ストルヴェンツェ・マーシナリー
「SoleiU Project」内にはストライダーと呼ばれる職業がある。主にメルコール大陸西岸部で見られる業種で、その仕事は多岐にわたる。彼らの仕事は主に護衛や探索などがメインだが、傭兵まがい、盗賊まがいの仕事をすることもある。
当然ながら一人でも問題がない仕事とそうではない仕事が出てくるという都合上、ストライダーはチームを組んでいることが多く、メルコール大陸に拠点を置くストライダーを認定する機関兼ストライダー互助組織である、ヴェルディ・メイスン協会はそういった一つ一つのストライダーのチームを「会社」として扱っている。かつてのプレイヤー達のレギオンに似たものだが、レギオンと異なっているのはヴェルディ・メイスン協会という明確な上位組織があることだろう。
通称「協会」はストライダーにとって絶対的な存在だ。協会が定める規定を破れば資格停止ないし剥奪までありえる他、所属している会社の解散もありえる。ゆえに「ストライダー」などという名前がついてはいるが、実際のところは別に自由な職業というわけでは決してないのだ。
前述したように彼らの主な活動場所はメルコール大陸西岸部である。しかしだからと言って遠く海を隔てたアインスエフ大陸にストライダーがいない、というわけではない。最も、メルコール大陸に比べればはるかに少ないが。
ヤシュニナの首都ロデッカの一角、外縁部にある古びた事務所、それはストルヴェンツェ・マーシナリーというストライダーの会社の事務所である。家屋の一階部分が事務所、二階がシェアハウスになっていて、ストルヴェンツェ・マーシナリーの全社員が二階に住んでいる。
社員の数は社長も入れて8名。ストライダーの会社としては少ないが、アインスエフ大陸のストライダーがヤシュニナかエイギルのどちらかにしか拠点を構えていない、という事実をもって考えると、人員面では多い方だ。二桁も人がいない理由は他にもあり、単純に二桁まで人を増やすと分前が減る。減るというかなくなってしまう。
ヤシュニナはもとよりエイギルも国内の治安、特にモンスター退治は自国の軍隊で行うことができる国力を有している。盗賊、海賊についても巡視船が常に海路の監視を行なっているため、ストライダーに頼らずとも取り締まることができる。必然的にアインスエフ大陸のストライダーの仕事は護衛や荷運び業者などになるが、それもヤシュニナには海路護衛専門の商社が担当するため、実入りは本当に少ない。海辺のゴミ拾いの方がまだ儲かるんじゃないか、と揶揄される体たらくだ。
「でも!俺達は竜狩りで役立っているでしょう!?」
「建物の賃貸料金を滞納していい理由にはならないんですが?」
ちくしょぉー、という絶叫が事務所内に響く。発声者はストルヴェンツェ・マーシナリーの社長、ガーネット・ラズカバだ。無情にも退去勧告だけを残して役場の役員は事務所から立ち去った。
「ぁあああああ!!!やべぇよ!やべぇよ!」
「『一週間の猶予がある分、温情だと思ってください』だってさ。ねぇあの役員、殺しとく?殺しとこうか!?」
「よしそれだ。役員は来なかった。退去勧告を俺らは受けていない、で行こう」
いやそれだじゃねぇだろ、とガーネットの後頭部を蹴り上げつつ、副社長であるヴェソレンデ・ブッフェローは彼が破り捨てようとした退去勧告を掠め取った。ついでに大型のボウガン二丁を携えて外へ出て行こうとしたルルカのことは踏みつけて静止した。
倒れた二人を座布団代わりにしてヴェソレンデは考えるポーズを取る。考える内容は無論、どうやってストルヴェンツェ・マーシナリーを維持していくかだ。
現在、ストルヴェンツェ・マーシナリーが借りている家屋の家賃は月額がヤシュニナ金貨換算で15枚、銀貨ならば225枚だ。これはヤシュニナの一般的な家計の月収の約五ヶ月分に相当する。黒パン一つが銅貨1枚と廉貸4枚であることを考えると、かなりの額だ。ちなみに金貨1枚は銀貨15枚、銀貨1枚は銅貨20枚、銅貨1枚は廉貨10枚という計算になる。
ロデッカの一般的な賃貸家屋の中ではかなり高い部類だ。一等地とは言わずとも二等地くらいの額と言っていい。外縁部の賃貸料金だけで考えれば間違いなく一等地だろう。
曲がりなりにもストルヴェンツェ・マーシナリーは民間警備会社だ。日々の営業実態はさておいて、歳入だけを見れば借りれないほどではない。その代わりに歳入の半分以上が家賃で消えるという悲惨な絵図が浮かぶことになる。
ただでさえ逼迫している財政事情、そこにさらに追い打ちをかけるように社員の浪費癖が重なり、どうにか給料の切り詰めや水道代、油の節約、果ては仕事に用いる武器の手入れのための予算すら切り詰めて、ストルヴェンツェ・マーシナリーは現状を維持している。だがついにそれにも限界が来た。
