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SoleiU Project  作者: 賀田 希道
第二次ヤシュニナ侵攻
124/310

C.E.L.F.A Asteria

 アスハンドラ剣定国を守る盾、大城壁は五つの区画に分かれている。それぞれの区画には行政や後方支援を担当する区画長と防衛のみを担当する防衛指揮官がそれぞれ一人ずつおり、平時は区画長がトップだが、防衛時は防衛指揮官が全権を掌握する。


 防衛指揮官の下には各種部隊がいるが、その中でも精鋭とされる部隊が、現中央区画の防衛指揮官であるローランドが手ずから鍛え上げた精強な剣士を基幹要員とした精鋭部隊、グラキウス隊だ。剣王の直参剣士らを部隊長とした百戦錬磨の猛勇達。彼らがいればこそ大城壁の広大な防衛範囲をアスハンドラ剣定国はこれまで維持してこれた。


 それは区画内のセルファから攻撃を受けている地点の中から優先的に必要不必要を取捨選択し、遊撃的に彼らグラキウス隊を向かわせているからに他ならない。大車輪の活躍、悪く言えば酷使とも言えるが、優秀な人材を使い潰さなくては国土を維持できないアスハンドラの現状を物語っていた。


 遊撃的に、とは皮肉な言葉で、つきつめれば彼らグラキウス隊には迅速さが求められる。即応し、即滅し、即移動する。これが何よりも彼らグラキウス隊に求められ、もしその場のセルファの撃滅に時間がかかれば、他の地点が決壊する恐れすらある。一般兵士が持つ炎剣ではセルファを後退させることはできても倒すことができないのだ。決定的な一撃を加えるためにはどうしてもグラキウス隊のような百戦錬磨の精鋭部隊が必要になってくる。


 その事実を思い返しながら、西部第一区画の防衛指揮官であるタルタ・ハブラは親指の爪を噛みながらガチガチと歯を鳴らしていた。彼が立っている指揮所からはグラキウス隊西部第一区画分隊の後ろ姿が見える。皆一様に宙に浮かび、さらに頭上を見つめていた。


 彼らの視線の先、そしてタルタの視線の先には青い人影があった。全身が青く、黒い波紋が刺青のように刻まれている一糸まとわぬ女体。強いて何かを纏っていると言えば、羽衣ぐらいだろうか。それすらも服というよりかは大地を埋め尽くすセルファを羽衣状にしているだけにしか見えない。なまじ顔だけが人間とよく似たそれであるため、より一層、頭上の青い人影は不気味だ。


 あどけない幼女、瞳は水色で髪は背丈よりも長い。垂れ耳うさぎのような奇怪な触手が二本、先端を翡翠に輝かせ、まるで個別の意志を持っているかのように触手はうねっていた。


 「なんなんだ、あれは?」


 呻くタルタの疑問に答えられる人間などいない。胸元の赤い光を見ればわかるが、セルファだ、としか答えられない。だがこれまで大城壁を襲ったいかなるセルファとも似ても似つかない。この上なく「人間」に近い。黒波や黒風のような自然の脅威ではなく、「人間」に。


 グラキウス部隊による波状攻撃を受けた時、人間じゃないな、とは確信できた。やはりアレはセルファだ、と。本来であればセルファには有効打になる広範囲攻撃、それを受けても彼女がピンピンしている理由は皆目見当がつかないが、グラキウス隊の本気の一撃を受けてもなお生きさらばえているアレは間違いなく人外の生命だ。


 自身に攻撃を仕掛けるグラキウス隊の面々をセルファは殺すではなく、いなし続ける。頭部の触手と羽衣、そして彼女が腕を振ると生じる帯状のセルファを巧みに駆使し、グラキウス隊の攻撃が自分に当たらないように空を舞う。こちらが背を向けようとすればそれら全てを駆使して執拗に追い討ちを掛けてくるということは、相手には明確な目的意識とそこに至るまでの知性があるということなのだろう。


 厄介な相手だ。はるか上空にいるあのセルファとグラキウス隊を援護することはタルタ達にはできない。弓矢なんぞ届くわけもない距離だし、そもそもセルファに弓矢は通じない。


 グラキウス隊と真正面から戦わず、ただこの場にとどめ続ける。それがどれほどに大城壁の戦略を無意味なものにするかをあのセルファは理解していた。あるいはさらに上位の個体がいて、それから命令を受けている、とも想像できたが、そこから先は妄想の類だ。現状、タルタらは頭上の女性型のセルファを知性のある個体と認識せざるをえなかった。


 グラキウス隊が攻めあぐねている中、突如としてセルファが吠えた。それは美声であった。それは嬌声であった。それは心の内を溶かすような魔性の叫び声だった。


 なんだ、とタルタが目を見張ると、それまでは沈静化していたセルファが波打ち、一斉に大城壁を登り始めた。黒波が高く高く湧き上がり、回避や防御の余地なく、無慈悲な津波となって攻め上がってきた。火炎放射など意味をなさない圧倒的な質量。平時はグラキウス隊が対処するが、今はそれもできない。


 「ふざ、け。ふざけるな!なんだそれはぁあああああああああ!!!!」


 憤慨するタルタを嘲笑うかのように高波は大城壁に覆いかぶさるようにどんどんと大きくなっていく。一瞬にして大城壁の意味を無意味にするなど、彼からしてみれば人生の無意味さを真正面から叩きつけられているようで我慢がならなかった。恐怖よりも怒りが先行するほどの理不尽は、しかし彼の慟哭など意にも返さない。


 高鳴りと共に大城壁を乗り越えていく高波。怒りも悲しみも恐怖もすべてを塗りつぶすように。


 その日、大城壁は飲み込まれた、セルファによって。


✳︎

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