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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
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さらばロサ公国

 時は流れてヤシュニナ歴154年1月23日、ロサ公国東岸部の断崖にヤシュニナの船舶が襲来した。艦数は四。その内一隻は氷砕用の衝角を付けた軍船、残りの三隻は大型の輸送船だ。


 断崖の下部に設営された仮説埠頭に荷を下ろし、下ろした荷物を崖の淵に設置された大型のクレーンで上へと運んでいく。荷の中身はヤシュニナからの支援物資、主に穀物や酒類などの保存が効きやすい食料品を始め、建材なども送られてきている。


 徐々に雪原をクレーンで登ってきた荷物が埋めていく様を見つつ、輸送船団の団長を務めている鋼の才氏(ヒエロ・アイゼット)グンダーにシドは振り返る。グンダーはディコマンダーやカルバリーと同じ機械系種族だ。身長は2メートルほど、まるでアーマードスーツを着た人間のように見えるが、実態はかつての文明の遺物以外の何者でもなく、彼は歴とした異形種だ。


 「いやぁ、ごくろう。これでロサ公国は越冬できる」

 「同盟が結べたのならば、支援をするのは当然かと。ですがよろしいので?」


 「なにがさ」

 「我々に交渉を引き継がせる、という話です。私としては楽できていいなぁ、というだけですが、本国に帰ったら激務の日々でしょう」


 機械人形のくせにえらく流暢、えらく饒舌だ。寒冷地では機械系種族の動作は鈍る、と聞くがグンダーには当てはまらないらしい。


 グンダーに言われてシドは少しだけ考える素振りを見せた。ヤシュニナは現在、絶賛人手不足の真っ只中だ。人手不足の張り紙なら売るほどある、と言っても過言ではない。個々の適正を見極め、適した職種に付けるというヤシュニナのやり方は逆を言えば補填要員の欠如を意味している。「この仕事は君にしかできない」が罷り通っているのだからある種の必然とも言える。


 シドがこのまま呑気にヤシュニナに戻れば執務室に軟禁される形で書類仕事に忙殺される。ただサインを書く、決済印を押すだけの仕事ではないのだ。ちゃんと書類に目を通し、妥当性ありと判断し、それができなければ担当者を呼び出して根掘り葉掘りと質問攻めを行う。才氏(アイゼット)という仕事は氏令会議内では有識者として一方的に頼られる反面、日々の業務では自分の知識と書類の送付者の知識をすり合わせるという難儀なものだ。


 いっそ才氏の仕事場を図書館の隣にでも移転しようか、とも一時期考えたが、それでは他の行政機関との間に距離が生まれてしまう。そも、才氏にもそれぞれ専門の仕事がある。国立図書館の管理・運営だったり、国土地理院の実地調査だったり、文化発展委員会への参加だったり、坑道開通のための地盤検査だったりが真っ先に脳裏に浮かぶ。


 加えて「これこれこういう理屈でこうなるんで、実行するためにハンコちょうだい」という書類とも格闘しなければならない。シドはどちらかと言うと外務、経済に関する書類仕事がほとんどのため実地調査は部下に任せてしまうが、これ幸いと多数の紙束が彼に投げつけられる。有体に言えば執務室にいる時間が長い分放り投げられる書類の数が他の氏令の比ではないのだ。


 「あー隠居してー」

 「えー。やめてくださいよ、そういうの。今の国難に対応するために才氏シドには国内で働いてもらわないと」


 「椅子と尻に釘でも刺すってか?」

 「そうですねぇ。ついでに鎖と縄もプレゼントしましょう。あぁ、あと眠気覚ましのコーヒー、は必要ないんでしたね」


 「気疲れはするって。正直、死ぬ」


 シドはイスキエリだ。肉体的な疲労はない。だが気疲れはする。不眠不休で働けるアンデッドならばいざ知らず、受肉してしまった精霊がゆえの半端な状態。これで一切の肉体的、精神的疲労がありませんとかだったら最高の種族なのだが、そんな都合のいいことはありえない。