三ヶ月前から家賃を滞納していることを理由についに不動産会社を通じて行政の調査が入った。そして今にいたる。これは正式な退去勧告だ。役所の決定、もう覆すことはできない。
「よし!ここは退去しましょう!」
「いやだ!俺はここに骨を埋める!」
「死ね」
叫ぶガーネットをヴェソレンデが踏みつける。死ねの一言で足蹴にされるガーネットはそれはそれは綺麗なフォームで白目を剥き、こきゅぅと気絶してしまった。
うるさいのが黙ったのをこれ幸いとヴェソレンデは人間座布団から起き上がり、事務、会計の書類の整理を始めた。拠点を改めると決めたならば、こういった会社の営業実態に関係する書類は秘匿していかなくてはいけない。もし露見しては金を貸してくれる銀行がなくなってしまう。そんな矢先だ。事務所の前に馬車が止まる音が聞こえた。
ヴェソレンデは事務所の壁に立てかけてあった刀剣を、ガーネットの下から這い出てきたルルカは素早く二丁ボウガンを構えたまま、扉の脇に移動した。なんでこんな物騒なことをしているかと言うと、ストライダーという職業の性質上、恨みを買うことがあるからだ。つい先日なんかは爆薬を体に巻きつけた自爆テロに巻き込まれ、事務所の正面玄関が跡形もなく消し飛んだ。幸い、事務所を留守にしていたため怪我人は出なかったが、帰ってきたときにぶっ壊れている事務所を見たときのガーネットの狼狽っぷり、唖然ぶり、支離滅裂っぷりは筆舌に尽くし難かった。
もしかしたらそういう類かも、という疑念が二人の中で交錯し、ヴェソレンデは慎重に、ルルカは嬉々として扉が開くのを待った。
カランコロンという音が鳴る。扉が開き、その向こう側から現れたのは黒いコートに身を包んだ人物。体中に包帯を巻いた明らかに怪しげな容姿の人物、しかし彼の姿を見た瞬間、二人はそれぞれ別々の意味で安堵して構えていた武器を下ろした。
「ファムさん。珍しいじゃないですか」
「あら、お邪魔だったかしら?」
「いえ、そんなことはないですよ?紅茶でも淹れましょうか?」
彼女、王鷹の議氏ファム・ファレルはその包帯の向こう側で微笑を浮かべ、ヴェソレンデの提案に深く頷いた。
「あれ?ガーネット君は?」
「そこで伸びてます」
あらほんと、とファムはなんともなさそうに答えた。引き続きぶっ倒れているガーネットを大股で乗り越え、応接用のソファに彼女は腰掛ける。止めようとする人間などいない。今この場では彼女こそがルールだ。
ティーカップ三つとティーポット一つをトレイに乗せ、彼女の前にヴェソレンデが、隣にルルカが座る。自分の前にソーサーに乗ったティーカップが出されると、暑そうに口元の包帯をとった彼女はその艶かしい唇を露出させ、すぐにカップでそれを隠した。
「そー、それで?自分達に何かご依頼ですか?」
「ええ。もちろん。報酬は弾むわ」
「わかりました。具体的に、何をしてほしいのでしょうか?」
視線をファムからティーカップへ無理矢理落とし、どこか他人事のようにヴェソレンデは依頼内容の詳細を教えてくれるよう、彼女に促した。するとファムはおもむろにコートの内ポケットから二つ折りにされた紙を取り出した。それを目の前のテーブルに置きつつ、ファムはその無際限に変化する瞳をヴェソレンデに向けた。
「この紙に書いてある内容の解読をお願いしたいの。解読に成功したら、そうね。この事務所の家賃の百倍を報酬として払うわ。内容次第ではさらに上乗せしてもいい」
「マジですか」
おずおずと折り畳まれた紙を自分に引き寄せ、その中身をヴェソレンデは確認する。書かれていたのはいくつかの数字列。その中身は皆目わからない。
「暗号ですか?」
「というよりメモね。なるべく早い状況解明を求むわ。早ければ早いほどいいわね」
あこれ前金、と三ヶ月分の事務所の家賃が入った袋を残し、ファムは去っていった。後に残ったヴェソレンデははぁ、と大きなため息をつきつつ、ルルカに気絶しているガーネットを叩き起こすように命令した。
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キャラクター紹介(ライト版)
ガーネット・ラズカバ。種族、ハイ・エレ・アルカン。レベル123。ストルヴェンツェ・マーシナリーの社長。虚言癖がある。見栄えを気にする。
ヴェソレンデ・ブッフェロー。種族、ハイ・エレ・アルカン。レベル105。ストルヴェンツェ・マーシナリーの副社長。現場にはあまり出ず、会計・事務などをやっている。魅了耐性がある。
ルルカ。種族、エルフ。レベル127。ストルヴェンツェ・マーシナリーの切込隊長。戦闘時は二丁の特殊ボウガンを使う。




