させる、と?」

 「少なくとも牢屋の中でシドはそう言っていましたね」


 ロデッカの中央区にほど近い立法庁舎。その一室で銃の(オーガネイア・)師父(ベクトマーフ)アディン・ヘーデルロックと黒衣の(ヘテル・)師父(ベクトマーフ)カルバリー・ギジドは対峙していた。アディンの手にはメモ帳と羽ペンがある一方、カルバリーの手にはワイングラスがありその中には透明な液体が入っていた。一眼で見てワインではない、とわかるそれを飲み干しながらカルバリーは話を続けた。


 「ロサ公国に着いたとき、シドはこう言っていました。よっしゃ、この国潰したるぞ、と。初めは何言ってんだこいつ、と思っていましたが、後になって考えると、あのセリフのあとには『そして乗っ取ったるぞ』がついたのかもしれないですね」


 「貿易路はヤシュニナが手中に収めつつ、ロサ公国よりも西部の諸国家とのつながりを持ちたい、ということでしょうか?」


 ロサ公国は北の国だが、西岸部から少しだけ南西に向かって移動すると別の亜人種の国家がある。帝国、アダールの二つの国家を経由することでようやく道がつながるそれらの国家群とヤシュニナは繋がりを持ってはいない。しかしロサ公国を経由するとなれば話は変わる。多少、値は張るだろうが大陸北部に新しい市場を作れるというのはヤシュニナにとっては嬉しい話だ。


 そのためにはいくつか条件がある。まず一つはロサ公国の鎖国体制の打破だ。かつての戦争から逃げる形で遠くボラー連峰の内側に逃げたロサ公国をどうすれば懐柔できるか。商業のメリットをどうやって伝えるか。その手っ取り早い手段がシドにとっては戦争だった、というのは酷い話だ。


 「戦争で弱っている国に支援をして恩を売る、というのはよくある話だとは思いますが、帝国を引き出すためには色々と苦労したのでは?」


 「主に私が苦労しましたね。ボラー連峰周辺で帝国兵を殺したり、ロサ公国から逃れてきた人間を装って『公王急逝』の誤情報を流したり、国内で公王派と貴族派が派閥争いを激化させ、今攻めればたやすく落とせると吹聴したり」


 「ご苦労様でした。それでも、師匠。こうも迅速に軍が動くなんて予想できましたか?」


 カルバリーは少しの間だけ頬をさする。正直に言えば帝国軍の動きは機を見るに敏と言わざるをえなかった。いくら気候を操作した、とはいえ、兵站が整わないまま向かってくるというのはいささか緻密さに欠ける。あの後、エルランドに帝国軍の陣地内の様子を聞いたところ、食糧のあまりは三日分もなかったらしい。


 シドはやたら持久戦を恐れていたが、それは帝国軍も同じだったのだ。なぜ、シドがああも帝国軍が万全の体制でくる、と思っていたのかはカルバリーにはわからないが、結果として彼の杞憂は杞憂のままに終わったのだから、よかったと胸を撫で下ろした。


 「あとは、そうですね。帝国の動きが速かったこともそうですが、よく公王が才氏(アイゼット)シドの提案を飲みましたね」


 「ああ、それは別に驚くようなことじゃありません。国家としてすでに破綻しかけているのは彼が一番よく知っていたでしょうから。でも長年の国是が足枷になって外との関係を持てなくなっていた。それを打ち破るための帝国軍の侵攻であり、ヤシュニナの支援ですから」


 「代償は国土の半壊ですか。現在も物資の援助を継続していますが、これがずっと続くとなるときついですよ?ただでさえ『十軍』とか『四邦国の反乱』とかでいくつかの物流拠点に被害が出ているんですから。再建中は別のところを使って物資を送っているわけですが、それだって容量の限界というものがあります」


 具体的に言えばムンゾ王国のイェスタ港の半壊とかだろうか。突如現れた巨大な邪神が港を破壊した、なんていうデマも流れている。実際は近くを飛翔していた大型の竜がブレスを放った、ということらしいが、それでも半壊はやりすぎだ。


 ムンゾ王国の担当者が「金を貸してください」と二国間協議の場で初手土下座をかました時などは思わずアディンも引いてしまった。その甲斐性のなさと図々しさのダブルパンチはアディンには真似ができないものだったから。


 「まぁそれはいいですよ。問題はその後です。帝国との戦争終了後のロサ公国の扱いについてです。先にも挙げたロサ公国と北部諸国との貿易による再生案はまぁいいとして、問題はロサ公国の物資運搬方法ですよ。ここに『帝国を経由』って書いてあるんですけど。え、ひょっとして帝国を味方につけるんですか?」


 「それが私もわからないんですよ。帝国は軍隊の数も多いし、指揮官も優秀だから、味方につければまぁ心強いですよ、集団戦ではね。でも絶対的な個人の前ではちょっと脆すぎる。例えばリドルとヤシュニナ兵一万が戦ったとしてどっちが勝つと思います?」


 「軍令(ジェルガ)リドルが、ですか。そりゃぁ前者でしょうね。ヤシュニナ兵が得意の海戦を挑んでも勝ちそうな未来しか見えません」


 だろうな、とカルバリーは肩をすくめた。集団戦での帝国軍の有用性はカルバリーも認めている。それはそれとしてもしこれから対峙するだろう圧倒的な個人が出てきた時、はっきり言えば帝国兵は邪魔だ。強さとか弱さ以前の問題で、彼らへの命令権は皇帝にしかなく、無駄に職人意識が強い連中に「お前ら弱いから引っ込んでろ」と言えばいらない争いを生みかねない。いっそ満場一致で逃げてくれればいいのだが、先のロサ公国戦を見ても、彼らの逆境に対する強さはかなりのものだ。


 例え絶対に敵わない相手がいたとしても逃げないだろうし、命令が出て初めて逃げを選ぶような連中ははっきり言って面倒臭い。無駄死にを無駄死にと思っていないから質が悪い。守るべき国土がある、とかなら話は別だが、いつでもどこでもは、うざいと言わざるをえない。


 「海路をヤシュニナ、陸路を帝国が担当し、ボラー連峰を超えた後はロサ公国に一切合切を委任(丸投げ)。結果としてではありますが、()()()()()()()帝国の新たな財源になると」


 「結果としてではなく、そうするという話です。それに帝国は無駄に人が多いので労働力には事欠かないので、いくつかの公共事業を委託するでしょうね、反乱防止も兼ねて」


 ありえそうな話だ。東岸部最大の人口を誇る国の人的資源を無駄に遊ばせる理由はない。


 「そういえば財源どうします?ここまで大掛かりなプロジェクトだと結構な財貨を投じることになりますが」

 「奇しくも今、その財貨の最高管理者が国外にいるんですよね」


 ああそういえば、とアディンは苦笑する。金に関して一番面倒臭いのが金の議氏(キン・エルゼット)ガランだ。彼がいない財務院などシドをはじめとした財政出動派にとってはカモでしかない。今頃はシドやシオンといった「金出せオラっ同盟」が財務院の職員相手にパワハラまがいの恐喝を行っているんだろうな、と遠い目をしながらアディンは思った。


✳︎

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