 「それでもやっぱり帰るわ。当座の目的は達したから、ここでやることはもうないしね」

 「そうですか。じゃぁあとはこっちでやっておきます。それじゃぁ」


 そう言ってグンダーが離れていくと、入れ替わりに別の足音が聞こえた。グンダーよりも重い足音、それだけですぐに誰かがわかった。


 「カルバリーか?」

 「ええ。カルバリーです。シド、荷運びが半分まで終わりました。あと1日もすれば全部運び終わるようです」


 「それはよかった」

 「ああ、それとヘルムゴート陛下が最後にお会いしたい、と」


 王陛下との面談をついで扱いするカルバリーにシドは苦笑する。


 「わかった。どこで待ってる?」

 「仮説テントの中です」


 はいはい、と空返事をして、シドは言われた通りに雪原を横断して兵士に囲まれているテントの前に立つ。仮面を被ったままのシドであっても、兵士達は見知っているのか、すぐにヘルムゴートと引き合わせた。


 テントの奥では昼餉のブルストとブレッドを頬張っているヘルムゴートがいた。王族の食事としては貧相な気もするが、国内が混乱している今となってはその食事の内容も質素にならざるを得ないのだろう。火酒でも持ってくればよかった、とシドが軽い後悔を覚えていると、ブレッドを皿に置いたヘルムゴートが口を開いた。


 「今日、この国を発つと聞いた」

 「はい。事前にお伝えしていたとは思いますが」


 「生意気な。いや、200年以上も生きる大魔法使いからすれば余の方が生意気と言うべきか?まぁいい」


 机の左右に乗っていたレタートレイにヘルムゴートは手を伸ばし、その上に乗っていた丸めた書状をシドに手渡した。


 「貴様の国の主、国柱(イルフェン)と言ったか?国柱にこの書状を渡してくれ。感謝状だ」

 「了解しました。責任を持ってお渡ししておきます」


 「これで余の肩の荷も降りるというものだ。貴様の陰気な顔も見なくて済むわけだからな」


 失敬な、とシドは肩をすくめた。


 「それと支援物資に関しては個人的にも感謝を口にしておこう。まぁ、実質は貴様の自作自演だがな」

 「陛下は私の共犯者でいらっしゃる。同罪ですよ」


 「どうだかな。むしろ被脅迫者ではないか?」


 「だとしても陛下は拒絶することもできた。私はこの国が豊かになる手段を提案したに過ぎませんよ」


 いけしゃあしゃあとシドはヘルムゴートの皮肉に反論する。不機嫌そうにヘルムゴートが唸るが、それすらも楽しんでいるようだった。


 「まぁいい。貴様の飴、期待しているぞ?」

 「ええ、もちろん。ロサ公国の発展に尽力させていただきます。無論、こちらも相応のものを貰いますが」


 「氷塊の件だったな。貴様の後任と話し合うべきことだ。余の一存では判断しかねるな」

 「理解しております。ぜひ有意義な会合になることを期待しております」


 最後に一礼し、慇懃無礼な黒髪の少年はその場から立ち去った。後に残ったのは白藻の大地。今後10年の内、東岸部でも最も技術発展を遂げるだろう国をシドは後にして、母国への帰路についた。


✳︎

作中における「レベル」について


 作中でたびたび登場している「レベルシステム」は基本的には個人の戦闘力を表す一つの指標として見ることができます。ですが、ロサ公国でのシドとディットの戦いを見ればわかるように絶対の強さの指標ではありません。レベルがいくら高かろうとプレイヤー間で言うところの「クラス構成」が適切でなければ全く使い物にならないからです。


 しかしこのレベルというものには明確な基準があり、煬人国家ではレベル70以上で英雄級、レベル100以上で超人級、レベル130以上で覚越者級、レベル150で神格者級とされています。まあ、ありし日のプレイヤーと違って死んだらそこで終わりの煬人がレベル100を超えるケースというのは滅多にないのですが。

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